日常―Days6―

 五日後。

「だあああああああああ――」


 校舎の屋上で腹を満たしたあとで盛大に寝転ぶ。

「体が痛えぇぇ……」


 大の字に寝転んでいる俺の隣で、弁当箱をひざに置いている優子が呟いた。


「週末はどんな特訓したんですか?」


 流石に放課後から中央警察に直行している俺に対して、優子にはちゃんと吹奏楽の部活がある。この五日間、優子とは学校の中でしか会っていなかった。


「土日なんか、機動隊員の人たちに囲まれて乱取り……とにかく大人数に俺一人でひたすら組み合ってずたぼろ……さらに変身して武装した機動隊員との模擬戦。まあ、変身しての模擬戦では楽勝に打ち負かしたけどな」


「……打ち負かしちゃったんですか?」

「ああ、そうだが?」

「…………」

「なんだよ?」

「いいえ、なんでも」

 ぼそりと小さな声で、優子が「警察の面子が丸潰れ……」と呟いた。

「聞こえてるぞ」

「うわっ! 聞こえてるって普通言っちゃいます! ここは聞き流してくださいよ!」

「耳も鋭敏になってきて聞こえちまうんだよ」

「……しかし、そのなんていうか。先輩、がっちり体育会系になっちゃいましたね」

「そうか?」


「だって一ヶ月ぐらい前の先輩だったら体育も運動部もゲロを吐くぐらい嫌そうにやるじゃないですか。今はまるで切磋琢磨するスポーツマンみたいです。拓真先輩なだけに」


「しれっと下らんジョークを混ぜるな。しかも名づけられ方が当たってるし」


「やっぱり切磋琢磨から取ったんですか?」


「ああそうだよ」


「本当に一ヶ月前までは名前負けしてましたね」


「うるせえよ」


「でもでも、ワイルドになる先輩もちょっと良いかなーって」


「お前はどうやったら俺を諦めてくれるんだ?」

「諦めません! たとえ先輩が飲んだくれギャンブル人間で超まるでダメなオッサンになっても!」


「そこは縁を切れよ! なる気はないけどさ!」


 ちなみに俺は酒と相性が悪いらしい。祖父は飲める口だったが、父親は酒が飲めなかった。さらに母は二十歳ほどで俺を産んだため、酒をたしなむ前に俺が生まれた。つまりは遺伝的に俺は酒に対する免疫が弱いのだ。試しに飲んでみて頭がガンガンに痛くなって、気持ち悪くてたまらなかった。


