愛のカタチ 愛のハテ

 ドゥシードが突進してきた。

 ――速い!


 とっさに後方へ飛ぶ。 


 ジャリン!


 鎌で左肩から右腰まで、斜め一直線に身体が切りかかれた。

 だが傷は浅い、もう一瞬だけ判断が遅れていたら、もっと身体を不覚まで切り裂かれていた。この鎌はヤバイ。うかつに切り裂かれたら、エルガイアの身体であっても筋肉も骨頃まとめて切り裂かれるだろう。


 さらにドゥシードが連続で鎌を振るってくる。

 剣道や剣術ならば警察署での訓練で少しだけ齧ったが、相手の武器が鎌なんて想定していなかった。相手だどう攻撃してくるのか見当が付かない。


 さらにこの瞬発力。脚捌きからダッシュする際の加速力さえもが目でやっと終えるほどだ。何とかギリギリで回避し、体中に浅い切り傷を付けていく。


「はああああ!」


 大降りの鎌の攻撃を、身体を地面へ転がすことで何とか回避する。

 ――強い。

 こんなやつとどう戦えばいい。


 接近戦に持ち込もうとしても、おそらくその前に間合いの広い大鎌で身体を切り裂かれる。


 どうすればいい。


「はぁ!」


 ――しまった!

 首を両方の鎌で挟まれた。


 首を落とされる!


 と、思った瞬間。ドゥシードは口顎を広げ、さらに迫ってきた。

 鎌で首を落とすのは囮、本命はエルガイアの頭を食らう事――


 ――そうだ!


 迫ってくるドゥシードの口の中に向かって、ピストルの形をした手を突っ込む。

「ファイア!」

 指先から火炎弾を作り出し、ドゥシードの口内で爆発させた。

 ドゥシードの頭が、身体ごと吹き飛んでいく。


 あぶなかった。

 自分の首に手を当てる。ぬるりとした感触がして、見てみると手が血で真っ赤になっていた。鎌で浅く切られた。深くはない、大丈夫だ。

 ドゥシードはすぐに起き上がると、今度は姿勢を地面すれすれまで低くして構えを変えた。


「……そうだよな」

 我ながら呆れた。

「そうなんだよな、相手は自分よりも強いんだった」

「何を今さらほざいている!」

「勝算の計算だとか、ましてや楽に勝てる相手なんかじゃないし、最小限のダメージで勝てる相手でもない……」

「何を言っている」

「毎回学習しない、自分の腐った性根を吐き捨てただけだ!」

「その首、我が誇る鎌にかけて斬る!」

「来い!」


 ドゥシードがその力強い瞬発力を持って、両鎌を振るい正面から襲ってくる。

「これならどうだ!」


 その左右両側から迫ってくるドゥシードの大鎌を、両手で掴み取った。


「馬鹿め! その両手、頂くぞ!」

「な、め、ん、なあああああああッ!」

 必死に鎌を滑らせてこちらの手を切り裂こうとしてくるが、その鎌を全力で握り締め、滴る血も省みずに――


「だあああああああああ! りぁああああッ!」


 ベギンッ!


 ドゥシードの鎌を強引にへし折った。


「なんだとぉ!」

 自慢の大鎌を砕かれ、驚くドゥシード。


 ――今だ!


 血だらけになった両手で拳を作り、素早くドゥシードの懐に入り込むと、全力で打撃の連打を浴びせる。


「オラオラオラオラオラオラ オラァ!」


 ドゥシードのカマキリのような顔面がぐしゃぐしゃになり、脚をふらつかせる。


「せいやぁ!」


 腹に正面蹴りを叩き込み、いったん間合いを取る。

 コイツに手加減なんてしねえ! 全力を叩き込んでやる!


 左腕を突き出し、右腕を引く。丁度弓を射るような姿勢。

 そして右腕に炎のエネルギーを余すことなく溜め込む。


「フレイムアタック! バースト!」


 突進しながら右腕を突き出し、ドゥシードの胸を狙う。


 ドスンッ!


 ――な!


「ミザリィ!」


 ミザリィが俺とドゥシードの間に割って入り、炎で粗ぶった右腕を背中で受けた。

 当然、ミザリィの体を右腕が貫いていた。

 解き放たれた炎が、ミザリィを包み込む。

 はっとなってとっさに右腕を引き抜くが。もう遅かった。


「なんでだ! ミザリィ!」


 包まれる猛火の中で、ミザリィははっきりと言った。

「拓真様、申し訳ありません。ですが、これが私の、私達の愛です!」

「……愛、だって」

 ミザリィはもう既に、こちらを見ていなかった。


「ドゥシード様、申し訳ありませんでした。私はエルガイアの甘言によって、私たち部族の誇りとそれを汚された怒りを忘れてしまいました。どうかこの身を盾にする事によって、お許し下さい。そして願わくば、このような私でもお傍においてくださいませ」

「……ミザリィよ、我が妻よ。許そう」

 ドゥシードが、燃え上がるミザリィの身体を抱きしめた。

「ありがとうございます」

「そして、逝くならば私の胸の中で逝くがいい。そして永遠に我が胸の中で抱かれるがいい」

「ドゥシード様、愛しております」

「ああ、私もだ。我が妻ミザリィよ。愛しているぞ」

「……はい」

 ミザリィを包む炎が限界に達し、ミザリィとドゥシードは炎に巻かれながら爆発した。


「そんな……そんな……」

 ありえない、なんで? どうして?

 なんでこうなった!


 爆発で巻き上がった土煙が晴れる頃、そこにミザリィの姿はなく、ドゥシードの姿があった。


「……エルガイア」

 その姿は散々たる姿だった。


「同胞だけでなく、我が妻までも……」 


 体の前面がごっそりとなくなっている。

 心臓が破けて血が吹き出している。胃や腸、内臓が支えを失ってだらりと垂れ下がっている。


「許さんぞ」


 それでも、血反吐を吐きながら、怨嗟の念を込めてドゥシードがおぼつかない足取りで向かってくる。


「エルガイア、許さぬ。絶対に許さぬ」


 血の涙、血涙を流し、凄まじい形相で少しづつ向かってくるドゥシード。


「あ、ああ……」


 その姿に、圧倒されるしかなかった。


「私が、この手で……葬って……」


 ドゥシードが折れた鎌を振り上げ――

 そのままどさりと前のめりに倒れた。


「ゆる、さんぞ……エル、ガイア……」


 許さんと、エルガイアと呟きながら、ドゥシードはそのまま息絶えた。


「ああ、あ、ああ……」

 気がつけば、腰が抜けて座り込んでいた。

 自分の手を見る。

 両腕が真っ赤な血に染まっていた。


 なんで、どうして、なぜなんだ?

 なんでこうなった!


「うあああ! あああああああああああああああああああああ――」

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