敗北―Defeat―

 四つん這いになって悔しがるエルガイア、結崎拓真少年に歩み寄る。


「拓真君、君はよくやった。なにより、今回は死傷者が出なかった。君が戦ってくれなければ、俺達はどうなっていたか……それだけでも十分よくやってくれた」


 エルガイアの姿の拓真君が呟いた。


「緑島が……俺のダチが死んだ。食われた」

「…………」


 それについては、返す言葉も無い。


「舘山寺さん。俺を捜査本部の一員にさせてください」

「それはダメだ」


「何でですか? 俺、こんな力があるんですよ。あの化け物たち、怪人と戦える力があるんですよ。警察に必要になるんじゃないんですか?」


「それはダメだよ、拓真君……」

 拓真君の必死の言葉に、首を振って答えた。

「あんな怪人どもと戦えるのは、俺しかいないじゃないですか!」

「でも君は負けた」


 拓真君のために、きっぱりと言った。


「厳しいかもしれないが、君はいくら変身して常人を超える力を持っていたとしても、君はその力を使いこなせずに、たった今負けた。もしあのアスラーダという太古の戦士を倒せたのなら、考えたかもしれない……だけど、君は負けた。俺達に必要なのは即戦力……何ヶ月もかけて悠長に戦い方を教えるほどの時間は無い。その間にも、奴らはどんどん人間を食べて……被害者を出していく。すまないが、君では力不足だ」


