復讐者

 現在。

「はっ! せいっ! せやああああ!」


 エルガイアのフレイム形態の姿で、目の前にいるミュータント、ジャングルへ拳や蹴りを立て続けに放つ。


 だが、相手は一ミリたりとも動く事はなかった。


 どっしりと腰を下げて足腰に力を入れ、大木のような両腕で前面をガードしている。


 ――くそ、これじゃあまるで岩石を相手にしているようだ。


 シンプルかつ堅牢な構えに、こちらの放った手足のほうが痺れてくる。


 腰を低く構えていても、こちらの身長鳥もはるかに高い。3メートル弱はありそうな巨体だった。そんなジャングルと言うミュータントが、防御の構えでひたすらこちらの攻撃に耐えている。おそらく、ダメージも全く通っていないだろう。


 ――こんなのが七人もいるのか。


 千年前の戦士。練磨された放つ拳こそ至高。蹴りの軌道は芸術的な弧を描く。肉体は鍛えるほど硬く柔軟な筋肉を作る。


 その集大成が、目の前にある。そんな気がした。


 だが、たとえそれでも――

 超えなければ生きられない!


「だあああああああああ!」

 体のばねと筋肉の伸縮、足腰の踏ん張りを持って全力で拳を突き出す。


 ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!


 くぐもった大きな衝撃音がひたすら周囲に轟いていく。

 だが、ジャングルのガードを崩す事はできず、ついに。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 こちらのスタミナが切れた。


 人間は通常、全力最大のパフォーマンスで動けるのはせいぜい5分がいいところだと聞いた事がある。

 それは半ミュータントであるこちらでも同じ事だったようだ。

 肉体が急速に発達し進化したミュータント……超人と言えど、スタミナが切れれば握った拳も力も入らず、足腰すらおぼつかなくなる。


「ふむ、こんなものか」


 ジャングルの巨体が動いた。

 ガードの姿勢を解いて、盛り上がった筋肉の塊が見上げるほどに聳え立つ。


「次は、こっちの番だ」


 ――ヤバイ!


 体を半身に構えてジャングルと対峙する。

 だが。

 ジャングルの巨体は、一瞬でこちらに肉薄してきた。


 まばたき一回分。目を閉じて、開いた瞬間には既に俺の目の前ジャングルの顔があった。

 まさに一瞬。


 そして。


 ドゴッ!


 自分の胴体ほどの巨大な拳の衝撃。全身が雷鳴を撃ったかのような威力が腹から背中を貫く。


「がはっ!」


 真正面からの、超至近距離での真っ直ぐな拳。

 なすすべなく体が物凄い勢いで吹き飛んだ。

 アスファルトに一度バウンドして、後方で距離を取っていた機動隊の盾の群に突っ込む。


「が、がはっが、があ、あ……」


 胸が軋む、アバラがいくつも折れたようだ。目にチカチカと火花が走り、頭がぐらぐらする。平衡感覚がつかめない。

 何とか立ち上がろうとしてもがくが、手足が思うように動かない。

 気を失わなかっただけ奇跡だったかもしれない。

 たった一度の、一発だけの拳。

 一撃で、俺は倒された。


 嗚咽を漏らして、なんとか両手を地面につけて膝立ちの格好になった。

 ヤバイ。こんな物を何度も食らったら、たとえこの超人的な肉体でも、バラバラのミンチになる。


 機動隊員達も訓練してきただけに。俺はどうやらうまく機動隊員が並べた盾によってキャッチされたらしい。

 うまく呼吸ができない。肺が潰れたのか?


「ぐ、……ぐはっ」

 急な胃からの込み上げで嘔吐する。

 吐しゃ物と一緒に大量の血が吐き出された。

 何度も嗚咽し、血反吐を吐いてぜいぜいと息を切らせる。

 なんてヤツだ。


「ふん、エルガイアといえど、右腕一本分の、さらに素人が相手ならば……やはりこうなるか」


 ジャングルの後方にいた六人のミュータントの一人が手を叩いてゲラゲラ笑っていた。


 他の五人は冷静にこちらを見ている……いや、観察している。

 そしてジャングルは一度、長い呼気を吐いて戦闘態勢を解いた。


「ここで私が倒しても良いかも知れないが。私の後ろにいる六人全員も、エルガイアに一矢報いたいと願っているのでな。挨拶はここまでにしておこう」


「ま、て……」


「さあ、皆よ! 散れ! ここからは争奪戦だ! 誰がエルガイアを完膚なきまでに倒すのか、その胸のうちに燃える復讐心を! 存分に晴らせ!」


 二人 二人 一人 一人 と、六人中四組になってミュータントたちが散りっていった。


「では、生きていればまたいずれ会うだろう。さらばだ」

 ジャングルがその巨体に見合わず、とんでもない跳躍力によってビルの屋上を伝って消えていった。



 ゴキリ、ゴキゴキゴキグギ――

 エルガイアの状態から元の人間の姿に戻る。


「はぁ……はぁ……はあ」

「拓真君!」


 ライフルを持った舘山寺さんがやってきて俺の腕を持ち上げる。肩を貸してもらって何とか立ち上がる。


「大丈夫です。変身を解いたら、折れた骨とか内臓とかは治ってのダメージが無くなりますから」

「だが……」

「そんな事よりも、あいつら、物凄く強いですよ」


 間近で観ていたならば言わずとも分かっただろう。

「ああ、そのようだな」


 一撃。

 たった一撃。

 相手を無慈悲に完膚なきまでに、それこそ足掻く暇もなく理不尽に叩き潰すあの拳。たとえばトラックが突っ込んできたとか、鉄球が剛速球で飛んできたなんてレベルじゃない。それすらも上回る、強力無比な力の拳。

 俺にまだ足りないもの。おそらくは手に入る前に死ぬかもしれないもの。


 どうすればいい……。


 鍛錬し反復し、鍛え上げる技など効かない。何年何十年の練磨の技も、たった一撃で粉々にしてしまうであろうジャングルの拳。

 確かにやつの実力は分かった。そして自分との実力の差は、圧倒的だった。

 アスラーダの鍛えに鍛えた心技体、ヘックスのような飛行能力を用いた足技。

 それとはまた別次元の、ただの怪力だけの純粋な威力。

 どう対処すれば良い?


「げほ、げほっ」


 まだ喉に詰まっていた血とゲロを吐き出す。

「とりあえず念のためだ、病院へ行こう」

「……はい」

 体中に力が入らないまま、ずるずると引きずられるようにパトカーの中に押し込まれる。


 ぼおっと車の天井を見上げる。外では色々と話し合いが飛び交い、騒がしくなってきた。

 右腕を額に置いて「くそ」と小さく呟く。

 今の俺では、太刀打ちできない。

 折れそうな心を、諦めのような脱力感を必死に堪える。

 負けない。負けて……たまるか!

 

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