日常―Days2―

 昼休み。

 開放されている屋上で祖母が作ってくれた弁当に箸をのばす。

 俺達は隅っこのフェンスに寄りかかって昼食を取っていた。

 隣にいる緑島は、何故か牛乳の紙パックだけだった。

 今日はずっと無表情のままぼーっとしてたり、なんだか妙な雰囲気をかもし出していた。具合でも悪いのか? それとも何かに悩んでいるのだろうか?


「緑島、お前メシは?」

「いや、これだけでいい」

 簡素な返事。


「今日お前おかしくないか?」

「そうか?」

「そうだよ」


 屋上には、開放されているだけあって人がごった返していた。それを緑島は無表情でぼーっと眺めている。時折紙パックの牛乳のストローを咥えるだけ。

 緑島が見ている先には、和気藹々とばかりに弁当を広げている女子、もう食べ終わった弁当箱をよそにカードゲームをやっている男子。普通にだべっている一年生の集まりもあった。

 それを緑島はどこか遠くを見るような目で眺めていた。

 俺はポツリと声をもらす。


「平和だな」

「……そうだな」


 なんだか、俺たちだけこの喧騒の中を外から眺めているような錯覚を感じた。

 何ともなしに、緑島に言ってみる。


「緑島、お前進路どうする?」

「進路?」

「ああ、この学校を卒業したらどうするか……お前将来の事とか考えてるか?」

「将来、これからどうやって生きていくかか……?」

「そうなるな。俺の場合、死んだ親父の保険とか貯金とかが残ってるから、大学行ってもいいって言われてるけど……特に俺、何かが得意なわけでもないし、何かになりたいわけでもないし……」

「…………」


「かといって、大学行かなければ、親父が死んだときのお金が残るわけだろ? それをまるまる貯蓄して働けば、結構生活が潤って楽になるんだよなあ……」

「そうか……」

「だけどさ、なんていうか……学校にもう行かなくなって、働くってさ、なんつーかこう……実感わかねえんだよな」

「何故だ? この年頃なら働いてても何も不思議ではないだろう?」

「わかんねえ。社会に出るってさ、どんな感覚なのかさっぱり想像できねえんだよな」

「……そうか」


「お前は進路どーするんだ?」

「俺は……」

 緑島は一度紙パックの牛乳を一口飲んでから口を開いた。

「戦いたい、な……」

「戦う? 何と?」

 緑島は空手部でもある。空手の道場でも開くのか? と思ったが、緑島は漠然とした答えしか返ってこなかった。

「色々なものと、戦いたいのだろうな」

 緑島が自分の手を見て拳を握ったり開いたりする。

「プロの挌闘家とか? 食っていけるの?」

「少し違うかな」

「じゃあ、社会的にジャーナリスト。芸能人とか事件を日々追い続けてペンで戦うとか?」


「ぜんぜん違う」

「じゃあ何だよ?」

「だから、色々なものと戦いたい」

「わかんねーよ」

「わからないなら、仕方が無い……」


 ひょっとして朝からずっと無表情で何か考え込んでいるような顔をしているのは進路についてだったのか?

「まー、お前将来どうする?って聞かれても、ただの凡人には答えづらいものだよな」

「凡人……にはそうだろうな」


「でも先輩は私と一緒になって幸せになるんですから大丈夫ですよ」


「誰がお前と一緒になると言った……うおおおおわあっ!」


 びっくりした。気がつけば真横に倉橋優子がいた。

 にっこり顔で俺のすぐ隣に座っている。

「いつに間に! ってかどこから現れた! いつからいた!」

「いやあ、なんかお二人とも進路についてまじめに語ってらっしゃったので、気配を消してこっそり横に座っておりました」

「気配を消すな。怖えぇだろうが!」

「そんなことよりも先輩」


 優子がずいっと小ぢんまりした弁当箱を差し出してくる……いや、押し付けてくる。

「今日こそ私の愛情のたっぷりこもったお弁当を食べてください!」

「断る」


 弁当箱を間に挟んで優子と押し合う。

「た、べ、て、く、だ、さ、い~」

「こ、と、わ、る、う~」


 ああそうだ。

「そうだ緑島! お前それしか飲んでないだろ! お前が食べろよ! なっ!」

「先輩が食べてくれなきゃ意味が無いです~」

「その通りだ、お前への捧げ物はお前がお受け取るべきだ」

「しれっとした顔で言ってんじゃねえ、って、ゆっこいい加減にしろ~」

「私の愛が届きますように~!」

「断る」

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