力と技―Power VS Skill―

「はあ!」

 道場の真ん中で同僚の対戦相手を床に叩き伏せ、審判が「一本! それまで!」と告げた。


 道着を着た子安静雄は、ふう、と呼気を整え、そして振り返らずに行った。


「何者だ?」


 道場の壁に並んでいた機動隊員たちが一斉に道場の出入り口を見る。


 そこには一人の巡査が、帽子を深く被り立っていた。


 その巡査が無言のまま、帽子を片手で押さえつつ土足で道場に上がった。

 一番近くにいた一人が声をかける。

「おいおい、土足で入るな――」


 パァンッ!


 そんな甲高く弾けるような音がして、巡査に近寄った機動隊員が吹っ飛んで倒れた。


「おっと、すまない。軽く叩いたつもりだったのだが、いやはや……人はほとほと、脆い生き物だな」


 巡査が帽子を掴んで投げ捨てた。


 ぐきり、ごきごきごきぐきぐきごきり。


 巡査の姿が異音を立てて変化し、黒緑色のプロテクターを全身に身につけたような怪人に変身した。


 それを見て、子安は尋ねた。

「お前が、アスラーダという怪人の残党か」

「ふっ、いかにも」

「全員! 離れていろ!」


 今にも襲い掛かろうと構えていた機動隊員たちが、子安の一喝で踏みとどまった。

 その中を、アスラーダは堂々と歩みを進め、子安の前に立ちはだかった。


「私に何の用だ?」

「子安静雄、とはお前か?」

「ああそうだ」


「そうか。……子安静雄、お前は邪魔だ」


「それはどうしてだ? 私は今、拓真君……エルガイアに武術の心得を教えている。闘争心の塊と聞くお前が、何故その邪魔立てをする?」


「お前ではエルガイアの師にはなれん。むしろ、人間の範囲でしか動けない姿になってしまっては、エルガイアの潜在能力を殺す恐れがある。お前ではエルガイアの真の力を導けない。邪魔だ」


「ならばエルガイアは、拓真君はどう鍛えたら良い?」


「ヤツは数多の戦いを乗り越え、死線を潜り抜け、死中に活を見出し這い上がる……戦場こそがヤツの力を引き出す。こんな遊戯でどうにかできると、思い上がるな」


「ならば、お前が見下す人の技を見せてやろう。どちらにしろ私を逃す気はないのだろう?」


 子安が構えを取った。


「ククク、要領の良い相手は話が早くて済む」

 アスラーダも構えを取った。


「人間の技を、舐めるなよ」

「我にそう言った人間は何人もいた。そして、その数の分だけ叩き伏せてきた!」


 

 キンと静まり返った道場内。

 子安静雄とアスラーダが向かい合って構えたまま、数十秒が過ぎた。


 そして自ら緊張の糸を切るように、アスラーダが動いた。


 俊足の勢いで正面から拳を振り上げ……一度そのフェイクを入れてから素早い足捌きで子安の真横に移動し、水平に薙ぐような手刀で子安の首を狙う。

 それを子安は最小限の動きで手刀を受け止め――


「はああッ!」


 アスラーダを一本背負いで投げ飛ばした。


 投げ飛ばされたアスラーダは床を転がると素早く四つんばいになって踏みとどまり、体勢を整えて立ち上がる。


 さらにアスラーダが仕掛けてきた。床すれすれの大降りの足払い。それを子安は軽く後方に跳躍して避けた。


 さらにアスラーダは体を旋回させて、今度は子安の頭部めがけてハイキックを叩き込もうとする。


 それを子安は両手で受け止め、掴み、ひねりあげた。

 ニ度、アスラーダが床に伏せる。

 子安はアスラーダの足をあっさりと離し、静かに元の構えに戻った。

 アスラーダも立ち上がり、構えを取る。


「…………」

「…………」


 また道場内が静かになった。

 構えたまま、アスラーダが言ってくる。


「何故攻めてこぬ?」


 その一言に、静かに気配すらも消して構える子安が応えた。


「動かざること山の如し、構えること林の如し、動くこと風の如し、攻めること炎の如し。これが私のやり方。いわば風林火山だ」


「攻めぬのでは我は倒せぬぞ」


「倒し殺す必要はない。ただお前では、私の技に勝てないと言う事実さえできれば良い。お前を叩き伏せて拘束する」


「小賢しい……脆弱な人間らしい発想だな」


「だが、こちらにまともな攻撃は通用しない。この事実、お前はそれも分からない小物でもないだろう?」


「ふん、言わばたった一人の篭城戦。……そんなもの、我が力で崩してくれる」


「やってみろ! 私に手加減と言う文字はない!」

「それはこちらも同じだ!」


 

