日常―Days3―
緑島は空手部。
そして俺は『散歩部』だ。
読んで字のごとく、本当に散歩をするだけの部活動。学校の近くに大きなアスレチック広場や、小さな大会などが休日に開かれるスタジアムまである複合公共施設があり、俺達はそこで談笑したり軽く遊んだりして時間をつぶす。いたって健やかな部だ。
この学校では必ずどこかの部活動に参加していなければならない決まりがあり、そこで我が校の伝統ある部活動、『散歩部』がある。
意外と人数が多い部だ。
帰宅部と言われる連中がこぞってこの散歩部に入っているわけで。俺もその一人でもあるわけだ。
そして学校内で吹奏楽部の優子の影に気をつけずにすむ、最も有意義な時間でもあった。
必ずどこかの部に入り、部活動をやらないとならないこの学校で、散歩部なんて作ったやつはなんて天才なのだろう。感謝の握手をしたいぐらいだ。
「よっと」
俺は大型アスレチックの一室に入る。
この大型アスレチックには木造の小部屋がいくつもあり、その小部屋をつなげる部分が、さまざまな遊具で繋がっている。
「さてと」
上着のブレザーを脱ぎ、ネクタイを緩めて小部屋の隅っこに座る。
ブレザーを腹にかけ、半分寝転んだ姿勢で読みかけの小説を広げた。本のタイトルはドグラ・マグラ。読んだ人は気が狂ってしまうとか言われるいわく付きの小説らしく、興味を持って手にとって見たのだが、今のところ気の狂った事は無い。所詮フィクションだ、他人事以下の気分で字面を眺めている。
暖かい日差しから陰の入る小部屋に移ったので少々肌寒い感じはするが、居心地は悪くない。
―――――――――――――――
「ぐはっ!」
空手部部長の木下が、緑島の拳を顔面に食らい、もんどりうって倒れる。
「……雑魚が」
緑島がぼそりと吐き捨てたように言う。
手傷を負わされているのは部長だけではない。畳張りの一室にいる空手部員の部員全員が緑島にやられ、彼を遠巻きに眺めるしかなかった。
「緑島君!」
空手部の部員の一人が緑島の前に立つ。
「やめろ佐藤!」
副部長の宮崎が佐藤という二年生部員を止めようとする。
「なんでや? なんでや緑島君……いきなりこんな事」
「次の相手はお前か?」
緑島が佐藤を睨む。
「ちがうやろ! うちらが空手を始めた理由は、自分を磨くためやろ? こんな暴力始めるために一緒にやってきたわけないやろ? もうやめてくれな、なっ」
「戦う気がないなら」
すっとかすかな足音も立てず。緑島は佐藤へ肉薄する。
「俺の前に立つな!」
緑島が怒声とともに片足を振り上げ、上段蹴りで佐藤を吹き飛ばす。
「佐藤!」
副部長の宮崎が佐藤へ駆け寄る。
佐藤は首がくの字方向に曲がって気絶していた。
「救急車! 救急車を呼べ!」
隅でびくびくと怯えていたマネージャーの女子二人が、はっとなって携帯電話を出して119番をプッシュする。
「……ふん」
緑島は鼻を鳴らしてブレザーの襟を正し、道場を去った。
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