「今も昔も、愛されるということは至上の喜びだよ。それを自覚出来ない者はすべからく愚か者だ」


「…………おい」


 突然現れた人物に、起き上がりながら半眼になってツッコむ。


「何でいるんだよ?」


 現れたのはヘックスだった。


「ここでは火澄雅也、君と同じ同学年だよ」

「もちろん本人を食い殺して、か?」

「これは監視者として仕方の無いことだった。個人的にちゃんと弔ったよ」


 ヘックスが俺と優子と自分とで三角形ができるような位置に座った。


「とっととうせろ。それともやるのか?」

「僕は戦わないよ……この間のことを謝りにきたつもりなんだけどなあ」

「なに?」

「この間はすまなかった。あまりにも激情に囚われすぎた。自分の本分をまっとうできなかった」

「よし謝ったな、じゃあうせろ」

「そう邪険にしないでくれ、これでも君を監視しているだけじゃ暇すぎてね」

「お前絶対ケンカ売ってるだろ?」

「いやいや、そんなつもりはないよ。……それにしても」


 ヘックスは優子の方を向いて、身を乗り出した。


「こんな美しい女性に好かれているのに、無碍にするとはねえ……」

「え、えっ……えっ?」


 ヘックスが指先で優子の顎をつかみ、ぐっと持ち上げた。


「僕には見えるんだ。生命力というやつが。人間のオーラというモノがね……こんなに純粋で透き通った、それでいて力強い生命力。美しいとしか言えないね」


 ヘックスが優子から離れる。優子の顔が真っ赤になっていた。


「私……かわいいとは言われたことはありますけど、美しいって……」

「こんなに美しいのに、言われた事が無いのかい?」

「ああ……あ、ああ」


 まるで優子は頭から蒸気が吹き出しそうなぐらいに赤面していた。

 なんだかさらにムカついてきた。


「ちょっかいを出しに来ただけならもう十分だろ。消えろ。それとも消してやろうか?」


「ふむ」


 ヘックスが話を切り替えてきた。


「じゃあ、ゲームをしよう。君が勝ったら、とても有益な情報を君たちに教えてあげるよ」


 ヘックスがコイン……百円玉を取り出した。


「コイントスで良いかな?」


「ちょっとまて」


 始めようとするヘックスを止める。


「お前俺以上に目が良いんだろ、コイントスなんてスローモーションで見るようなもんじゃねえか」


「ああ、ばれましたか」

「くだらん。帰れ」

「じゃあ私が」


 ヘックスがポケットにしまおうとした百円玉を、優子が取り上げた。


「私が今からコイントスします。ですからヘック……火澄先輩はそれをちゃんと当ててください」


「いいのかい?」


「ええ、目が良いのならばそれを全力で使っていただいてかまいません」


「わかったよ。何かあるのだろうけど、あえてのってあげる」


「ありがとうございます。では投げますね」


 優子が親指でコインを真上に弾き、キーンと言う小さな音を立てて落ちてきた。

 それを優子は右手の甲で受け止め、さっと左手で隠した。


「さあ、どうですか? ちなみに、日本の硬貨は、数字が書いてある方が裏で、植物が描かれている方が表です」


「うん、じゃあ表だね」


 さらりとヘックスが応えた。


 だが――


「えいっ」


 優子が両手を半回転させて、左手の手のひらに乗った側のコインを見せた。


「残念、裏でしたー」

「お前それズルいだろ?」

「いいえ、ズルくありませんよー」


 ヘックスがプッと吹き出した。


「これはやられた。君の勝ちだよ、ええと、優子ちゃん?」

「はい、私の勝ちです。じゃあ応えてもらいましょうか。何を教えてくれるんです?」


「うん、それは僕達の事だ。僕達の事をもっと知ってほしいんだ」

「じゃあどうぞどうぞ、聞きましょう。ねっ先輩」

「……わかったよ」

「じゃあ聞いてくれるんだね。ありがとう」

「言い終わったらさっさと帰れよ」

「じゃあ話そう。僕達の事を」


 ヘックスは一度大きく息を吐いて、真剣な顔で言い始めた。


「いいかい、進化には原因が必ずある。自然界で生き抜くために足りないものを長年かけて生み出し克服し、あるいは自分の長所をさらに伸ばして特化させるために」


 なんだか物々しい始まり方だった。


「アムタウ族、アスラーダのような人間は、人類は戦いこそが本文という結論から進化され、あのような強化された肉体を得た。そして僕達カカロ族は自然界とさらに適応を深めるために、成長期に取り入れた動植物の特性を手に入れることが出来る。さらにサイクロ族は人間の特化した知能をさらに高度に特化した種族、だけど姿が人間とかけ離れすぎて醜く、短命で15年も生きられない体でもある。ティタン族はアムタウ族と似ているが、全身の強化ではなく、脚力や腕力が局部的に発達している、その部分的な力だけならアムタウ族を越える」


