記憶―Memory―

 やればできるじゃねえか。意地の悪い右腕め!

 伝わってくる。頭の中から沸いてくるように、身体がどんどん答えを導き出していく。


 腕の振り方、足の動かし方、身のこなし方。攻撃する隙間。


 右腕の記憶。エルガイアの戦い方の記憶が、どんどん頭の中に流れ込んでくる。


「はっ!」


 ゼルゼノガの突き出そうとした拳のタイミング、それよりも早くこちらが右拳を突き出した。攻撃に移っていたゼルゼノガの顔面にクリーンヒットする。

 後ろへジャンプしてゼルゼノガと距離を開けた。


「ふっふっふっふっ……」

 呼吸に合わせて小ジャンプを繰り返す。


 緑島が言っていた。突きや蹴りを繰り出すときには必ず掛け声を入れろと。

 確かにその通りだった。攻撃するときに声を出すことで腹に力が入り、攻撃の姿勢が安定する。


 空手や剣道、柔道などで声を出して攻撃する意味がわかった。


 腹に力を込めるように声を出して、技のキレを高める。一瞬で出した呼吸が安定した攻撃を放つ。

 目を凝らして、ぎりぎりまで相手の挙動を見る。攻撃の気配を感じたのならば、相手が攻撃するであろうそのタイミングよりも先に動く。


 右腕、左腕、右脚左脚……それら四つの攻撃方法で繰り出されるのは、それぞれある程度決まってくる。上段か中段か下段か。



 避けられる、捌くことができる。攻撃を入れることができる。


 ――やれる。


 そう確信できた。今度は慢心なんかじゃない。

 確固とした意思を持って、そう言い切れる。

 俺は戦える!


 そして気づく。周囲の炎に。

 確か、できたはずだ。

 俺は右腕を頭上に掲げた。


「ええと……チャージフレイム!」


 名前は適当だった。とにかく右腕に炎を吸収しろと命じたかった。

 辺りで散らばるように昇っていた炎が流れを変え、いくつもの帯状になって右腕に集まってくる。


 そして周囲の火事は、全てエルガイアの右腕に納まった。


 周囲を照らしていた明かりが無くなり、静寂と暗闇に包まれた。

 身体が熱い。両腕を見ると、腕のプロテクターのような部分が赤々とした炎の色に染まっていた。しかも腕だけじゃない、全身のプロテクター状の部分が赤く染まっている。

 身体が熱いほど温まり、さらに動きが良くなった。

 おそらく力も上がっているのだろう。パワーアップだ。


『それくらいは想定済みだ。炎を吸い上げるなど分かっている』


 おそらく、ゼルゼノガはエルガイアのこの状態を知っているのだろう。


『だが本番はこれからだ』

「ああ、とことんやってやるぜ」

 

 ――――――――――――――――

 

「すごい……」

 木場さんが感嘆の声を漏らした。

 舘山寺さんはライフルのスコープから目を離さずに戦いを見届けて……いえ、先輩を援護するタイミングを見計らっていた。

「舘山寺さん、形勢逆転ですね!」

「ああ……だが油断はできん」


 先輩。がんばってください!

 両手を組んで祈るように戦いを見届けていると。

 あれ?

 身体が急に締め付けられた。

 見れば、白い……糸の束?

 そして襲い掛かる急激な衝撃に、意識が飛ばされた。


 ――――――――――――――――


 気がついたのは、視界に映ったからだった。

 ゼルゼノガとの戦いに水を差してきた、もう一体の怪人。

 どこか蜘蛛を思わせるような……身体のラインから見て女の怪人のようだった。


「ゆっこ!」


 その蜘蛛女は、白い糸の束で巻かれている優子を肩に担いでいた。

 街灯の上に着地している蜘蛛女が思念を飛ばしてくる。


『やはりか、この女はどうやらエルガイア、お前の大事な人間のようだな』


「ゆっこを返せ!」


 そこにゼルゼノガが横槍を入れてきた。


『どこを見ている!』


 不意を撃たれ、下腹部にゼルゼノガの拳が打ち込まれた。


「がはっ!」


『この女はもらっていくぞ! ははははははははッ!』


「ま、まて!」


 蜘蛛女に向かって叫ぶが、蜘蛛女がその高い跳躍力を持って、あっという間に闇夜に消えていった。

 そんな中、ゼルゼノガが蹴りを浴びせてきた。

 すぐさま気づいて突き出してきた足を両手で受け止める。


「くそっ」


 こいつを倒すのが先か。

 ゼルゼノガと構えを取って再び向かい合う。

 そしてふと気がついた。ゼルゼノガの背後に舘山寺さんと木場さんがいた。

 木場さんは「優子ちゃん!」と叫びながら、蜘蛛女の消えた方向を向いているが、舘山寺さんは車のボンネットに身体を預けて、ライフルの射撃姿勢でスコープを見ていた。


「…………」


 じり、じり……じり……。


 俺が横へ動くと、ゼルゼノガは距離を置いたまま向かい合うようにじりじりと足をかすかに移動させる……。


 もう少し。もう少し。


 そしてゼルゼノガは完全に舘山寺さんの背後に立つ形になった。


 舘山寺さんがライフルの引き金を引く。


「なにっ!」


 ゼルゼノガが驚いて叫んだ。

 鋭敏になった嗅覚で、火薬の匂とゼルゼノガの血の臭いがわかる。


 舘山寺さんが狙って打ち抜いたのは、ゼルゼノガの左膝の裏だった。


 いまだ!


 ゼルゼノガが左ひざを落とした、大きな隙を全力で狙う。

 ほぼ一直線に飛ぶようにゼルゼノガに迫り、

「はぁ!」

 ゼルゼノガの胸に右腕を突き入れた。

「バースト!」


 体内に蓄積された炎を、ゼルゼノガへ突き入れた右腕から放射した。

 ゼルゼノガが体内から炎で焼かれ、口や鼻、眼から耳から炎が吹き出る。


「言え! ゆっこをどこへ連れて行った! 吐け!」


 体中が燃え盛るゼルゼノガに問いかけると、ゼルゼノガが笑った。


「これでも、少しは忠誠心があるほうでな……誰が教えるものか、せいぜい女王の供物にされて食われる所を悔いるがいい!」


「くそったれ!」

 ゼルゼノガが爆発四散した。

 やっともぎ取った初勝利。

 だが――

「ゆっこ……」

 蜘蛛女が飛んでいった方向。エルガイアの眼でどれだけ目を凝らしてみても、その姿を見つけることはできなかった。

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