食―Eating―
ジュー ジュー ジュー
焼けた肉を素早く口に運び、白飯をがつがつと口に放り込んでいる少年、結崎拓真。
お腹が空いたという事で、焼肉店に連れて来てあげたのだが。
テーブルの隅っこで、生の焼肉が盛り付けられていた空っぽの皿がいくつも重なっている。
「すいませんー。ご飯おかわりー」
ちょうど通りかかった店員を、拓真君は呼び止める。
「それから、このレバーと塩タンと、あとまたカルビの盛り付けをお願いします」
「…………拓真君、きみは普段からこんなに食べるのかね?」
その様子をじっと見ていると、拓真少年は気がついて言ってくる。
「なんだかよく分からないんですけど、朝からお腹がすげー減ってて。いくら食べても満腹にならないんですよ……」
「ふむ、右腕の影響か?」
「たぶんそうじゃないかと……?」
あれだけの凄まじい力を発揮した右腕だ。おそらくエネルギーを欲しているのだろう。単純な考えだが、この異常なほどの食欲に理由はそれしか考えられない。
隣に座っていた木場がこそこそと言ってくる。
「舘山寺さん。これ、経費で落ちますかね?」
「絶対落とす」
テーブルの端には、追加注文で大量に重なっている伝票があった。
「でも先輩もなかなか食べてますよね?」
何気に自分もこの焼肉店のデザートを6つも注文している。さすがにアイス三連続は舌が冷え切って味が分からなかった。
「絶対経費で落とす」
木場に有無を言わさず、きっぱりと言い放ってやった。
「……ふう」
拓真君がようやく箸を止めた。
「もう十分かね?」
「いやあ、まだ腹は五、六分目くらいです」
ウーロン茶に口をつけていた木場が咳き込んだ。
「こんなに食べてまだ半分なの!」
「えっと何か、焼肉見たときは腹が減りすぎて夢中になっちゃったんですけど、食べてるうちにだんだん落ち着いてきて、こんなに食べて大丈夫かなぁ……と」
それを聞いてこほんと咳払いをする。
「まあ、好きなだけ食べるといい。必ず経費で落とすから」
「あ、じゃあもっといただきます」
「…………」
「ばぁば……祖母からの教えで、人の善意は素直に受け取りなさい、そして自分のできるだけの感謝の気持ちで必ず返す事。って言われてます」
「なるほど、な……」
店員を呼んで早速追加注文をする拓真君。
絶対に経費で落としてみせる。
心の中で完全にそう決意した。
――――――――――――――――
「さて」
存分に焼肉を堪能させてもらった後で、舘山寺さんが口火を切った。
「君のその右腕と君自身についてだが」
やはりといってか、やっぱりあの変な化け物を倒したんだ。
拳銃すら効かない相手を倒せるのはこの右腕とこの俺だけ――
「君は戦わなくていい」
「え?」
思っていた事と真逆の言葉に、驚いた。
「確かに、君は昨日の晩にあの正体不明の怪人を倒した。だが君は未成年であり警察の人間ですらない。あの時死んだ西嶋、僕の友人だったわけなのだが、彼は『あいつら』と言っていた。つまりはまだ他にもあのような怪人がいると言うことだ……」
「だったらなおさら――」
舘山寺さんは「ダメだ」と言って首を振った。
「あの怪人、このたびの事件は、僕たちが立てている対策本部の仕事だ。知っているだろうけど、ここ最近頭や身体の一部を失った惨殺死体や行方不明者が多数出ていることは知っているよね? この領分は僕たちの仕事の範囲だ」
「じゃあ、どうやって他のやつらを倒すんですか?」
「警察にはある程度の武装と機動隊がいる。そして犯人の正体という新事実も明らかになった。対策についてはこれからだが、未成年の君を巻き込むわけにはいかない」
「…………」
「できれば、これは任意の範疇になるが。君の右腕とその後の君の身体の状態をもっと精密に検査をさせていただきたい。そうすればあの怪人達と有効に戦える手段が見つかるかもしれない、僕はそういう意味で君に協力をお願いしたい」
考えてみればそうだよな……そうなるよな。
アニメや特撮のヒーローと言うわけじゃない。現実だ。
俺は警察組織の人間でもなければ、捜査や鑑識などのノウハウや技術も無い。ただの未成年の、昨日までは普通の高校生だった身の上だ。
おそらく、不可思議な力を得たとしても、未成年の子供一人に戦わせてしまうなどと言う……警察としてのメンツやプライドもあるだろう。
「……そうですか」
数秒の沈黙の後、ようやく出た言葉がこれだった。
「じゃあ今後、時間のあるときに君の身体を、あの医大病院でまた調べさせてもらいたいう。何かあの怪人の事や、もしかしたら良い対抗手段が見つかるかもしれない……いいかな?」
「わかりました」
「助かる」
緊張の糸が切れたのか、舘山寺さんが大きくため息をついて安堵した。
「間違ってもあの怪人達と一人で戦わないように。もし出くわしても逃げて僕達に連絡を入れて欲しい」
「はい」
そうして、携帯電話の番号を交換して、焼肉店から出た。
外はもう夕方で、日が沈みかけていた。
ヴー! ヴー! ヴー!
ジャージのポケットに入れておいた携帯電話が鳴った。
なんだ? また優子からか?
二つ折りの携帯電話をポケットから出して、開く。
着信は緑島からだった。
なんだろう?
メールを開いてみる。
倉橋優子は預かった。
返して欲しくばグラバノルを倒したあの広場へ来い。
なんだこれ? グラバノル?
「どうかしたのかい?」
駐車場で車の助手席を開けていた舘山寺さんが聞いてくる。
「いえ、たぶんダチのいたずらでしょう。ゆっこ、昨日一緒にいた女子なんですけど、緑島って言う俺の友達が、ゆっこを返して欲しかったら、グラバノル? ってやつを倒した場所に来いって」
「うん?」
舘山寺さんがあごに手を当てて考え込んだ。
「えっと、木場さん。ちょうど良いんで家じゃなくて学校に向かってください。鞄と自転車を置きっぱなしにしちゃってるんで、取りに行かないと」
「分かったよ。じゃあ乗ってね」
「はい」
「待ちたまえ」
舘山寺さんが額にしわを寄せてこちらを見た。
正確には、俺の右腕を見ている。
「私達もその呼び出しに、同行しよう」
「え? ダチのいたずらですよきっと」
「そうであればいいがな、念のためだ」
念のため?
「行こうか」
舘山寺さんが助手席に座り、車のドアを閉じた。
なんなんだ?
俺も後部座席に座り、木場さんが車を発進させた。
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