喪失

 ぐぎり、ごきごきごきぐきぐきぐき――


 変身が勝手に解けていく。だが両手に残った血だけは消えなかった。


「…………」

 もう、何も考えられない。体に力が入らない。指一本も動かす気力もない。


 ガスンッ!


 突然、後頭部が重くなった。踏みつけられていると気づくのに数秒を要した。


「見苦しいな、結崎拓真」


 背後からヘックスの声がした。


「何か言うことはあるのかな?」

「俺は、ミザリィを、お前達を助けたかった……」

「はぁ?」

「分かり合えるはずだったんだ。もう少しで分かり合えたんだ」

「君は何を言っているのかな?」

「ミザリィを、助けることが出来たんだ!」


「ふざけるな!」


 ガツン! ヘックスが俺の後頭部を踏むように蹴った。


「確かに僕達の身体的欠点は今の先進医学でどうにかなるかもしれないよ、だけどね――」


「それが出来るはずだったんだ!」


 ヘックスの脚を振り払って、不叫びながら振り向く。


「俺は、助けたかった。共食いをしなきゃ生きていけないミザリィを! 俺が救ってやりたかったんだ! そうすれば戦う必要のない、戦わなくてもよくなるって――」


 ヘックスがこちらの顔面を蹴り飛ばした。

 首が折れてしまいそうなけりを浴びせられ、体がゴロゴロと転がる。


「問題はそこじゃないんだよ。彼等はエルガイアを憎んでいる。今この街にきている同胞達は、エルガイアを打倒するために動いているんだ」


「なんでだよ! 今の医学なら!」


「勘違いをするな! この戦いは! 千年前にエルガイアに苦汁を飲まされた者たちが、その恨みと復讐と執念を持って立ち上がった戦士達だ! 誰もがエルガイアに復讐したい、一矢報いるためにとやってきた者達なんだよ!」


「復讐なんて!」


「不毛だというのか? 今さら復讐してどうするとでも思うのか? 応えは否だ! 君達にとっては千年以上も前の過去かもしれないが、彼等は昨日の様に鮮明に覚えている! 皆怒りに燃えているのだ! 我先にとエルガイアに晴らすことの出来ない心を燃やして、挑みに来ているんだ!それを不毛と思うか? 今さらだと吐き捨てるか? 君は何も分かっていない。君がエルガイアを受け入れたということは、千年前に起こしたエルガイアの裏切りと彼等に刻んだ心の念、復讐心さえも背負うってことなんだよ」


「だけど俺は、本当に心の底からミザリィをを助けようと、助けたいと思っていた!」


「それも違う! 君はミザリィを助けたいんじゃなく、ただ単に彼女が欲しかっただけだろ!」


「――ッ!」


「ずっと見ていたさ、僕は君の観察者だからね。鼻の下を伸ばして彼女に言い寄る姿、下心丸出しの君をずっと見ていた」


「……おれは」


「本当に見るに絶えなかったよ、自分が一体何をしているのか馬鹿らしくなるほど呆れていたよ。そして今の君は、言い訳を振りかざして、必死に自分を正当化しようと取り繕っている。実に醜い! 反吐が出るほどの醜態だ!」


「…………」


「忘れるな! 今君と相対している戦士達はエルガイアに復讐するためにやってきたものたちだ! 和解以前の問題だ!」


「俺は……俺は……」


「しばらく君の顔は見たくない。ああついでに言っておくと、今の君を殺しても、報告で笑いの種にされるだけだ。つまり今の君には殺意すら覚えられない」


 ばさり


 ヘックスが背中から翼を広げ、高く跳躍するとそのまま羽ばたいて去っていった。


「俺は、俺は……俺は」

 その場でうずくまる。地面に額を擦りつけ、芝生を握り締め、とめどなく流れる涙に胸の苦しめて、あえぐことしか出来なかった。


 泣いた。

 まぶたを強く閉じて泣いた。

 歯が砕けそうなぐらいにかみ締めて泣いた。

 喉がかれるほど、喘いで泣き叫んだ。


 それらが枯れ果て、放心するしかなくなった頃に、優子と舘山寺さんと木場さんが大急ぎでやってきた。

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