覚醒―Arousal―

 右腕を失った男子学生。少年。

 そしてミイラ化した白い右腕。

 両の瞳を金に光らせた少年が、失った右腕の代わりにミイラの右腕をくっつけた。


 ドクンッ!


 少年の身体が跳ねた。


 ドクンッ! ドクンッ! ドクン――


 体膨れ上がるほどの大きな心臓の鼓動。


 ミチ、ミチミチミチミチ……。


 異音を立てて、ミイラ化した白い右腕が潤みを帯びていく。

 もうミイラ状の右腕ではない。

 少年と一体化した白い腕が、指先が、そして互いに千切れていたはずの肘の部分が動き始める。


 両目が金色に光る少年が、まるで異常が無いかどうか確かめるように、指先手首肘、肩を動かす。


「……エルガイア」


 黒紫の怪人が呟いた。

 怪人の声、怯えている?


「エルガイアァァァ!」

 黒紫の怪人が叫び、少年へ飛び掛った。


 大口を開けて上方から飛び掛る怪人。しかし、もうその場に少年はいなかった。

 着地した怪人が背後を振り向く。


 そこに少年がいた。

 何だ、今の少年の動きは……。


 動きは見えていた。だがすさまじく速く、かつ滑らかな動きで、一瞬こちらの目がどうかしてしまったのかと思えたほどに、洗練された足捌きによる回避だった。


「グルルルルル……」


 怪人が威嚇のようにのどを鳴らす。少年を明らかに警戒していた。

 対する少年は、両腕を下げたまま構えもせずに無防備で立ったままだ。

 両者の間にいったい何が起こっているのだろうか?

 空気が緊張に満たされ、自分も含めて誰もその場から動こうとはしなかった……。

 だが緊張の糸が切れ、先に走り出したのは怪人のほうだった。

 拳を振り上げ、少年に襲い掛かる。


 また少年の姿が消える……いや、地面すれすれに這い蹲るほどに身を伏せて、脚を突き出すように伸ばした。


 怪人がその蹴りに引っかかり、尋常を超えた走りで接近してきた怪人が激しく転倒する。そして少年はすぐさま起き上がり、身軽なステップを踏んで後退。また怪人と距離を開けた。怪人が唸りをあげて立ち上がる。


 今度は怪人がすぐさま動き出し、俺たちの乗ってきた車のほうへ走る。

 怪人が車を持ち上げ、まるでハンマーでも扱うように、車で少年を殴りつけに行く。

 だがそれも避けられる。二度三度、四度五度、車体がぐしゃぐしゃになるほど少年へ叩きつけに行く、だが少年の素早く洗練された動きに、ぶん回している車は一度も当たらなかった。


 少年からは一度も攻撃は仕掛けていない、そのじれったさに我慢ができなくなったのか、車体がボコボコになって原型を度とめていない車を、ついには少年に向かって投げつけた。それすらも少年はあっさりと避けてみせる。


 少年に背後にあった大型の木造アスレチックに投げた車が突っ込み、激しい音を立てて爆発し、炎上した。

 木造のアスレチックにも火の手が回りパチパチと音を立てて炎が広がっていく。


「ガアアアアアアア!」


 怪人が吼える。

 そこで初めて、少年は金に光る両目を怪人から離した。


 向いた先は、炎上している木造のアスレチック。


「…………」


 静かに、少年はミイラだった白い右腕を真上に掲げる。

 すると、アスレチックと車に広がっていた炎の揺らぎに変化が起こった。

 炎がいくつもの帯状の形になり、白い右腕に集まっていく。

 炎を吸収している……明らかに、そう見えた。

 車と木造アスレチックに広がっていた炎が右腕に吸い取られて消え去る。

 あたりはもうどっぷりと闇夜に浸かり、輝いているのは公園に備えられた街灯と、少年の両目と……プロテクターの部分が赤々と輝くようになった白い右腕。

 吸収した炎が、白い右腕のプロテクター部分に収まり、赤々とした色を輝かせていた。


 そして少年が怪人へ向かって動く。


 怪人は拳を放ち、蹴りで空を裂き、少年を襲う。

 だが少年はその全てを回避し、怪人と肉薄した状態でその身軽な動きを存分に働かせた。


 一撃で車のフロントガラスを叩き割ったり、車を持ち上げて叩き壊すほどの怪力を持った怪人だ、もしこの少年が体のどこかしらに攻撃が当たれば、致命傷は確実だろう……だが少年は、その怪人の攻撃を全て至近距離で避けきった。


 そして怪人の動きの隙間、その一瞬を逃さなかった。


 全力だったのだろう、大きく伸ばした怪人の腕、それを引っ込めたその一瞬の隙に、少年は白い右腕を怪人の胸に手刀で突き入れた。


 銃弾もはじく怪人の肉体に、軽々と突き刺さる少年の右腕。


「はっ!」


 少年が一言だけ叫んだ。


 ゴウッ!


 白い右腕の、プロテクター部分から蓄積された炎が一気に放射される。

 怪人に突き刺さっていた右腕から炎が放たれ、怪人は体の中から一瞬で炎が吹き出て包まれる。


 怪人の目、鼻、耳、口から激しい炎が吹き上がる。


「エル……ガイ……ア……」


 怪人が炎を撒き散らして爆発四散した。

 何なんだ、この少年は。

 怪人の破片が炎でくすぶってあちらこちらに散らばっている。

 その中で、両目を金に光らせた少年がこちらに向いた。


「人類よ」


 その声は落ち着き、静かで良く通る……そして確固たる意思を持った声だった。


「人よ、今再び人類の天敵が復活した、備えよ……人類は決して屈してはならぬ。天敵との戦いに備えよ」


 少年はもう一度だけ、強く言った。


「戦いに備えよ!」

 

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