接触―Right arm―

 日も落ちたところでもう園内にはまったく人気がなかったのが助かった。

 幸運だったかもしれない。


 パトランプを乗っけた乗用車から降りて、さらに拳銃を突きつけ、謎の黒紫色の人物へ告げる。


「動くな! 下手な真似をすると撃つぞ! 警察だ!」


 背後から木場と西嶋が車から出てくる気配を感じつつ、起き上がる謎の人物ににじり寄る。


「舘山寺さん気をつけて!」


 分かっている。素手で車のフロントガラスを叩き割るほどの力を持った、謎の人物……謎の生物かもしれない者……拳銃の撃鉄部分をゆっくりと持ち上げて、慎重に近づく。


「グルルルルルル……」


 ふと、疑問が浮かんだ。

 コイツ、俺たちの言葉が分かるのだろうか?


 そう思わせるほど、この黒紫色の謎の人物は今まで感じたことのない気配をかもし出しだしていた。


「動くな!」


 ほんの少しだけ体を動かした謎の人物へ向かって叫ぶ。謎の人物はびくりとして体を硬直させるように動きを止めた。

 一応言葉は、こっちの言った意味は通じるらしい。


「あ! 舘山寺さん!」

 背後で木場が叫んだ。

「やつの後ろ!」

 木場が示した場所に、ブレザーの制服を着た男女の姿があった。

 地元の学生らしい。

 まずい。

 二人の学生に声をかける。


 ――――――――――――――――

  

「そこの二人! その男から早く離れるんだ!」

 アスレチックから出たとたん、拳銃を構えている警察の男性に大声で呼びかけられた。


「え?」


 すぐ横から気配を感じて見てみると、全身真っ黒の奇妙な男がすぐそばにいた。

「早く離れるんだ!」

「グシュシュシュシュ……」

 鳴き声かうめき声か、よく分からない声をもらしてこちらを見る謎の人物。


 ジジジ……ジジジジ……


 こんなときに耳鳴りが。

 だがそんな事を気にしている暇はない。

 謎の黒い人物が近づいてくる。


「来るな! こっちに来るな!」


 右腕を突き出し、背後にいる優子を左腕でかばいながら叫ぶ。

 すると、黒い人物がなんとなく、にやりと笑ったような気がした。ほとんど表情の変化はなかったが、どこかひょうひょうと軽く調子付いた気配がした。


 そして、目を疑う光景を目の当たりにした。


 何かギミックが展開するかのように、その黒い人物が大きく口を開いた。

 まるで映画のエイリアンを彷彿とさせる生々しい口の開きかた。そして今まで感じたことのない物凄い威圧感。


 そして―


 ガシュッ!


 黒い人物が、その大きく開いた口で俺の右腕に噛み付いた。


 ブチィ!


「うわああああああああああああ!」


 驚きを上回る、激しい痛みが襲った。

 右腕が無くなっている。謎の黒い人物に右腕を食われた。

「先輩!」

「腕が! 腕がああああああ!」


 頭の中が真っ白になる。激痛で何も考えられない。

 耳障りなジジジ……という音も吹き飛ばすさまじい痛み。吹き出る自分の血。

 べきごきごきべきぐちゃぐちゃぐちゃ――

 食べてる……俺の腕を。この黒い謎の生物は俺の腕に噛み付いて、骨ごと咀嚼して食べている。


 ジジジ……ジジジジ……


 リーン……リーン……リーン……


 そんな自分の凄惨な状態の中。

 耳障りだった音の中から、何故か澄み渡る鈴のような音が響いてきた。

 

  ――――――――――――――――


 今、男子学生の腕に噛み付いて食べた。


 まさか――


 頭部を失った多数の被害者の遺体……人間を食らう化け物。

 これが一連の事件の犯人か。


「くそッ!」

 判断を見誤ったか、男子学生が腕を失うという甚大な被害を出してしまった。

 起こしていた拳銃の撃鉄。

 黒紫の人物……怪人めがけて発砲する。


 カキンッ!


 乾いた音が鳴り、銃弾が放たれた。

 甲高い音を立てて怪人の頭に命中したが、それだけだった。

 銃弾を弾いた――

 あの黒紫の表皮……プロテクターのような体は、拳銃の銃弾を軽々と弾き、微塵のダメージすらも与えられなかった。


 続けて二発打ち込む。


 だが、少しだけ甲高い着弾音を響かせて、怪人の体は銃弾を軽々と弾いた。

 やはりまったく効かない。

 黒い怪人がこちらへ向いた――だが視線の先は自分の背後。

 西嶋を見ていた。


「だめだ……もうだめだ……誰か助けてくれえ!」


 振り向くと西嶋が逃げ出していた。

「西嶋! 俺たちから離れるな!」

 だが西嶋への制止も声も届かず、西嶋が背中を向けて走り出した。

 その瞬間。

 すぐ脇を突風が走り抜けた。


「なっ!」


 一瞬視線をさまよわせる。

 ほんの一瞬、刹那の時間の隙間に、黒い怪人が跳躍して自分のすぐ横を通り過ぎて西嶋へ向かって言った。


「西嶋!」

 俺の声で振り向いた西嶋が、急速に肉薄してくる黒い怪人を見て恐怖の顔をした。

「うわああああああああ!」

 大きく開いた怪人の口。

 その口で西嶋の頭がすっぽりと包み込まれる。


 ブチィ!


 西嶋の頭を丸々口の中に入れ、引き千切るように怪人は西島の頭を食らった。

 やはりこの一連の事件の犯人はこの人間を食べる怪人の仕業だったのか。


 ばりごきべきぼりがりがりくちゃくくちゃ――ごくん。


 スイカほどの大きさのある人間の頭を、軽々と咀嚼して食べきった。

 事切れた西島の体が芝生の上にどさりと落ちる。

 そして怪人は西嶋の持っていた、布に包まれた長い物を手に取り、その布を開いた。


「ウオオオオオオオオオオッ!」


 まるで勝ち誇った雄たけびのように、黒い怪人は布に包まれていたものを掲げて叫んだ。

 その黒い怪人が掲げたものは、

 昼間に西嶋宅でばら撒かれていた紙の中にあった、

 白い右腕のミイラだった――

 コイツの狙いは、あのミイラ化した右腕だったのか……。


「ウオオオオオオオオオオッ!」


 盛大な功績を挙げたかのように、高らかに叫ぶ黒い怪人。

 だが、掲げていた右腕は奪われた。


 高く持ち上げたミイラの右腕よりも高く飛び上がり、それを奪った者が、公園の芝生の上に着地する。


 それは、先ほど右腕を食いちぎられた男子学生だった。


 着地姿勢のまま、男子学生が顔を上げた。

 その彼の両の瞳は、

 ――金色に輝いていた。

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