戦火―Destruction―

「全班構え!」

 機動隊員隊長の子安静雄が大声をあげて指揮する。


「撃て!」


 機動隊員がシールドの隙間から霰のごとく銃弾をばら撒く。

 すべては一点に収束し、多くの弾丸が青みがかった黒い怪人へ集まった。


 だが、その鋼鉄のように硬い皮膚によって全ての銃弾がはじかれる。


 狙撃用ライフル豊和M1500を持った自分も発砲に参加していた。


「やっぱり銃器じゃ効きませんね」


 隣にいた木場が、こちらに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。


「そんな事は分かっている」


 だが、やらなければならない。自分たちが、我々がやつらを倒さねばならない。

 今は機動隊以外にも自分たち中央警察署捜査課第三班、それ以外にもできる限りの人員を動員して人の壁を作り、市街の広い十字路にいる青黒い怪人を、四方向から取り囲んでいた。


 定例会議でのこの怪人が犯人であり肉眼でも確認したという報告は、正直誰からも信憑性を得られなかった。なにかのコスプレだろう。とまで揶揄された。


 だがこの現実を見て、この未確認生命体を見て、信じられないものでも信じざるを得なくなっただろう……同じ課の、同じ班の仲間が厳しい顔つきで拳銃を向けている。


 辺りはどこもかしこも炎が散っていた。ひっくり返って炎上している車、建物。

 信じられないかもしれないが、一画にあるビルの、真ん中辺りに白い乗用車が突き刺さっており、今にも落ちそうになっていた。


「くそっ」


 毒づいてライフルのスコープをさまよわせる。


 どこか……どこかにこの銃弾が通る隙間は無いのか。怪人はただ立っているだけで、銃弾をはじく火花をひたすら受けている。高速で射出される鉛の弾丸を、読んで字のごとく物ともしていなかった。


