秘策?

 大学の中は活気にあふれていた。

 自分と二つか三つ年が違うだけのはずなのに、誰も彼もが若々しく見えた。


 不意にガラスに反射した自分を見た。どう見ても大学生と似通った年月ではない。

 ……俺は老け顔なのだろうか? などと一瞬、分けのわからない事を思ってしまった。


「舘山寺さん、こっちっす」


 むしろこの場ではスーツ姿にもかかわらず木場の方がなじんでいた。

 突然、「きゃーなにあれ、カッコいい!」という黄色い声が聞こえて、それが自分に向けられたものだと分かった。


 なんだか木場みたいなのがたくさんいる……。


 いや、むしろ俺の方が浮いている? そんな馬鹿な。


 高校を卒業して巡査から始まった刑事生活。それに対し、彼らは本当の社会に出ていないだけだ。いずれこの大学を出て社会に立ち、彼ら彼女らは自分と同じようになるだろう。ただ俺がこの場にいる誰よりも早く社会の仕組みの一つとなっただけだ。うん、そうだ。そうに違いない。だから老けたのではなく風格だ。社会人としての風格。それを帯びているため大学生との成長の差があるだけだ。


 絶対そうだ。


「俺はまだ若い」


「ん? どうしたんすか? 舘山寺さん」

「いや、なんでもない」

 眉間によったしわを指でほぐしながら、木場の後をついていく。

 すると、一つの棟の入口の前に立った。


「この機械科の中に、秘策があるんです」

「秘策?」

「ええ、ミュータントと同等に戦える秘策が、ここにあるんです」

「なんだと?」


 不意に緊張感がよぎった。


「ここの院生に知り合いがいて、まあおれの中学からのダチなんですけどね。少し前に連絡を取って置いたんですよ」

「…………」

「じゃあ、入りましょうか」

「…………ああ」


 ここに秘策が? 機械科の院生? いったい何者なのだろうか?


 棟の中は外とは違ってしんと静まり返っていた。おまけに日当たりが悪いのか、若干冷えている。


 部屋の方を重視した作りなのか、廊下が酷く狭かった。中身単純で部屋と廊下だけの空間。だが、狭い廊下がいっそう狭くなっていた。上がろうとする階段にはエンジンだろうか鉄の塊が。これは学祭で使ったのだろうか? 古ぼけたクマの着ぐるみ。


はては廊下に、くしゃくしゃに丸まった寝袋がいくつもまとまっていた。

 三階ほど上にあがったところで、木場は「ええっと……」と言いながら教室の札を見ながら回っていた。


「お、ここだ」


 そして木場はノックをする事も無く無遠慮にドアノブを回して中に入った。

「おっす純太! 元気か!」

「げ、木場! 本当に来たのか!」

「あったぼうよ!」


 純太と呼ばれた黒縁の眼鏡をかけた青年が叫んだ。


「うっせえ帰れ!」

「ンなこというなよ。中学からのダチだろ? 前もって話しておいたアレはどうなんだ?」「無茶言ってんじゃねーよ! そんな物は無いと言っただろうが!」

 何やらもめている様子。アレとは何だ?

「そんなはずは無い! 俺は今でも覚えている! 中学の時語り合った、お前のメタルヒーローへの熱意を!」

「うるせえ! 人の黒歴史掘り返すんじゃねえ!」


「あ、舘山寺さん、コイツは佐鳴純太と言って、中学からのダチなんですわ」

「初めまして、中央警察署勤務、階級は警部補、舘山寺晃一です」

 とりあえず挨拶だけはしておく。


「この人がお前のバディってやつか?」

「そうそう」

「院生二年の佐鳴純太です。木場なんて相方にしてたら、ホント大変でしょう?」

「ええ、まあ」

「ちょっと舘山寺さん! 純太も! それは無いでしょ!」

「うっせ!」


「あ、ちなみにコイツのうっせえ! は昔からの口癖なんですよ。挨拶みたいなもんです」


「あ、ああ……」

 なんだろうか、この威容に盛り上がったテンションは? まるで静観している自分が場違いな気配さえ感じる。


 すると、背後からドアを開けて入ってきた人物がいた。

 純太さんが迎える。

「おう、大橋、買ってきてくれたか?」

「ホラよ」

 そう言って大橋と呼ばれた人物が缶コーヒーを純太さんに投げた。


 大橋さんは俺と木場を交互に見たあと、何の興味も無いように部屋の中を歩き、テーブルの上にどっかりと乗っていた鉄の塊、何かのエンジンにと向き合い、軍手をはめて作業に入った。


「もったいぶらないで見せてくれよ、今の最先端の機械工学をさ、あるんだろ? パワードスーツが」


 なんだと? パワードスーツ?


