心しかない者―Yuizaki Takuma―

「うげっ! げほ! げほげほ!……はー、はー、はー」


 なんだ? 俺、生きてる?


 なんだかずっと息を止めていたような感覚がする。空気が冷たい。


 目線を下に向けると、呼吸で上下する俺の胸があった。

 右腕を持ち上げて見る。人間の姿に戻っていた。


「拓真君、大丈夫か? これが分かるか? 何本に見える」


 こちらをのぞきこんでいる舘山寺さんと木場さん。舘山寺さんが指を三本立てて見せてきた。


「……三本です」


 辺りを見回す、夜天の空に、忙しなく点滅する赤い光。

 耳だけで大勢の人間がいて、、歩き回ったり話し合ったりしているのが分かった。

 ぼうっとした頭で周りを見ていると、舘山寺さんが言ってきた。


「君はショック死していたんだ。心臓が止まっていた。今AEDを使ってやっと息を吹き返したんだ」


「ああ、そうなんですか……」


 ショック死していたのか……優子が見たら、泣きじゃくって俺の手を掴んでいたかもしれない。

 そういえば、アスラーダがいない。


「アスラーダは?」

「ヤツは俺たちが到着する前から既にいなかった。いなくなっていた」

「そう、ですか……」


 右腕を額に当てて、夜空を見る。


「俺、また負けたんですね」

「……そうだな」


 緑島と子安さんの仇が取れなかった。

 思えば俺はエルガイアになってから、まともに戦って勝ったためしがない。


 アスラーダとの初戦闘、あれは思い出したくもないほどに情けなかった。

 ゼルゼノガは舘山寺さんからの援護射撃で不意を突き倒せた。

 蜘蛛女は元々戦闘タイプじゃなかった。

 ガノーゼは、太陽の光で復活して、そのパワーで押し切った。

 ヘックスの飛行能力による攻撃には歯が立たなかった。

 そして今さっきのアスラーダ。全てを出し切って負けた。


 よくよく考えれば当たり前だろう。相手は自分と同じ力を持った『戦士』であり、俺はおふざけで正拳突きの構えが出来る程度のド素人。


 むしろあんなやつらと戦って生き残ってるほうが軌跡だ。

 ここまで来ると、笑えて来る。

 笑えてくる、口が歪み、今にもはははと笑い出したくなる。


「舘山寺さん、木場さん」

「どうした? 拓真君?」

「俺……強くなりたい」


 どうしてだろう、笑いを堪えているはずなのに、目が熱くなっている。


 体がこんなに脱力しているのに、まだ胸の中から込み上げてくるものがある。


「俺、もっと強くなりたい。強く強く、今よりもっと強くなりたい」

「…………」


 木場さんが元気付けようとして「大丈夫だよ、これからがんばれば」と言って、舘山寺さんに顔ぺしんとを叩かれた。


「今よりもっと、強くなりたいです……」


 鼻水をすする。

 情けない。何で泣いてるんだ俺?

 泣いたってどうしようもないのに、心が、気持ちが込み上げて目から熱い雫がぽろぽろと流れ出る。

 舘山寺さんは、俺の言葉を黙って聞いてくれていた。


「まだ、これからもあいつらはやってくるんですよね? 俺を狙って、色んな被害者を出しながら。やってくるんですよね?」


「…………」


「いまさら戦わせないなんていわないで下さいよ……舘山寺さんが、警察がだめだと言っても、俺は首を突っ込みます。だって、俺じゃないとあいつら、ミュータントたちに敵わないんですから」


「…………それで、いいのかい?」


「俺、絶対に強くなりますから。全てとはいかなくても、身の回りの誰かを守るために、自分を守るために、俺は戦います。戦って戦って、強くなってやります」


「……そうか」


 ひゅうと吹いてきた風は、いやに汚い廃棄ガスの臭いがした。

 空では星が瞬いているのだろうけど、あたりの明るさや赤ランプの点滅で何も見えない。


 一度だけ大きく息を吸い、ゆっくりと大きく息を吐いた。

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