力と心―Power VS Heart―

 右の拳をアスラーダの顔面に向けて放つ。

 アスラーダも右の拳を出してきた。


 同時にお互いの頬にこぶしが当たり、あまりの威力にアスラーダもこちらも吹き飛んだ。


 アスラーダは強靭な脚で踏みとどまり、こちらはたたらを踏んで持ち直す。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 顔面の痛みなんかでうめいている場合じゃない。アスラーダに突進し、右ストレートを打ち込む。


 だがアスラーダは軽々と避けて裏件を顔面に浴びせてきた。


「ぐはっ!」


 体がのけぞり、がら空きになった腹にアスラーダの脚がめり込んだ。

 今度は完全に吹き飛ばされて、壁に背中からぶち当たる。

 お互いに攻撃力が高い分、相手の体重を軽々と超えて簡単に肉体が吹き飛ぶ。

 壁まで吹き飛ばされ、構える余裕も無くアスラーダが肉薄してきた。


「はあっ!」


 突き出した拳、また顔面を狙ってきている。首を動かして何とか避けたが、壁に破壊音を立てて風穴が開いた。


 ――実力の差が歴然になっているのは分かっている!


 連続で放ってくるアスラーダの拳。

 それを避け、防御し、耐える。背後にあった壁が壊れ、道場から廊下へ体が投げ出される。たまたま目の前の廊下を歩いていた女性の巡査が悲鳴を上げた。


「く……そ……」


 何とか起き上がる、だがアスラーダの追撃が無かった。


「雑魚どもが! 離せ!」


 見れば、道場にいた大勢の人たちがアスラーダにしがみついていた。


「離せぇい!」


 アスラーダの拳を食らった一人が、頭を百八十度以上回転させて即死した。


 ――だめだ、普通の人間じゃ敵わない!


「皆さん離れて!」


 だが、道着を着た人たちが頑として言ってくる。

「俺達にも意地がある!」

「子安隊長の仇!」

「絶対に許すものか!」


 さらに廊下からいろんな人が集まってくる。

 だめだ、完全にパニック状態だ。

 どうすれば……そうだ!


「アスラーダ! こっちだ!」


 窓を開けて、二階から外へ出る。

 署内で戦ったら被害が大きくなる。外へ出るしかない。


 外は真っ赤な夕焼けに染まっていた。


 真下に駐車されていたパトカーに着地し、さらにパトカーから降りる。

 すると、数人の道着を着た人を連れたまま、アスラーダが落ちてきた。

 たった今自分が着地したパトカーにアスラーダが破壊音を立てて着地し、車の上部分がぐしゃぐしゃになった。その衝撃で、アスラーダにしがみついていた人たちが吹き飛ばされてしまう。


『そうやって何故自分より弱いものを痛めつける?』


 思っていたことが思念となり、アスラーダが同じく思念で応えた。


『無意味に弱者を痛ぶってなどいない、必要な分だけ食べ、必要な強者を求めているだけだ!』


 今度は思念ではなく声でぶつける。


「何で弱者を虐げる! どうして見下す! それも自分が強者だからか?」

「弱肉強食が戦士の掟、そして生物の食物連鎖!」

「ンな言い訳は聞き飽きた! そんなもの関係ねえ! なぜ自分より弱いものに手を差し伸べられない! 人間はもうただ食って生殖するためだけの生物じゃない! 何故手を取り合って仲間と認めないんだ!」

「それこそ寒気がするほどおぞましいわ! 弱い者も強い者も仲良く手を取り合ってか? 馬鹿馬鹿しい! 生き残るのは強者だけでいい! 強者だけが繁栄する権利を得るのだ!」


「時代錯誤もいい加減にしやがれ!」

「なんとでも言え! 私の中の戦士は、その程度では微塵も揺るがない!」

「このクソ野郎!」


 半壊したパトカーの上に立っているアスラーダ目がけて、火炎の弾を投げつけた。

「ふん!」

 それをアスラーダは避けることすらせず、拳で火炎弾を打ち消した。


「そら!」


 アスラーダが跳躍し、飛び蹴りを浴びせてくる。

 それを半身になってかわす。だが、それも予測の範囲内だったのか、アスラーダは着地と同時に腕を持ち上げてこちらの首に腕を叩き込んだ。言わば飛び蹴りからのラリアット。

 そのまま頭を腕で抱えられ、アスラーダはその場で回転し始めた。


「そらそらそらそらそら!」


 激しい回転に、こちらの体が浮き上がって持っていかれる。


「そらあ!」


 そして投げ飛ばされた。



 警察署の駐車場から公道まで飛ばされ、車道の真ん中にゴロゴロと転がる。

 車のクラクションが鳴り響いた。


「うわっ!」


 素早く四つんばいになって体を転がす。

 なんとか車は避けて立ち上がることができたが、次から次へと車がやってきて避けるだけで精一杯だった。


 そんな中、アスラーダが行動に飛び降りてきた。

 ワンボックスカーがクラクションを鳴らしてアスラーダに迫る。


「ふんっ!」


 ガシャアン!