 今度はアスラーダが一直線に肉薄し、拳を突き出してきた。


 それを子安は両手で受け止め、抗うことなく後方へ飛んだ。まるでクッションでも殴ったように……子安がアスラーダの拳の威力を殺して柔らかく受けとめたのだった。


 子安は体勢を微塵も崩さぬまま踏みとどまり、静かに構える。

 アスラーダはさらに攻めの一手を決め込む。素早い動きで肉薄し、拳をまた突き出す。


 今度は子安はその拳を避け、見事な足捌きでアスラーダの真後ろへ移動し、当て身を食らわせた。


 だが、当て身を受けたアスラーダは即座に振り向く。


 当て身が聞かなかったと瞬時に把握した子安は、二度後方へ跳躍し距離を取った。


 それをアスラーダは追いかけるように肉薄してきた。まるで獰猛な獣が獲物に食らい付いて離さないかのように、ひたすら子安に素早く肉薄しては攻撃を放つ。対して子安はアスラーダの一挙一投足を瞬時に把握し、さばき、回避し、受け止め、確実にカウンター技を決めていく。


 今のところ、子安はアスラーダの攻撃を一度もまともに食らってはいない。だがアスラーダも子安の技に叩き伏せられるも、決定的なダメージは負っていない。


 幾度もそのような攻防戦が展開された。


 だが、このお互いの均衡を制したのはアスラーダが先だった。


 子安に裏拳を顔面に放ち、それを子安が受け止めた途端、アスラーダが軽く足を延ばして子安の動く足捌きを引っ掛けた。


 体勢を崩す子安。


 そこへ、アスラーダは両手を持ち上げて子安に掴みかかろうとした。

 それに対応して、体制をやや崩しながらも子安はアスラーダの両手を自分の両手で掴み取った。


 その瞬間。はっとなる子安。対してアスラーダはにやりと笑った。


 ベキベキベキベキ――


「あああああああああああああああああああッ!」


 子安と組んでいた両手を、アスラーダが握りつぶした。


 見ていた機動隊員たちが「子安隊長!」と悲鳴を上げる。


 さらにアスラーダは体を大きくのけぞり、


「ふんっ!」


 子安の額に頭突きを叩き込んだ。

 額が割れて子安の頭から鮮血が吹き上がる。

 さらにアスラーダがのけぞってもう一度頭突きを当てようとする。


 だが子安は目をかっと開き、叫ぶ。

「がああああああああああ!」


 アスラーダにぐしゃぐしゃにされた指を離し、ハンマーのように振ってきたアスラーダの頭を、体を屈めることで回避し、さらに肩で体当たりをする。


 だが渾身の体当たりも虚しく、アスラーダにはまったく効かなかった。


 肉体のスペック。骨の硬さ、筋肉の強靭かつ柔軟さ、肌の硬さや体重。握力、体のばね……。


 子安とアスラーダの間にある、明らかな肉体の差があらわになった。


「ふんっ!」


 子安と密着した状態で、アスラーダが子安の腹に拳を叩き込んだ。


「がっ! ああ……」


 腹を抱えてよろめく子安。


「はあっ!」


 アスラーダの膝蹴りが子安の顎に直撃し、その顎骨を粉々に砕いた。


 子安の両膝が床にドスンと落ちた。

 勝敗は決し、アスラーダの勝ちだった。



「なかなか苦労させる技だった、褒めてやろう人間よ。お前は確かに強かった……人間の中ではな」


「が、はっ……はぁ、はぁ、はぁ」

「もう息をするだけで精一杯だろう? お前の負けだ」


 アスラーダは膝立ちで激しい痛みに耐えている子安の目の前に立ち。

 口を広げた。

 まるでギミックでも展開するかのように、アスラーダの口は大きく広がる。


「では弱者は消えてもらおう。その命、食らわせてもらう!」


「子安さん!」


 後方で聞き覚えのある声、結崎拓真の声がした。

 だがそれにかまわす、アスラーダは子安の頭を覆うようにかじりつき。

 その頭を食いちぎった。

 

 がりごりごりがりぐちぐちくちゃくちゃくちゃ――

 

 ―――――――――――――――

 

「……子安、さん」


 妙な気配を感じたのは、中央署内に入ってからだった。

 覚えのある気配。アスラーダ。


 焦燥を覚えて、急いで道場に向かうと、ぼろぼろの血らだけになった子安さんが、アスラーダに頭を食われている瞬間だった。 


 ごくり。


 こちらに振り返り、大きい音を立てて飲み込むアスラーダ。


「どうだ、小僧? これが戦士の掟。弱肉強食だ!」

「…………」


 拳が震える。気がつけば拳が震えるほどに力を込めていた。


「さあ、次はお前だ」


 子安さんの遺体を、まるで空き缶でも蹴飛ばすように蹴り、子安さんの遺体がゴロゴロと転がって道場内に血が舞った。


「…………」


 無言で靴を投げ捨て、道場内へ入る。


「善悪だとか――」


 ゆっくりと歩く。

 アスラーダは堂々と構えていた。


「食物連鎖だとか、弱肉強食だとか――」

 

 ごきりぐきぐき、ごきごきごきごき――

 

 体がエルガイアに変身した。胸の内を語るように、体に張り付いているプロテクターのような皮膚が炎の色で真っ赤になる。


「そんなの、関係ない――」


 アスラーダにゆっくり歩み寄って肉薄するまで近寄り、

 そしてアスラーダの額に、こちらの額をぶつけた。


「俺は……俺は……」


 至近距離でアスラーダの両目を見る。痛みが走るほど目を見開き、アスラーダを睨みつける。

 喉から吠えるように、アスラーダに激しい怒りの叫びを叩きつけた。


「アスラーダ……お前という存在が許せない!」

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