「そんな……」


 愕然とする拓真君。敗北した後でのこの厳しい答えは、さすがに酷だろう。だが、

言ってやらなければならない。


「なにより、我々は法律と市民を守るのが仕事だ、その守る中には、君も優子君も含まれている。だから君を捜査本部の一員に入れることはできない」


 本当は協力者と言う形で捜査に参加できるが、それは伏せておく。


「帰ろうか。君のお祖母さんとお姐さんが待っている」


 二の腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。

 呆然とした拓真君は変身を解き、元の人間の姿になって、

 なすがまま大人しく車の中に入った。


 ――――――――――――――――


「おかえりー」

 出迎えたのは姐の頼子だけだった。

 祖母は和食料理屋で、大体夜の十時くらいまで働いている。

「病院での検査どうだったの?」

 ああそうか、俺は朝気を失って病院にいたんだっけ……。


 色々な事がありすぎて、もう朝の事なんか遠い時間の中に思えた。

「ただの貧血だって、点滴うってもらってそれで終わったよ」

「そっか、成長期だもんね。私もアンタぐらいの頃には何度か立ちくらみを起こしたわ」

「そう……」


 今日の晩御飯はすでに姐の手によって用意されていた。

 晩御飯はカレーだった。と言うより、外から十分匂ってきていたので、すぐに分かった。正直、今は食べたいと言う気持ちになれない。けど、


 ぐぎゅるるるるる


 身体は素直だった。重たいため息をついて、食卓につく。

 祖母は和食。姐は洋食が得意だった。

 素直にカレーにぱくつく。何故だろうか、これだけ腹が減っているのに、食欲があるのに、食べたいと言う気持ちがわいてこない。

 静かな二人だけの食卓に、姐が口を開いた。


「朝の刑事さんたち、あれなんだったの?」


 そういえば、言い訳を考えるのを忘れていた。


 本当の事を話すわけにもいかない……。


「えっと、その。あれ、最近の事件?」

「なんか人が大勢死んでいたり、行方不明者が出ている話?」

 いきなりぐさりと刺さるような核心を突いてきた。

「あ、うん……」

「何かあったの?」

「なんというか、事件に少しだけ関わっちゃったと言うか、その……」

「犯人を見たとか、犯行現場を見たとか?」

「まあ、そんなところ……」

「はっきりしないわねえ」

 少しだけ姐が苛立った。


「とにかく、それっぽい事にかかわっちゃって、事情聴取? させて欲しいって事で、病院で点滴をうった後に色々と話したんだ」


「それにしては長かったわね」

「気がついたらもう午後を過ぎてて、それから焼肉おごってもらって色々話して、それから学校に鞄と自転車を置き忘れていたから……」


 上手くはぐらかすって、難しい。不用意に余計な事を言われて突っ込まれたら終わりだ。動揺でカレーの味が分からない。


「本当に?」

 念押しで聞いてくる。

「ああ、それだけだよ」

 ダメだ、もうこの空気に耐えられない。スプーンを置いた。


「ごちそうさま」


「もういいの? 朝みたいにドカ食いするかと思ってご飯多めに炊いちゃったんだけど?」

「じゃあ、後でまた食べる」

「ちょ、ちょっと、まだ話は終わってないわよ!」


「一人にしてくれよ!」


 我慢できなくなって叫んでしまった。

 はっとなって気がついてももう遅い。


「……ごめん。今ちょっと……一人にして欲しいんだ」


 逃げるように、自室へ入る。

 部屋の中はやけに静まり返っているような、そんな感覚がした。

 ベッドの上に腰を下ろしてうずくまる。

 両手を組んで額に押し当てる。


「くそっ」


 力があるのに、あるはずなのに……まったくかなわなかった。

 なんでだよ。なんで俺なんだ。

 何で俺だったんだ。

 日本中、世界中にだって俺より強い人間はいくらでもいたはずだ。

 格闘技に秀でている人間がいくらでもいたはずだ。

 何で俺だったんだよ、エルガイアの右腕。

 何でなんだ……。

 答えろよ、何か答えてくれよ。

 エルガイアの右腕……答えてくれよ。


 ――――――――――――――――


「舘山寺さん、あれでよかったんですか?」

 結崎拓真君と倉橋優子君を自宅に送り届けて、本署に戻る途中で木場が聞いてきた。

「ああ、これでいいんだ」

「ですが彼の力は――」

「いいんだ。たとえ常識を超えた力を持っていても、彼の体とその精神、心は未熟な未成年の人間だ。俺たちが藁をもつかむように、彼の力を求めるわけにはいかない」

「警察の意地。ですか?」

「意地だろうとメンツだろうと、どう思われかってかまわない、彼は……彼も俺たちが守るべき一人の人間だ」

「…………」


 そうだ、彼まだ未成年の子供なのだ。彼とアスラーダという古代の戦士との戦いぶりを見て分かった。力があれば良いというわけにはいかないんだ。そう言う問題ではない。

 拓真少年は格闘技どころか武道すらも学んだことの無いただの少年だった。

 エルガイアに変身をして、常人をはるかに超えた力を持ってしても、彼はその力を操ることができなかった……それが現実だ。


 あのような状態で一人で戦わせるより、俺たちが一丸になって戦ったほうがはるかにましだ。彼も自分たちが守るべき一般市民の一人。


 そんな少年に、たった一人で戦わせるわけには行かない。


「ですけど舘山寺さん。これがもしヒーローモノの話だったら、自分たち警察は奴らに雑魚扱いされますね、ははは」

「ふざけるな。現実を見ろ」

「……はい」


 木場なりに場を和ませようと思ったのか……生憎、ヒーローなんてテレビの中の産物でしかない。あれは古代の未確認生物、UMAというヤツだ。できれば爪の先でも皮膚の一部でも手に入れば、研究に回し、弱点になるもの……毒素になるものでも発見して作り上げられれば、立場は逆転する。


 銃弾が効かない、拳銃で倒せないのならば、なんとか捕獲して研究対象にする。

 そして有効な手がかりを探す。それが順当な手順だ。


「エルガイア、か……」


 頭を軽く振った、突然現れ誕生し、あっという間に悪党を倒して去っていくヒーローなんてナンセンスだ。そんなものはいない。


「木場、そこを左に曲がったところに行き付けの洋菓子店がある。そこへ寄れ」

「わかりました」


 プリン、特にカスタードプリンに生クリームをのっけたやつ、チョコレートシュークリームエクレア、もちろんミルクティも。ケーキも3,4種類ほど買おう。

 今日の晩飯代わりに、とことん甘いもので胃袋をシメてやる。

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