 アスラーダは腕のひと振りでワンボックスカーの前面を叩いて停止させた。

 車の中、運転席のフロントガラスがばっと血しぶきで真っ赤になった。


「こんな物を……」


 アスラーダがワンボックスカーを両腕で抱えて持ち上げる。


「こんな物を作っているから! 人間は惰弱なままなのだ!」


 ワンボックスカーをこちらにぶん投げてきた、


 その場で跳躍してワンボックスラーを避ける。ワンボックスカーはそのままゴロゴロと破壊音を立てて転がり、火花を散らしてアスファルトを滑っていくと、対向車線へ入って行き、やってきた対向車と激突した。


 しまった。公道では今度は民間の人たちに危険が及ぶ。考えが浅かった。

 だがもう遅い。それに、街中ではどこにいても必ず誰かがいる。人のいない広い場所で戦闘を行うなど土台無理な話だった。


「じゃまだぁ!」


 今度はアスラーダの脇を通ろうとした白い乗用車がすれ違い様に蹴り飛ばされた。

 白い乗用車は高く放物線を描いてアスファルトに激突し、爆発炎上した。


「やめろ!」


 飛び掛るように拳を突き出してアスラーダに向かう。


「はっ! せいっ! やっ! はあぁっ!」


 正面突き、蹴り、フック、左ストレート。

 だがアスラーダはいとも容易く避けきった。

 さらに腕を組んで、余裕の表情で避けている。それでも拳を振るう。


 ―――――――――――――――


「太陽を背にし大地を守る者、エルガイア」

 拓真とアスラーダの戦闘を、ビルの屋上から眺めているヘックス。


「僕達の最大の裏切り者、最悪の咎人エルガイア。だが普通の人間には救世主だった者。だがもうそれは過去の話。再び僕達は目覚め、この時代で何をすればいい?」


 ヘックスは両手を開いて、エルガイアに変身し戦っている拓真を見た。


「もしこの戦いに生き残るのならば、その先がたとえ僕達の排除だとしても共存だとしても……願わくば僕達を導いて見せろ。新しきエルガイア、結崎拓真!」


 ―――――――――――――――


「拓真君!」


 舘山寺さんの声。呼ばれた方向を見ると、横一列にシールドを置いて固め、拳銃やライフルをを手にした大勢の機動隊員と警察官達がいた。


「離れて!」

「ふっ!」

 言われて大きく後方にジャンプした。

「全員! 撃てえ!」


 舘山寺さんの合図で皆が一斉にアスラーダへ集中砲火を浴びせる。

 アスラーダの体中に火花が激しく飛び散った。


「むう、小賢しい」


 顔の部分、特に目を腕で守りながらアスラーダは歯噛みした。


「そんな小さな小石のような金属で私がやられると思ったか!」


 銃弾の雨の中、警察署員の陣に突進するアスラーダ。

 まずい! あんな中で暴れられたら、巻き込んでこっちも手の出しようがない。

 急いでアスラーダに追いつき、アスラーダの腰に抱きつくようにタックルした。


「発砲やめ!」


 署員たちの立てたシールドの壁数メートル手前でアスラーダを止めることができた。


「これなら――」

 アスラーダの腰にしがみつきその体を持ち上げる。

「どうだ!」


 そのまま体を反らし、

 ズドンッ!

 ジャーマンスープレックスでアスラーダを頭からアスファルトへ思い切り叩きつけた。


 技を解いて離れると、アスラーダはさかさまになってひび割れたアスファルトの真ん中に頭をめり込ませていた。 


 だが、アスラーダはすぐに起き上がり、姿勢を整えた。


「ぬ……う……」


 アスラーダが頭を押さえてふらついた。


 奇襲とはいえ、初めてアスラーダに有効なダメージを入れた。

 ――この機を逃すな!

「はあああああああああああっ!」


 アスラーダへ全力で肩で体当たり。

 だが、吹っ飛ばされながらも、アスラーダは踏みとどまった。

 ――まだだ!

「おらおらおらおらおらおらおらおらおら――」


とにかく当たれ当たれ当たれ!

 ありたっけの力とスピードを込めて、ひたすら拳で連打する。 

 まるで分厚い鉄板を殴りつけているよう、こちらの拳が先に壊れそうだった。だが。


 ――押せ! 押しまくれ! 動きを止めるな!


 アスラーダが吠えた。


「はああああああああああ! ふんっ!」


 アスラーダが体中に力を込め、胸板でこちらの拳を弾き返した。


 ――まだだああああああ!