 アスラーダの時は至近距離でやつの眼球を狙えたが、ライフルの扱いに慣れていない上に、距離が遠すぎる。ピンポイントで目だけを狙撃する事なんて、俺の腕ではできない。


「く……」


 気持ちのせいか、トリガーがとてつもなく重く感じる。焦燥感と、冷静になれという自分の葛藤が、引き金を迷わせる。


「やっぱり遠距離からの攻撃が効かない以上肉弾戦ですかね? 先輩の力がやっぱり必要でしょう」

「拓真君の力は絶対に借りない……ってうわああああ!」


 その場にいた全員がぎょっとした。

「えへへへへ」

 突然横に現れたのは倉橋優子君だった。全員のあまりの驚きに、彼女の周囲だけ円を描くように間ができる。


「君はどうやってここに!」

「いやあ、意外と簡単でしたよー。皆の目ががあの怪人に集中していたんで、気配を消してもぐりこみました」

「……うちの警備はざるか!」


「先輩も今こちらに向かっています。だから時間を稼いでください」

「拓真君がこっちに?」

「ええ、私を守りにやってきます」

 なんとなく、彼女の筋書きが読めた。


「……君は好いている人を、死ぬかもしれない戦いに巻き込んで平気なのか?」

「平気なわけありません」

「じゃあなんでこんな事をした?」

「信じているからです!」

 優子君は拳をぐっと握ってきっぱりと言った。

「何をだ?」

「先輩があの怪人を倒してくれると」

「昨日の戦いぶりを見ただろう? 彼は戦い方もろくに知らない、あのエルガイアという力もまともに扱えなかったんだぞ」

「ええ、ですけど」


 彼女は澄んだ瞳で、一転の曇りも無く、真正面から断言した。


「警察でも機動隊でも、先輩でもかなわない怪人が闊歩する世の中になったのなら、きっとどこにいても、同じなんだと思います」


「…………」


 誰にも止められない、人間を食料とする化け物がそこらじゅうに現れる世の中……。


 そんな世界で安全な場所がどこにあるのか。


 彼女の言動にあきれてしまったのか、胸の中でめまぐるしかった焦燥感が晴れた。

「拓真君は本当に来るんだね?」

「ええ、絶対にここに来ます」

「……そうか」

 俺たちは頼らなければならないのか。あの未熟な少年の、秘められた力に……。


「あっ! 舘山寺さん!」


 木場が叫んだ。怪人のほうへ向く。

 怪人が横転していたトラックを持ち上げていた。そして怪人はこちらから見て左のほうへ向く。


 まさか――


 無線から悲鳴のような叫びが聞こえた『全員退避!』と――

 だが命令が遅かった。怪人はその常人を凌駕した怪力を持って、トラックを機動隊員の群へ向けてぶん投げた。

 とてつもない破壊音を響かせて、向かって左側にいた機動隊員たちが蜘蛛の子のように散っていく。逃げられなかった半分ほどの隊員たちがトラックの下敷きになっている。


 遠目から見ても、トラックとアスファルトの間から流れる赤い血が見えた。


「く……」


 奥歯をかみ締める。

 たった一体の怪人相手にも、大勢で挑んでこの有様か。

「エルガイア……拓真君……」

 もう、彼に頼るしかないのか……。

 

 ――――――――――――――――

 

 すさまじい音がしたその角を曲がると、大勢の機動隊員の人たちがトラックの下敷きになっていた。隊列も混乱していて、道路の中央をそのトラックが陣取っているため指揮が取れない様子に見えた。


 乗っていた自転車を放り投げるようにして、生き残った機動隊員たちをかきわけるように走る。


 横転しているトラックをちらりと見ると、トラックとアスファルトの間から血溜まりが広がっていくところだった。


「くそっ!」

 見つけた。相手はアスラーダじゃない。青黒い、初めて見る怪人だった。

「てめえええええ!」


 怪人に向かって大声で叫んだ。

 俺の声に反応して、怪人がこちらに向いた。

 頭に針が刺さるような痛みが走る。青黒い怪人の思念か、テレパシーが頭の中で響く。


『やっと来たか、エルガイア。人間相手は少々退屈だったぞ』


「なんだと……」


 これだけの騒ぎを、大惨事を起こしておいて、退屈だっただと……。


『次はこの私、ゼルゼノガが相手をしよう』


 ゼルゼノガ、青黒い怪人が両腕を広げた。


『さあ、舞台は用意した。変身しろ! 今度は私と戦え!」

「まさか貴様、俺を呼ぶためだけに……俺と戦うためだけにこんな事をしたのか!」

『無論だ。エルガイアならば居所を探すよりも、人間を虐げていたほうが手っ取り早い』


「クソ野郎が!」


「せんぱああああああああい!」

 声のしたほうを向く、そこには優子と、舘山寺さん木場さんがいた。

「がんばってくださああああああい!」


 一応あいつは無事か。まさか本当に来ているとは……。

 まんまとのせられたたって所か。

 もう、覚悟を決めてゼルゼノガと向き合う。

 

 左腕は腰のあたりに構え、左腕で横一文字に空を切る。

 ――水平線から太陽は昇る。

 右腕を空に向けて掲げた。

 ――この腕は、太陽すらもつかむ腕だ!

 右腕を頭上で力を込めて握る。


「変身! エルガイアァ!」


 ごきり、ぐきり、ごきごきごき、ぐぐぐぐぐ……ぐきん!


 体中がうごめき、人間の身体からエルガイアへと変身を始める。

 体内を激しくうごめく苦しみ。だがこんなことで音を上げるわけには行かない。

 変身が完了し、白銀の戦士、エルガイアとなった。

 不意に、横にあった割れたガラスが反射して自分の姿を見せていた。

 こんな姿だったのか……。

 そんなことより――


「ふっ」


 ひと呼吸を吐いて、身体の重心を落として両腕を腰の位置においてに構える。


『話は聞いている。アスラーダは呆れて見逃したようだが、私は容赦はしない! 倒せる時に倒す!』


「それはこっちのセリフだ! 貴様を倒す!」


 青黒い怪人、ゼルゼノガがこちらに向かって疾走してくる。


 ――――――――――――――――


「やっぱり先輩は来てくれました!」

「ああ、そのようだな。だが不安要素は十分にある」

 無線でこの場にいる全員に伝える。


「あの白い怪人は我々の味方だ! 彼を全力で援護しろ!」


 この言葉だけでどれだけの仲間が信じてくれて実行してくれるかは分からないが、言っておかなければ拓真君も敵だと思われてしまう。


「あの白い怪人、エルガイアを援護しろ!」


 無線機を投げ捨て、パトカーのボンネットを盾にしてライフルを構える。

 どこだ……、どこかにあるはずだ。このライフルの銃弾が、ヤツに届く箇所が、どこかにあるはずだ!


