敵―Enemy―

「彼らはおそらく、昨日の晩の公園にいる。木場、そこまで車を回せ」

「はい」


 学校が近くなってきたところで、車が方向転換して公園へ向かう。


「何故分かるんです?」 

「グラバノル……というのはおそらく、昨日の怪人の事なのだと思う……そして君がその怪人を倒した場所があのアスレチック広場だ」


「なんで緑島のやつが、その怪人の名前を?」


「……これは予測の範疇だから、はっきりした事は答えられない。杞憂であればいいが」


 車が公園内に入り、アスレチック広場までゆっくりと車を動かして向かった。

 炎上した木造のアスレチックと、昨日破壊された車がブルーシートで覆われている。


 そんな中で、公園の街灯の明かりで緑島と優子を見つけた。

 停車したので車から出て、二人の元へ歩く。


 よく考えれば、優子からの鬼メールを一日中ガン無視してたからな。

 きっと緑島を言いくるめて呼び出したのだろう。


「何なんだよ二人とも。俺、今日忙しかったんだけど」


 二人に近寄ろうとするなり、舘山寺さんが俺の前に出て、

 内ポケットから拳銃を抜いて緑島に向けた。


「舘山寺さん?」


 俺の問いかけも無視し、舘山寺さんが叫ぶ。


「倉橋優子君。その男から離れて! こっちに来るんだ!」


 何をしているんだ?

 その場の誰もが疑問符を浮かべ、空気が凍りついた。


 いや、緑島だけは冷静だった。


 緑島が優子の背中を押す。

「もうお前に用は無い。行け」

「え? あっはい……」


 舘山寺さんと緑島に言われた通りに、優子がこちらに小走りでやってきて、俺の後ろに隠れた。

 緑島が口を開く。


「何故分かった?」


 その問いに、舘山寺さんが拳銃の銃口を緑島から離さず言切った。


「分かるんだよ。子供と大人の境界線と言うものかな。その相手の雰囲気、出で立ち。立ち振る舞い。曖昧な理由だが、これだけは確実に言える。一瞬で分かった。君はどう見ても高校生には見えない。正確には学生と言う未熟な空気を持っていない。子供と一線を越えた、確固たる何かを持っている」


「そうか」


 緑島は一度だけため息をついた。


「グラバノルというのは、昨日の怪人……お前達の仲間の名前だな。そして拓真君の右腕を見て思った。本当は白いミイラの腕だが、今は普通の人間の腕の形をしている。……擬態能力。とでも言うのだろう。お前達はその能力を有しているのだろ?」


 緑島が鼻で笑った。


「なるほどな、貴様の慧眼は正しい。そして正しい選択をした。褒めてやろう、人間よ」


 ぐきり、ぼきぼきぼき。ぐきくぎくぎ――


 緑島の姿が変わる。全身黒の、昨日の怪人に良く似た、黒い化け物――怪人に。


「我が名はアスラーダ。アムタウ族の誇り高き戦士なり」


 うそだろ……緑島が。


「じゃあ、緑島は。本当の緑島はどうなったんだ」


 俺の問いかけに、アスラーダと名乗った怪人は簡潔に答えた。

「食った。もう何日も前にな」

「そんな……」


 じゃあ今までの……今まで俺は本当の緑島ではなくコイツと一緒に過ごしていたのか。そんな馬鹿な……。


「〈太陽を背にし大地を守る者〉エルガイア」


 アスラーダがこちらを見て言ってくる。


「我は貴様との決着を望む。早く変身しろ」

「え……」

「どうした? 早くしろ」


 変身? どうやって? 何をすればいいんだ?


 アスラーダが凄みのある空気を出して歩み寄ってくる。


「近づくな!」


 舘山寺さんが叫んだ。そして状況を察した木場さんも、拳銃を取り出してアスラーダに向けて構える。

 アスラーダは一瞬だけ歩を止めたが、まるで拳銃など気にするものでもないとばかりにこちらに近づいてきた。


 パンッ! ガキン!


 乾いた音が響いた。その後でアスラーダの顔面に火花が散り、そんな硬い音を立てて弾丸をはじいた。

 アスラーダの迫力に耐えられなかったのか、発砲したのは木場さんだった。

 だがアスラーダは木場さんにも目もくれず、俺の目の前までやってきた。


 上を向く。そこにアスラーダの顔があった。


「あ……ああ」


 とすん。


 気が付けば俺は、芝生の上に座っていた。

 両足から急に力が抜けて。再び力を入れるとがくがくと震えて立ち上がることができない。


「まさかエルガイアよ、私を見て腰が抜けたのか?」

「緑島……」

「われは緑島ではない。アスラーダだ」

「アス……ラーダ」


 だめだ。身体が震えている。どうすればいいのか分からない。

 どうしたらいいんだ?

 何だこの凄みのある気配は。この怪人が出すこの空気は……。

 怖い。

 心の中でそんな単語がはっきりと浮かんだ。


「何を怯えている? エルガイア。立て」


 こんなのと、戦えるわけがない。

 勝てるわけがない。

 そんな中。隙間を縫うように、強引に舘山寺さんが俺とアスラーダの間に入った。

 舘山寺さんがアスラーダの顔……目に拳銃を押し付けて発砲する。

 大してアスラーダは、身体を半身になって銃弾をかわし、軽く跳躍して後退した。


「さすがに眼球までは硬くないようだな」


「さすが人間。小ざかしい」


「木場! 拓真君と優子君を連れて車の中へ非難させろ!」

「はい!」

 木場さんが拳銃を片手に持ちつつ、俺を起き上がらせて、さらに優子に連れられてその場を逃げ出した。

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