第三章 決戦
アスラーダ―Rival―
「くそう……」
時刻はもう夜の一時を回っていた。
自室で、足の短い机に置いた携帯電話と向かい合う。
まだか――
舘山寺さんたちから連絡が来ない。どうにかして、一刻も早くやつらが隠れ潜んでいる場所を見つけなければ。
ゼルゼノガは女王への供物と言っていた。つまりはやつらの親玉の餌にされちまうかもしれないって事だ。
ゼルゼノガを倒した後、幾人かの警察の人たちや、機動隊の隊長さんの子安さんを舘山寺さんに紹介してもらったが、荒れに荒れた戦いだった故に、正式な紹介は後日と言う事で自宅に戻っているようにと言われた。今はその方がいいと言われた。
さらわれた優子。連れ去った蜘蛛女の事も同時に捜索するといっていたが……。
何分? 何十分? 何時間? 何日待てばいいんだ?
ベッドに腰を下ろしたまま頭を抱える。
大きくため息をついた。落ち着け、俺。
正直、戦いの疲れがたまっている。本来ならばその時に備えて休息をとるべき、舘山寺さんに休んでいるようにと言われたが、こんな状況で悠長に休んでいられるわけがない。さらわれた優子の方角は、ゼルゼノガと戦っていたあの時に分かったが、その程度の情報でどうやって優子のいる、やつらの居所を掴むのだろうか?
――そういえば、やつらは何者なんだ?
怪人、化け物、未確認生物。そういえばアスラーダのやつが自分をアムタウ族と言っていた。
そうじゃなくて、呼称だ。
俺たちが人間、人、人類と呼称されるように、あいつらは大昔の当時になんと呼ばれていたのだろうか?
人を食べると言う連想で吸血鬼と食屍鬼、ヴァンパイアとグールを連想したが、たぶん違うだろう。いや、人間を食べるグールの伝承は確かかなり広い。案外そう呼ばれていたのかもしれない。
余計なことを考えて時間をつぶしても、舘山寺さんからの連絡は来なかった。
「……ゆっこ」
――先輩が私を守ってください!
守れなかった。
っていうか、身体を張りすぎなんだよまったく……。
いつもいつも、しつこくまとわりついてきて、無理やり弁当を食わせようとしてきて、一度に弁当を二つなんて食えるわけ無いだろうが。それにラブ・アタックだとかよく分からないがこっちまで倒れて怪我しそうな飛びつき方をしてくるし。
ああもうまったく!
頭をがりがりと掻く。
気の済むまで掻き毟って、また大きなため息が出た。
静寂の中で時間がゆっくりと流れる。
『小僧』
いきなり刺すような痛みが頭の中に響いた。
この思念、テレパシーは。
『表に出ろ』
腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、カーテンと窓を開けた。
「…………」
目の前に黒い太古の戦士、アスラーダがいた。
テレパシーと言うのはどうやるのかは分からないが、思ったことをアスラーダに叩きつけるように、頭の中でしゃべる。
『何の用だ? 一対一で勝負か?』
テレパシーは届いたらしい。アスラーダから返事がきた。
『いいや違うな、ゼルゼノガを倒した程度で浮かれるなよ』
『浮かれてなんかいない、そんな状況じゃねーんだよ』
すると、ひときわ大きい痛みが頭を貫いた。あまりの痛みに片手で頭を抑える。
「ぐ……」
これは、地図? 頭の中に森と川原と――それがどこなのか、それが頭の中に入ってくる。
『これは……』
『女王の居所だ』
なんだと?
『何で教える?』
『まだまだ足りないからだ』
『足りない?』
『そうだ、貴様はまだ不完全だ。まだまだ戦って強くなってもらう。この世で我が全力をもって戦える相手は、もはやお前しかいない』
『……そのためなら仲間も売ろうってか?』
『そうだ』
アスラーダはきっぱりと、確固たる意思を持った思念を飛ばしてきた。
『我は戦士が戦士としての、究極の戦いを望む。そのためならば仲間も売ろう』
『……本当に、ここに蜘蛛女やら女王とやらがいるんだろうな?』
『本当だ。蜘蛛女……ルルケルと我らが女王の二人だけしかもういないがな』
『……女王、とはなんだ?』
『アムタウ族では、たまに女王と呼んでいる特殊な体質を持った女性が現れる。それは子供の産み方だ。アムタウ族の女王型はより強い子孫を産むために、腹に宿した子供を成長途中で切り捨てる事ができる。何度も切り捨て、その命を削りながら、最上の子供が生まれるまで何度でも生むことができる。もう何十体と、切り捨てられた兵士達も待っているぞ』
そしてアスラーダは背中を向けた。
『貴様がもっと強くなり、エルガイアの力を最大限にまで引き出せるようになった時、私は再びお前の前に現れよう。さらばだ』
アスラーダが高く飛んで、闇夜に消えていった。
「…………」
アスラーダ、なんてやつだ。
俺は窓とカーテンを閉めて、机に置いてあった携帯電話を手に取る。
舘山寺さんへ連絡しなければ。
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