 ――――――――――――――――


 ゼルゼノガが目の前までに接近してきたところで、正拳突きを放つ。

 だが、ゼルゼノガはその腕を受け止め、一本背負いのようにこちらを投げ飛ばした。


「つっ!」


 アスファルトの上に叩きつけられるが、すぐさま起き上がる。

 痛みでもがいている場合じゃない!

 ゼルゼノガの追撃、顔面に向かってきた踵落しをぎりぎりで避ける。


 四つんばいの姿勢から、蛙のようにバックステップで距離を開ける。だが、ゼルゼノガはさらに迫ってくる。


 ゼルゼノガの拳が右から、左から、真下からと襲い掛かる。


 避けるだけで精一杯だ。


 ゼルゼノガがハイキックを放ってくる。

 それを片腕で受け止めて踏ん張る。地面を擦らせながら何とか踏みとどまった。

 敵が速い!

 攻撃する隙間がまったく無い。

 やはり戦いの経験値の差か。

 だけど、負けるわけにはいかない!


 ……さあ、どうする。エルガイアの右腕。

 ピンチだぞ! 答えやがれ! 

 今すぐ俺を強くしろ!

 答えなければ俺と一緒にお前もお陀仏だぞ!

 ほら、どうした右腕! この場をどうにかしないと終わりなんだ!

 右腕に何度も怒鳴りつけるように、心の中で訴える。

 今すぐ! 今すぐにコイツ倒す力をよこせ!

 今でなきゃだめなんだ!

 

 眼前にまで迫ってくるゼルゼノガの拳。

 避けられない――受けるのを承知で目をつぶる。

 だが、拳は顔面に届いてこなかった。


「あ……」


 右腕が、エルガイアの右腕が勝手にゼルゼノガの拳をさばいていた。

 右腕から……いや頭の中で、何かが見える。


 ――――――――――――――――


「やはり彼では荷が重過ぎる……」

 苦戦するエルガイア、猛攻する青黒い怪人。

 戦いの差は歴然だった。


 ――脇!


 青黒い怪人が腕を振り上げて、空いた脇に向けてライフル弾を放つ。

 火花が散ってはじかれた。

「だめか!」


 人間ならば人体急所になる場所だ。やはり人間でない以上、急所や弱点となる箇所も違うのか……。

「くそう」

 ライフルに弾丸を込める。

 と――


「舘山寺さん木場さん! 見てください!」

「うん?」

「え?」


 見れば、エルガイアが身を低くしてコマのように回転し、青黒い怪人へ足払いをかけた。足元をすくわれた怪人が尻餅をつく。さらにエルガイアが怪人へ向かって馬乗りになるように拳を振り下ろす。


 ――なんだ?


 エルガイアが振り下ろした拳が、怪人の顔面にぶち当たった。

 さらにマウントポジションを取ったエルガイアが、怪人の顔面に拳を立て続けに突き入れる。


 怪人がエルガイアの両手を掴みにかかり手を伸ばすと、エルガイアはあっさりとマウントポジションを解いて後退する。

 怪人がすばやく起き上がり、即座にエルガイアへと肉薄する。

 だが、エルガイアは飛び上がるように膝を持ち上げて、怪人の顎を膝蹴りで吹き飛ばした。

 木場がポツリと呟いた。


「エルガイアが、拓真君が押してる……」


 その通りに、エルガイアの動きが少しづつ変わり始めている。

 鈍った動きだった身のこなしが、少しづつキレがではじめ、拳も素早くまっすぐに伸びる。

 特に足捌きが素早く滑らかになっていく。

 何が……何が彼に起こっているんだ?

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