「はああああああああああ! はあっ!」


 こちらも炎のエネルギーを全開にする。体の隙間から炎がほとばしった。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」

「あああああああああああああああ!」


 相手の打ち込んでくる拳を受け、耐え、こちらの拳を撃ち放ち。

 高速のナックルファイトが始まった。


 お互いの踏み込んでいる足腰、足元のアスファルトにひびが入った。

 殴る、放つ、打ち込む、叩き込む。

 どちらかの限界が来るまで。自分のダメージなど気にせず、

 ひたすら拳と拳を交差させる。


「でやああ!」

「おらああ!」


 アスラーダと腕が重なり、クロスカウンターの形になった。


「せぇい!」

 自分の拳が届くよりも先に、こちらの顔面にアスラーダの拳がめり込んだ。

 吹き飛ばされてゴロゴロと転がる。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 流石に超人的な肉体でも、スタミナが尽きるか。肩で息をして起き上がる。

 アスラーダが叫んだ。


「どうした! エルガイア! もうこれ出終わりか! これが貴様の限界か! もっとだ……もっと見せてみろ! お前の力をぉ!」


 肩で息をしている状態から、落ち着いて深呼吸をする。

 先にこちらのスタミナが切れた。もう長く戦えない。確実に押し切られる。


 ――賭けるしかない……最後の一撃に!


 エルガイアで、まだ試していない事があった。

 それで自分の体がどうなるか分からない。


 夕焼け空が暗転し、周りはもう暗くなってきている。いつの間にか気づかないうちに外灯に光が灯っていた。


 そんな中で、右腕を指先まで伸ばし、空高く持ち上げた。


「プラス、エンチャント……」


 炎の力と、太陽の力を混ぜ合わせる!

 太陽と炎の融合!


「サンライトッ!」

 

 ゴウッ!


「う、あああああああああああッ!」

 体中から強烈なエネルギーが吹き上がる。

 熱い。体中が炭になってしまいそうな高熱が襲ってくる。

 だが感じる。ものすごいエネルギーが、今ひとつとなって相乗効果で燃え盛っている。


 同時に、制御しきれないエネルギーがどんどん外へ放出されていく。


 この姿になれるのは、一分も持たないだろう。その間に、体中のエネルギーが全部外に散ってしまう。


 だがここで焦るな。狙いは一つ。アスラーダにトドメの一撃を与える。


 左手を突き出し、右腕を引く。

「サンライト――」

 ちょうど弓を引くような構え。

「オーバー――」

 そして叫びと共にアスラーダへ狙いを定め、

「ブレイクッ!」

 右腕を突き出して突進した。


 すると、背中が爆発したかのように強烈なエネルギーが噴射した。

 風、空気、大気すらも邪魔になるほどの推進力! 急加速!

 とんでもないスピードで体が飛翔し、右腕がアスラーダに向かって飛んでいく。


「おおおおおおおおおおおおおお――」


 当たれ当たれ当たれ! 届け届け届け!


「とどけえええええええええええ!」


 体中が発光し、その逆光で何も見えない。だが、目の前にアスラーダがいることは確かだった。


 ねじりを入れて、さらに押し込む。

 何かの破片が飛び散っている。

 アスラーダが耐えている足元のアスファルトの破片。


 俺は今、アスラーダの足元のアスファルトを削り砕きながら押し込んでいるのか。

 光と暗転する影以外何も見えない。

 だが、その一点に、目の前にあるただ一つの場所、アスラーダの体に右腕を突き出す。


 そして、急激に体中から放出されてまばゆいエネルギーが消え、あたりが見えるようになった。


 自分の突き出していた右腕を見る。


 アスラーダの両腕が、がっちりと右腕を掴んでいた。


 やつの胸には、指先が……届いていなかった。


 シュウウウウウウウウ……


 体から、力が抜けていく。

 踏ん張ろうと力を込めても、その場から力が散っていく。

 全てを出し切った力が、全て消えてなくなった。

 アスラーダの体に届く前に、一直線に突き進んだ右腕は、アスラーダの両腕によって阻まれた。


 はっきりと感じる、この気持ち。

 ――負けた。



「まさか……我が両腕を完全に防御に使わせるとは」


 もう、立っている力も残っていない。アスラーダが俺の右腕を離し、突き飛ばした。


 されるがまま、地面に大の字に倒れる。

 もう、指先一つも動かない。完全に力を出し切ってしまった。


「エルガイアの本領、その一片。確かに見たぞ」


 アスラーダが歩み寄り、こちらを見下ろしていた。


「なかなか楽しませてもらった。だがまだ不十分だ」


 なんとでも言え、どうにでもしやがれ。

 ……もう、どうでもいい。そんな気持ちにぐらいに体中に疲労がたまっていた。


「もっとだ、もっと力を付けろ。そして再び私の前に立ちふさがれ! 小僧!」


 うるせえよ。言い返したかったが、うめき声しか上げられなかった。


「私はこの場を去る。だが小僧、お前に一つだけ残しておいてやる」


 なんだ? 何をする気だ?


「これが本物の……戦士の拳だ!」


 ズドンッ!


 真上から振ってくるアスラーダの拳が腹に辺り、体がくの字に跳ね上がってアスファルトの破片が飛び散り、俺の意識はぶつりと切れた。

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