盲目

「それで、私の力。能力は弱った植物を元気にする力を持っているんです」

「へえ」


 そういえば、ミザリィの中心だけ、やたら多くの花が咲いている。


「でもやりすぎてしまうと、その周囲だけの植物が生長しきって、部分的に生態バランスを崩してしまう恐れがあるんですよね。あ、あと私が出す花粉には眠りを与える効果もあります」

「花粉と言ったら毒花粉とかありそうだけど」

「私にはそんな力が無いのです。色んな草花を摂取したのですが、どういうわけかこんな形に収まってしまったのです」

「だけどミザリィらしい能力なのかな、なんか優しい能力だね」

「ありがとうございます」


 ミザリィの出す声は耳に入るととても心地良い。

 彼女の周りには、まるで陽だまりのような心地良い何かが取り巻いているようだった。


 彼女といると、緊張しつつも、とても居心地がよかった。

 彼女の声、笑った声が耳に入るだけで幸せな気分になる。


「あの、拓真様」

「なに?」

「なんだか背後から怪しい気配が漂っているような気がするのですが……」

「うん?」

 後ろを見る。


 背後からやや遠めの場所に植えてある木の陰から、優子が顔を出してこちらを見ていた。

 その表情は、まるで今にでも襲い掛かってきそうな肉食獣のような顔をしていた。


 うわあ……


 せっかくの穏やかで心地良い気持ちが台無しになった。

 そして遠めに離れた場所にいる優子にまで聞こえるように、大きな声で言ってやった。


「アレは気にしなくていいよ。無視してて大丈夫だよ」


 と言いつつちらりと優子の姿を横目で見ると、優子は大口を空けて頭の中で『ガーン!』と言う音が鳴り響いているような顔を、固まっていた。


「ですが……」

「いいよいいよ、無視無視。居ないものと思って大丈夫だよ」

「……そうですか」

 そころそろかな?

 話すこともなくなってきたところで、今まで思っていた事、踏み込んだ話をしてみる。


 実の所、この話をするのにタイミングを見計らっていた。


「そのさ……やっぱりミザリィも、普通の人間を食べるの?」

 すると彼女はどきりとしたのか、胸を押さえてうつむく。

 無言の肯定というやつだった。


「その様子だど、ひょっとして食べているけどあまり気が進まない? とか?」

 十分の沈黙が流れて、ミザリィはこくりと頷いた。


 やっぱり、か……。


「私、正直気が引けます。ですけど、食べないと体に異常が出たり、特に精神的に正気を失う事が……私も実際そうなりましたし。なった人も見てきました」

「そうなんだ……」

「私達は、所詮突然変異の人間。人間を食べる人間なんて、受け入れられるはずがありません……」


 やっぱりそうなんだな。だからこぞ!


「大丈夫だよ」

「えっ?」

 ミザリィが顔を上げる。


「君たちミュータントは体内でドーパミンを作ることが出来なくて、しかも普通の食事じゃあ必要な分のドーパミンが摂取できない。だから人間サイズのドーパミンを多く持った生き物を食べないと駄目だったんだ」


「ドーパミン? ですか」


「そう、人間に必要なドーパミンと言う栄養素が、君たちは体内で作れないってだけなんだ。だけど大丈夫なんだ。千年以上も前ならまだしも、今の化学技術、医療技術なら無事に暮らせるくらいのドーパミンを用意できる。ミュータントの戦闘力を差し引いたら、君たちはただ体内でドーパミンが作れない人間ってだけだから、今のこの世界ならそれを補うことが出来る。人間を食べなくても生きていけるんだ!」


 舘山寺さんたちから聞いた話を、一気にまくし立てて説明する。するとミザリィが眼を丸くして驚いた。


「そうなんですか!」

「そうだよ! 君たちは人間を食べなくてもいいんだ。今の発達した医療技術なら、君たちの重大な欠点を補うことが出来るんだ!」

「それは、とても素晴らしいです!」

「じゃあ、近々ミザリィのことを分かってくれる人たちに合わせてあげるよ! これで解決したも同然なんだ!」

「本当ですか!」


「ああ、約束する。ミザリィはもう人間を食べなくてもいいんだ!」

「ありがとうございます!」

 そうだ、ミュータントでも良いミュータントがいても、おかしくはないんだ。

 分かり合える。

 今の発達した医療ならば、同じ人類を食べなければならない宿命を持ったミュータントたちを救えるんだ!


 ―――――――――――――――


 昔ならばどうにもならなかっただろう。

 だけど今の、この時代ならミュータントたちを救える。

 同じ人類を食べなければならない……共食いをしなければ生きていけないミュータントたちに救いの手を差し伸べられるんだ。まずはミザリィから。

 それからついでにあのヘックスも入れてやろう。


 まるで浮かんでいるかのように足元が軽い。


 もうすぐ夜になる夕方頃、学校に戻って自転車置き場へと向かう。


 すると、自転車置き場に優子が待ち構えていた。

 両腕を組んで、仁王立ちでこちらを睨んでいる。


「なんだよ?」

「先輩――」

「ああ、先に言っておくけど。俺達は別に付き合ってるわけでもないんだからな」

「そうじゃなくて!」

「じゃあな」


 そう言って優子の横を通り過ぎる。


「あの女の人、実はミュータントじゃないんですか?」

 どきり

 心臓が跳ね、足を止めてしまった。


「やっぱりそうなんですね。だったら早く舘山寺さんたちに――」

「やめろ!」

 気がつけば、自分でも信じられないほどの大きな声だった。


「今は大事な時なんだ。まだもう少しほっといてくれ」

「……先輩」


 早足で自分の自転車へ向かい、勢いをつけた走りで自転車を引っ張り、優子の顔も見ないまま、俺は自転車置き場を出た。



 その夜。とても幸せな夢を見た。

 花畑の中、隣でミザリィがくすくすと笑って、俺がしゃべっている話をよく聞いている。

 ただそれだけの夢だったが。胸の中がとても温かくなる。

 目を覚ましても、その幸福感は余韻を残して今までにない心地良い目覚めをした。

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