「お前、一応俺たちの敵だろ? 自分たちの手の内を明かしていいのか?」

「いずれ知る事になるのさ、早いか遅いかの違いだよ」

「ああ、そうかい」


「他にも人間が枝分かれのように進化を遂げた部族がいるが、仲間の多い部族はこの4種類かな」


「あの、質問でーす」

 優子が挙手した。


「なにかな?」

「じゃあじゃあ、エルガイアはどの部族に入るのですか?」

「…………」


 ヘックスが子ほんと咳払いをして仕切りなおした。


「……どこにも属さない」

「え?」

「は?」


「エルガイアは、どの部族にも属していない。たった一人だけなんだ」


「それはどういうことですか?」


「それについては、始めに言ったことに回帰する。進化には原因や理由がある……だけど、エルガイアだけにはそれが無い」


「それはつまりー……どうしてエルガイアという人間が進化して生まれたのか分からない、ということですか?」


「そうなる」


 優子がこちらに向いた。


「俺にもわからねえよ」


「エルガイアの特性は、アムタウ族のような肉体に、さらに自然界のエネルギーを取り入れ己の力に変えるという能力だ。……だけど、何故エネルギーを取り入れて、自分の体をさらに強化させるのか。それが分からない。足りない人類にどういう理由かあるいは原因があって、その進化に至ったのか、誰にもわからないんだ」


「…………」


 自分の右腕を見る。自分の……いや、俺の腕に変化しているエルガイアの右腕を。


「さらに、肉体の一部さえあれば、母体に取り付いてエルガイアの力を得る。だからエルガイアは僕達の中でも特殊も特殊。イレギュラーの中のイレギュラーなんだ」


 ヘックスも優子も、俺の右腕を見た。


「まさか……コイツだけ宇宙人とかじゃねえよな?」

「その可能性もあるね」

「嘘だろ!」

「嘘、と言いたいけどその答えもありそうだ」

「…………」

 なんだか、ぞっとしてきた。

 いや、もう何度もエルガイアの能力に驚かされていた。これくらいの事実もその範疇だ。

 それにもう、恐れる必要なんかない。そう心に決めたんだ。


「さて、話せることはこれくらいかな。各部族の対策法は自分で考えてくれたまえ」

「俺の質問にも一つ、応えろ」

「何かな?」


「お前は、人間と分かり合いたいと考えているんだろ? だったら何故現代の人間に助けを請わない? 今の医療技術なら、ドーパミンを作れない体をどうにかしてくれるかもしれないぞ」


「ドーパミン?」


「……知らなかったのか? お前達は人間の体に必要な栄養成分、ドーパミンを作れないから、それ相応のドーパミン量を持っている人間を食っていたんだろうが」


「なるほど……そういうことだったのか」

「おい、今さら知らなかったなんて――」


「知らなかった! 僕達に足りないのはドーパミンと呼ばれている成分なのか! 本当なのかそれは!」

 食いつくように迫ってくるヘックス。


「お、おう……ちゃんと医大で、お前達の死骸を調べて分かったらしいぞ」

「そうだったのか……」


 ヘックスが目を丸くさせたまま、元の位置に戻り、すとんと腰を下ろす。


「…………」


 そうか、コイツらは千年以上も封印されていたんだ。千年前に原因がドーパミンだと分かるような、現代なみの医療技術があるわけがない。


「じゃあ、僕達はどうすればいいんだ! 人間を、同属を食べなくてもよくなるのか!」


「そ、そこまではわからねえよ! ただ、お前達は普通の人間以上にドーパミンが必要で、奇しくも人間を超えた力を持ってしまったために、同属を食らって生きる姿、そういう生態になっってしまったんだろう。ってそういう見解がされたってことだ」


「……そういうことか。ドーパミン……調べる必要があるようだ」


 ヘックスが考え込んだ顔をしたまま立ち上がった。


「お前どこに行く気だ? まさか、医大に乗り込むのか?」


 立ち去ろうとするヘックスを呼び止める。


「いや、授業に出る。千年前は、こんな高度な学業施設なんて無かったからね。とても興味深いよ。僕は君のいずれ戦う部族たちの事を伝えるつもりだったけれど。良い情報交換が出来た。ありがとう。じゃあ」


 ヘックスが校舎の中に入り、行ってしまった。


「なんか、意外な事になりましたね」

「……そう、だな」


 なんか、あっけにとられた。

 カカロ族ヘックス。あいつはこの事を知って、これからどうするのだろうか?

 

 

 

 

  



 


    

 


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