「それならアレだ」

 純太さんが顎をしゃくって示した。

 それは何とか人の形を維持した、オレンジ色のチューブだらけの人間大ほどの大きさの機械だった。


「介護用のスーツだ。大人二、三人は安全面を考慮しても持ち上げる事ができる」


「違う違う!」


 木場が手を振って否定した。


「違うだろ! お前が院生になってまで作りたかったのはこれじゃなくて。あの日俺達が交わした約束。俺が警察になって、お前がパワードスーツを作って――」

「お前はなんで人の中二病をそうやって引っ掻き回すんだこら!」

 純太さんが木場の首根っこを掴んで締め上げた。


「…………」


 もう、考えをまとめてもいいだろうか……。


「えっと、大橋さん?」

「はい?」

「そのスパナ、ちょっと貸していただけませんか?」

「いいっすよ」


 放り投げてきたスパナを片手でキャッチする。

 そして木場へめがけてスパナを振り下ろした。


 ガツン!


「うおおおおおおおおおおおっ!」

 殴られた木場はその場にうずくまって頭を押さえた。


「どうやら、『ウチの』木場が迷惑をかけていたようで」

「ああ、迷惑だよまったく! 何が怪人が現れてお前のパワードスーツが欲しいだのって、久しぶりに電話かけてきやがったらこれだぜ、まったく!」


「本当に申し訳ありません」

「さっさと帰ってくれ。実験やら開発やらで忙しいんだ」

「はい、本当にご迷惑をおかけしました」


「そんなことはない!」


 木場がばっと立ち上がって叫ぶ。


「お前が作りたかったのはこんな介護ロボットやちまっこいロボコンに出すような機械じゃないはずだ! 中学からお前が望んでいたものはもっとカッコいいものだったはずだろ!」


「うるせえ!」「うるさい」


 ガツン! ゲシン!


 俺がスパナで木場を殴り、純太さんが木場を蹴り飛ばした。


「本当に失礼しました。上司として本当にお詫び申し上げます」

 純太さんに頭を下げて謝り、木場の後ろ首を掴む。

「それはではこれで失礼させていただます。ご迷惑をおかけしました」

「おう! 帰れ帰れ!」


「純太~俺は信じているぞ。お前はこんな物を作るためにここまでやってきたんじゃないと」


 ガンッ!


 三度目のスパナを振り下ろす。そして大橋さんへスパナを放り投げて渡し、「それでは」と告げて木場を引きずりながら部屋を出た。


 何がパワードスーツだ。

 馬鹿馬鹿しい。


 きっとこいつの頭の中ではあのミュータントに対抗すべく、装着型のハイパワーを出すパワードスーツで立ち向かう事を想像していたのだろう。


 冗談じゃない。そんな便利なものがほいほいあってたまるか。


「木場、このままジュエル洋菓子店へ行くぞ。俺をここまで無駄足させた責任を取ってもらう」

「……ういっす。いたたたた。たんこぶが3つも……」

「うるさい!」

  

  ―――――――――――――――

 

 警察官となった木場とその上司の舘山寺と言う男が去って行った後、大橋と二人だけになった室内は静寂を取り戻した。


 少しのあいだ間を空けたあとで、大橋が純太に尋ねた。


「純太、追い返して本当に良かったのか?」


「うっせーよ。ヘタな物見せてただのガラクタを当てにされたら大変だ。木場のヤツが調子に乗る」


 佐鳴純太はテーブルに腰を預けたまま、腕を組んでふんと鼻を鳴らす。


「ガラクタ、ねえ……」

「ンだよ? 俺の趣味に文句があるのか?」


「趣味もここに極まり、だな。最も加工しにくい最硬鋼の板金を複数種類用意して、空いた時間にせっせと削り出して、ここまで組み合わせたのに。もったいねえなあ」


「うっせ、こんなハンパなもの見せられるか」

「まあ、今は……ね」


 そう言いながら、大橋は部屋の隅っこにある大きな布で覆いかぶさっている人間大ほどの物に手をかけた。


「最硬鋼の削り出し以外にも、大阪から受注したイオン導電性高分子ゲル、それをさらに特殊加工した柔軟で力強い人工筋肉。衝撃吸収剤も自前で何種類も部位ごとに組み合わせて……これが趣味の産物とはねえ」


「うるせーっつってんだろ!」

「はいはい」


 その大布にかぶさったそれは、


 成人の体ならば丸々すっぽり収まるほどの全身鋼鉄の鎧フルメタルアーマー、だった。


「完成したなら、話題騒然だろうぜきっと」

「うっせ!」

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