第六章 襲来する者たち

舘山寺晃一の考察整理

「木場、俺をどこへ連れて行くつもりだ?」

「まあまあ、それは到着してからのお楽しみってことで」


 やたらニヤニヤと笑っている木場にため息をついて、車から流れる景色を頬杖をついてなんとなく見る。


 一連のミュータント事件。あれだけの事があっても社会は変わりなく回っている。


 バスも電車も定期的に動き、乗用車が道路を埋める。歩道には自転車と歩行者が、老若男女問わず闊歩している。

 何気ない日常の一部。社会の一端。平和な街並みの一つ。


 たとえ多少の死人が出ても、残念ながら無常に無慈悲に、社会は回る。


 明日はわが身かもしれない…事件の真っ只中。日常の光景にはそんな気配は一片もなかった。


 そしてこの車の行き先、それは分からない。

 午前中に木場から一緒に来て欲しいとせがまれ、どこへ行くのかと聞けば秘密だという。


 この能天気な相棒。


 念押しで、事件と関係ないのなら許さんぞと言ってやったが、「大丈夫、大丈夫ですよ」と晴れ晴れとした表情で言いやがった。


 これでわけのわからない所だったら本当に殴ってやろう。二日前の拓真君と昆虫型のミュータントの一件、その報告書をほったらかしてまで署を出たのだ。


 絶対にただじゃ済まさん。


 殴った後で、シュクリームとエクレア、チーズケーキを要求してやる。 


 ……にしても、二日前の拓真君。あの様子は尋常じゃなかった。


 とても憔悴しきって、まるで抜け殻のようだった。受け答えはできたのだから精神に異常をきたしたわけではない。だが彼の様子は、戦い以外に何かがあったとしか考えられなかった。事情聴取では、カカロ族の二人組み、植物型の女性ミュータントと、カマキリ型の昆虫人間のミュータントを撃破したと言っていたが。それ以外に何かあったのかと聞いても、何もなかったとしか応えなかった。


 一体何があったんだ?


 それ以降、彼とは会ってはいない。


 俺達対策本部の方はてんやわんやだった。また新たに現れたミュータント達。増える頭部の無い死体。行方不明者の続出。


 ミュータントは自身の体内でドーパミンが作れなく、また大量に消費する体であり、人間が有するほどのドーパミン量を要するため、ミュータントは人間を食べる。食べなければ生きていけない生物だった。


 それに加えて、人知を超える力を複数所有しており、警察の力ではどうにもならなかった。銃弾も聞かない、そして一般的な人体を軽々超える強靭な肉体。さらに高度な頭脳。


 『毒』はどうだろうか? という提案もあったが、それも虚しい希望だった。ミュータントの血液には普通の人間の十倍以上の白血球量に加えて、様々な対抗免疫が存在し、ヒ素も青酸カリも……おそらくはサリンでさえ無効化するであろうとの見解だった。


 唯一の進展といえば、この血液を流用して加工すれば、新たなワクチンや解毒剤の開発などの薬物的な技術発展が望まれるという事だった。


 唯一対抗できるのは結崎拓真という高校二年生の少年。彼はミュータント達と同じような姿、〈太陽を背にし大地を守る者〉エルガイアに変身できる。


 何の変哲も無い、ただの一般人のたった一人の少年に、この街は守られている。


 俺達にほかに何ができるのか、対策会議で何度も議論されるが、いまだ警察のみで対抗できる手段が無かった。


 無力。


 警察の力では、対ミュータント戦において無力の一手だった。


 打開策は、前略の通り今だ見つけられず。


 だが、これを打開しなければならない。警察組織でミュータントに対抗できるようにならなければならない。

 大げさかも知れないが、たった一人の少年に、人類の存亡を左右させるわけには行かない。


「そろそろ到着しますよー」


 内心で舌打ちする。せっかく頭の中を整理していたのに。ラズベリーかストロベリーのパイも追加してやる。

 そう言いながら木場が車のハンドルを切って入った施設は、県内の国立大学だった。


 たしか、十年位前に新しい可燃物、新型の固形燃料の開発に成功して、いっときは話題になったのを覚えている。確か加熱させると確かに長時間大風が吹いても消えない炎を発するが、その分とんでもない量の発煙をし、使い道としては微妙だったというオチもついていた。


 工業系に特出した国立の大学だ。

 何故? ここに?


「木場、ここに何があるって言うんだ?」 

「まあまあ、ちゃんと紹介しますからっと」

 木場が駐車場に車を止め、キーを抜いた。

 紹介? 俺に誰と会わせるというのだ?


「ついてきて下さい、ここは俺の庭のようなものですから」

 ああ、そういえば。

「ここは木場の出身大学か」

「へへっ、そうです」

 もう隠す事のない木場の笑顔が、微妙に俺をさらにイラつかせた。

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