第五章 恋

弱点

「はぁ!はぁ!はぁ!」


 所属している散歩部はいつも活動している公園。

 公園といってもちんまりとした公園なんかではない。大きな敷地に様々なものが設置してあり、また通常は閉鎖されているが、競技大会などに使われるスタジアムをもまるまる一つ、すっぱりと入っているほどの広い公園だった。


 そのスタジアムの周囲を、ひたすらに走り続ける。

 前回の戦いで分かった事。今の自分の弱点。


 それはスタミナ。持久力だった。


 アスラーダとの戦いで、俺は長時間戦えるほどのスタミナが無い事を知った。

 とても重大な弱点だった。


 スタミナが無ければ、戦いの中でガス欠で不利になって、最終的に負ける。

 相手は、ミュータントたちはどれも屈強な戦士。対等に戦う以前に、この弱点を克服しなければならない。

 だけど――


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 どんどん足が重くなり、体操複で汗を拭いながら足を止めた。

 とりあえず限界まで走ってはいるが、実際の所、スタミナってのはどうやって増やせるんだ?


 持久走というだけに、ただ走っているだけ。こんなんでスタミナが増えるのだろうか?


 天を仰ぐように空を見る。

 ギラギラと熱く眩しい太陽がある。

 息が苦しい、脚が重くて疲れ果てて立っているのも辛い。吹き出るように流れる汗がうっとおしい。暑苦しい。ひたすら辛い。


 これであっているのだろうか? 誰かに聞けば……たとえば陸上部のやつらとかその顧問の先生に聞いてみればよかったかもしれない。


 走っていればスタミナが付くなんて、安直な考えだったかも。


「ふう……ふう」


 立ち止まって呼吸を整え、ひたすら汗を拭う。

 もう七月だ。梅雨も終わってこれからだんだん気温が地獄のように上昇していくだろう。

 心の片隅で「やってらんねえ」なんて言葉が浮かんだが、すぐに振り払う。

 今のこの状況、自分の体を、もっと強くしなければならない。


 ジャングル達、エルガイアに復讐を願っているミュータントたちが、もう既にこの街に潜んで活動している。

 ゆっくり体を鍛える暇があるだけまだマシな方だ。


 とにかくエルガイアの素体になった自分の体を鍛えなくてはならない、そして戦う。


 相手は自分よりもはるかに強いミュータント達だ。

 そして負けるわけには行かない。

 絶対に負けられない。


「ふー……ふぅー……」


 呼吸は整った。まだ足が重いけれども。とにかく走らなきゃ。

 そう思って走ろうとした時、視界に映った者がいた。


「うん?」


 広い芝が生い茂った一画に、女性が一人座り込んでいた。

 しかもロングヘアーの金色の髪、金髪なんて生で初めて見た。

 ジジ……ジジジ……


「うっ!」


 驚いて、眼を擦って、再度その金髪の女性を見た。

 一瞬、その金髪の女性が、全身緑の……植物と人間を足して二で割ったような姿に見えたからだ。

 眼を凝らす。

 間違いない。間違いなかった。

 あのジャングルという、でかいアムタウ族と一緒にいたミュータントたちの一人だ。


 ――敵。しかもこんな所で。


 どうする?

 相手は人間の姿をしている。もし変身してこちらから奇襲をかけたら、俺のほうが非常に不味い事態になりかねない。

 かといって放置しておくか? 金髪女性のミュータントは芝生の周りに咲いている花をまるで愛でているかのよう……近くに俺がいるというのに、全くの警戒心も見せず、無防備なままで座り込んでいた。


 一応、近づいてみるか?

 すると、その女性がこちらに気がついた。

 ――やばい。どうする? 


 いったん離れて、舘山寺さんに連絡を入れて判断をもらうか? そんな余裕を与えてくれるだろうか? 応えは当然、否だろう。

 だが、その金髪の女性はこちらに微笑をむけた。


『こんにちは。エルガイア……いえ、結崎拓真さんでしたね』

 思念、テレパシーで彼女の声が頭の中に届いた。

『あ、ああ。そうだ』

 こちらも思念で返す。

『よろしければ、こちらへどうぞ』

『え?』

 罠か? と脳裏をよぎったが、彼女の思念から来る感情は、とても穏やかなものだった。


 どくん。


 なぜか心臓の鼓動が早まった。

 とりあえず、警戒心を解かないまま。ゆっくりと近寄ってみる。


 近づくたびに、彼女の容姿が良く見えてきた。

 白いブラウスに黒に近いブラウンのニーソックス。

 大きい、胸。

 均整の良く取れた肢体。

 顔は白くて目が大きく、澄んだ青い瞳があった。

 少し小さい唇に、形の良い鼻。

 美人。そしてどこか可愛らしさも含まれている。


 なんで俺、ドキドキしているんだ?


 なんか、疲れとは別の意味で体がギクシャクする。

 間近にまで来てから、何をしゃべればいいのか分からなくなっていた。


「えっと、あの……」


 あれ? 俺は何を言おうとしてたんだっけ?

 なんだ? この人の前で、俺はものすごく緊張している。

 ミュータントであるはずの女性が、また微笑んだ。

 その微笑に、見とれてしまう。


 そしてはっと思い出す。

 そうだ、コイツはミュータント。千年以上前、人類が進化していく過程で、枝分かれしたように別の進化を遂げたもう一つの人類。敵なんだ。


「残念ですけど」

 彼女が突然口を開いた。

「私には戦う力はありません」

「え?」


「元々戦士ではないのです、私は。あなたがその気になればきっと、私は花を摘み取るように、簡単に殺せるでしょう。私は付いて来ただけなのです」 

「ああ、そうなんだ……」


 なんだか、あっけに取られた。


「えっと、俺君の事が植物人間みたいに見えたんだけど」

「はい、その通りです。私の正体はカカロ族、植物の能力を得た人間。名前はミザリィと言います」

「俺は結崎拓真、えっと……一応エルガイアやってます」


 って何言ってるんだ俺!


 頭をガリガリ掻いていると、こちらの思念を読み取ったのか。ミザリィと名乗った金髪の美しい女性はくすくすと笑った。


 その一挙一動さえも、なんだか繊細で美しく可愛らしく見える。


「よろしければ隣をどうぞ」

「う、あ、え? うん?」


「私に闘う意思も力もありません。拓真様がその気になれば、エルガイアに変身せずとも人間のままでも十分に私を殺すことが出来ます」


「いやまあ、うん。わかった。敵意は無いってことだね?」

「はい、そう申しております」


 とりあえず。俺はミザリィの横に座った。

 そして数秒たってからか、急にもどかしくなってきた。

 ミザリィは慎ましい動作で、あたりに咲いているよく知らない白い花を撫でていた。


 なんだろうか、何か話さなきゃ……。

 だが彼女を見ていると、何をどうすればいいのか分からなくなってくる。

 さっきから心臓がドキドキとして緊張感がやまない。


 はっとなって気がつくと、俺はミザリィと見つめ合っていた。

 綺麗な碧眼。くりっとした可愛らしい眼差し。


 顔が……熱い。


 なんだこれ? 俺はどうしてしまったんだ?


「えっと、あの、その……」


 ミザリィがくすくすと笑った。


「さっきからそればっかりですね」

「あ、っと……そうかな?」

「そうですよ」

「そっか」


 自分でも間抜けだなと思うほどに「あははははは」と笑ってみせる。 

 彼女はくすくすと笑うだけだった。

 それだけで。

 何かがとても温かく、満たされるような気分になった。

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