強襲―Assault―

 午後も気持ちが良いくらい平和で穏やかで、散歩部で一眠りして帰ってきて、祖母は和食料理屋で働いている中、頼子姐さんと二人で夕食を過ごし、自室に引きこもった。


 祖母と姐に頼み込んで買ってもらったノートパソコンを開いて、好きな音楽を聴きながら、格闘技に関するホームページを開いていた。


 落ち着いた、穏やかな一日を過ごせたからだろうか……少しばかり心に余裕ができていた。


 エルガイアの力……やはり手にしただけに、興味がわくぐらいには心が回復している。拳の握り方、腕の振り方、足裁き、ボクシングや柔道、空手はもちろん。日本武術なんてものも検索してみた。


 でもこれは、あくまで『人間』相手の戦い方だ。


 たとえ習得したとしても、あの化け物どもに通用するかどうかは別なんだ。

 本物のエルガイアは、どれくらい強かったのだろうか?

 そんなことが脳裏によぎる。

 右腕を見る。エルガイアの右腕。ただし今は俺の腕に擬態している。

 思い通りに手が開いたり握ったりできる。これが自分の右腕でないことを忘れてしまいそうだ。


 あれだけ戦え戦えって、夢にまで出てきて戦うことを強制してきたのに、今の右腕はだんまりだった。


 なんなんだよ、本当に。


 ヴー ヴー ヴー


 携帯電話が鳴った。特に着メロなんかに興味も無く、もし授業中に音が鳴ったりなんてしたら先生に没収されるので、ずっとマナーモードでバイブレーション機能のままにしていた。


 二つ折りの携帯電話を開けて画面を見ると、優子からだった。


 ボタンを押して電話に出る。


「なんだよ?」

『先輩! いまニュース見てますか!』

 いきなりの大声で耳がキーンとした。

「見てねえよ」

『早く見てください!』

 すると、リビングにいるはずの頼子姐さんが大声で呼んできた。

「たっくん! ちょっとこっち来て! テレビテレビ!」

 何なんだよまったく……。

「ちょっと頼子姐さんが呼んでるから少し待ってろ」

『早くテレビを――』

 携帯電話を耳から話して、自室を出てリビングに向かう。

 そしてテレビを見た。


「な……」

 絶句するしかなかった。


 テレビ画面は緊急ニュース速報で、現地では大パニックを起こしていた。

『なお、市街で暴れまわっているのは奇怪な姿をした人間らしき人物だそうで――きゃあああッ!』

 テレビ画面のアナウンサーの背後から、自動車が飛んできた!

 がしゃんがしゃんとガラスの破片を撒き散らしながらバウンドして、火花を散らして滑り、そして炎上した。


『現地では大混乱を起こし、なおも犯人は大暴れし続けているようです! 機動隊が緊急出動し、これ以上近づくことができません!』


 これって、まさか……


 手に持っている携帯電話から、優子の『先輩! 先輩!』という声がかすかに聞こえてくる。


「うっ」


 なんだ、急に右腕が……まるでざわつくように奇妙な感覚がする。


 あそこに行けってか? 戦えって事か?


 再び携帯電話に耳を当てて、優子と頼子姐さんの二人に聞こえるように言う。

「でも警察の機動隊が出たんだろ。きっと大丈夫だって」


『本当にそれでいいんですか!』


 優子が携帯越しに叫んでくる。


『力があるのに、一人でも多くの人が救えるかもしれない力があるのに、それでも何もせずにいるんですか!』


 この言葉は頼子姐さんに聞かれるとまずい、後ろを向いて小声で返事をする。


「お前は俺に戦わせたいのか? 危険な目にあわせたいのか?」


『なら私も行きます!』


「は? 何行ってんだお前!」

 頼子姐さんが眉根を寄せてこちらを見てきた。まずい。

「お前が行ってどうするんだよ?」


『私があそこへ行くので、先輩が私を守ってください!』


「何を無茶苦茶な事を言ってるんだ!」


『無茶苦茶でもいいです、先輩に必要なのは、戦う技術じゃないんだと思います。必要なのは戦う心……理由なんだと思います』


「…………」


『昼間はあきらめたような事言ってましたけど。本当は悔しいんですよね? その力であの化け物たちを倒してやりたいんですよね? だったら私が理由を作ります。戦う力とか、技術とか……そんなことよりも大事なのは心です! 何かのために戦う心が無ければ、力も技術もあったって意味がありません。私があそこへ行く事で、それで先輩は戦えますよね? じゃあ私は今からあそこに行きます。先輩が来てくれるって、信じてますから!』


 ぶつりと携帯電話の通話が切れた。


「…………」

「どうしたのたっくん?」

「いや、えと……その」

「なに? 男の子ならはっきりしなさいよ!」

「あー……」


 ああ、もう……


「くっそ! ちょっと出てくる!」

 Tシャツとハーフパンツの部屋着から、ジーンズ生地のズボンに履き替えてワイシャツを着て、頼子姐さんの制止も振り切って外に出て、自転車を引っ張り出し、

 全力で自転車を漕いで走った。


 

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