天岩戸
「ちょっと! たっくん! もう週末よ! いつまで引きこもってるの!」
叔母の頼子姐さんが引き戸をドンドンと叩きながら叱ってくる。
もう三日目。部屋から出ていない。
ぐきゅるるるるるるるる――
腹の虫は鳴っても、食欲が全然わかなかった。飲まず食わずでベッドの上にこもっていても、体は正常だった。超人的な力を手に入れてしまったためだろうか? おそらく餓死するにもだいぶ時間がかかりそうだ。
――もう少しで、分かり合えたはずだったのに。
なんでああなってしまったのか。頭の中で堂々巡りをして頭痛がする。
「もう! ちょっとお母さん!」
「はいはい」
姐さんが祖母を呼んだ。祖母は優しく言ってくる。
「拓真、何があったのかは知らないけど、ご飯だけは、しっかり食べなさい」
「お母さん! そんなに甘やかしたら――」
「いいの、いいのよ。出てきたら、たくさんご飯を食べてもらうから」
「そういう意味じゃなくて! ああもう!」
どばん!
ついには姐さんが引き戸を張り倒して部屋の中に入ってきた。そのままずかずかと足音を鳴らして近づいて、ベッドの布団をはがされた。
頭を抱えてうずくまる。
その腕をつかまれて、無理矢理引っ張り上げられた。
「この! もうっ! しっかりしなさいよ!」
「ほっといてよ!」
「何がほっといてよ! 学校を無断で休んだうえに、この土日までそうしている気なの? こっちにも都合ってものがあるんだから!」
「知らないよそんな事!」
「そんなことって何よ! こっちも大事な用件があるん、だ、か、ら!」
腕の引っ張り合いで怒鳴りあう。
そんな時。
ピンポーン
玄関のインターフォンが鳴った。
「あらあら、誰かしら?」
祖母がスリッパをパタパタと鳴らして玄関に向かった。
「あら? 可愛らしい。拓真のお友達?」
ぞっとした。玄関のドアをあけて入ってくる臭い。鋭くなった嗅覚で、やってきたのが誰なのかがすぐに分かった。
「はい! こんんにちは! 本日はお日柄も良く!」
「はいこんにちは。入る?」
「はい!」
やってきたのは優子だった。
「え? 優子ちゃん?」
姐さんもこっちの手を引っ張るのをやめて、優子を出迎えた。
「どうしたの? たっくんに用事?」
「いえいえ、それもありますが。叔母様、御懐妊おめでとうございます!」
「あらどうも」
ゆっこと姐さんの話し声がする。
「本日私めがこちらに参上いたしましたのは、私の直感によるものです!」
「直感?」
「そうです! そろそろ先輩の引きこもりに、叔母様が焦れて怒り出すものかと思い! はせ参上仕りました!」
「そうなのよ! 学校で何があったの?」
「実はですね、先輩は――」
ゆっこが張り切って大声で言い放った。
「失恋しちゃったんですよー!」
反射的に体がびくりとなって、頭を抱える。
「…………ぷっ」
吹き出したのは姐さんだった。
「あははははははははは! なに失恋! それで二日も引きこもってたの?」
「はい、そうなんですよ~。かなりこっぴどく失恋されてしまって。今あの通り、傷心のさなかにいるのです!」
「失恋で引きこもるとか! くくっ……あはははははははは!! だめ! おなか痛い!」
「まあまあ、おなかのお子様にも関わりますし、ここは落ち着いて。プークスクス」
「それで着てくれたの?」
「それだけじゃありません、今日は土曜日ですよね。叔母様はダンナ様と会うのでしょう?」
「えっ!なんで知ってるの?」
「コレも直感です!」
堂々と言い放った。根拠も理論も何にも無いただの直感という理由で、ゆっこははきはきと言い続けた。
「今夜は二人っきり、いえおなかの子供も合わせて三人でデート……とは行きませんよね? まずは先輩と一緒に……拓真先輩にダンナ様に合わせて様子見を図る計画を取っていましたね?」
「……その通りだけど?」
お前はエスパーか何かか?
「迎え入れる前に、先輩でワンクッションを置いて、それでおうちに迎える。妥当な判断です」
「それで着たの?」
「先輩の醜態を見たいのも本命ですが、私も先輩のガールフレンドとして、一緒にご紹介に預かりたいかなーって」
祖母が小声でゆっこの言動に唸った。
「女の感ってやつね。ここまでデキる子なら拓真も安心だわ」
「いえいえ、お褒めに預かりありがとうございます。でも、先輩、し、つ、れ、ん……しちゃったんですよねー! どうしましょう?」
「相手はどんな子だったの?」
「それがですねえ奥さん、相手は旦那持ちの若妻だったんですよ!」
「えー! マジで!」
くそっ、あいつ余計な事をべらべらと。
「やっぱりお母さんがいなかっただけに、母性に惹かれたんでしょうねえ」
「高校生にもなって、母性求めるとかないわー」
「でしょー? それでその旦那さんにこっぴどくやられちゃったんですよ!」
「笑えるー」
「お前らああああああああああああああッ!」
ベッドから降りて大声で怒鳴る。怒鳴らざるに終えなかった。これ以上好き勝手に言われてたまるか!
すると、ゆっこがすたすたと歩いてきて俺の前に立った。
「いい加減にしろ! いらない事をべらべらと! それから――」
ぐいっ
ゆっこに首根っこをつかまれた、そして顔と顔が合わさりそうな距離で小さく呟いてきた。
「私達にそんな暇があるんですか?」
「ぐ……」
確かに、まだ敵は七人中二人を倒しただけだった。残りはあのジャングルというアムタウ族と合わせて五人。
ゆっこの真っ直ぐな瞳に、ぐうの音も出ない。
そしてゆっこは俺の襟首を離して、くるりと半回転した。祖母と叔母に向かって。
「はい、天岩戸作戦大成功!」
「おー。なるほど」
「素晴らしいわね。拓真にこんな子がいて助かるわ」
叔母と祖母からの賛辞を受けて、ゆっこはえっへんと胸を反らした。
ああ、こりゃだめだ。
今までの鬱々として理由とは別の理由で頭を抱える。
俺の周りって、なんでこんな強引な女ばっかりなのか。
ぐくきゅるるるるるる――
「ばぁば」
「なあに? 拓真?」
「腹減った。とりあえず何かちょうだい」
「よしきた。任せなさい」
俺の視界の端で、ゆっこと叔母がハイタッチしていた。
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