捜査―Incident―


 『連続猟奇殺人事件および失踪行方不明者事件対策本部』


 俺こと舘山寺晃一。今年で二十五歳になる。階級は警部補。

 朝の定例会議が終わり、コーヒーカップをデスクに置いて自分も椅子に座り一息つく。

 デスクには捜査資料の他に、愛用しているミルクと角砂糖の瓶が置いてあった。

 まずミルクを二杯入れ、砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ……

 角砂糖十個を一杯だけのコーヒーに全部入れる。


「舘山寺さん、本当に甘党ですね」


 甘党なのは認める。そしてコーヒー牛乳やミルクティーの方が好きだ。だが、あいにくここには置かれていない。あるのはコーヒーか紅茶のどちらかだ。そして男はコーヒーの一択。女性は紅茶とコーヒーが半々……とにかくこの部署内では男はコーヒーという暗黙の了解がある。だから個人で粉ミルクと大量の角砂糖をデスクに置いておく必要があった。特にブラックのままだとすぐに胃を痛めてしまう。ミルクは必須。そして角砂糖も必須。飲むときは両方とも欠かす事ができない。外でも自宅でも、飲むときはいつも甘いものを選ぶ。


 木場明宏警部補……コンビを組んでもうすぐ一年ほどになる部下を無視し、十分以上に甘くなったコーヒーをすすりつつ、定例会議で配布された資料をめくる。

 捜査の方はもう一週間を過ぎる頃だというのに、何の情報も得られないままだった。


 資料のほうも、毎日同じ内容を少し変えただけのような中身で、もう十分に頭の中に入っている。


 連続猟奇殺人と失踪行方不明者の事件。

 本来ならば二つの事件として別々に対策本部が立てられるはずだが、失踪した人間が猟奇殺人事件と同じ形で遺体が見つかったのだから、この二つの事件はつながっているととらえられた。


 今のところ、死亡者十六名。失踪および行方不明者三十一名。その三十一名の内六人が猟奇殺人と同じ形で、遺体となって発見されている。

 殺害された被害者の年齢幅は下は二十歳前後の男女、上は四十歳前後。被害者同士達に何らかの知り合い同士友人関係であるとか、遠縁の親族などというような関係性は皆無。一貫する共通点は成熟した大人という以外何も無い。ほぼ無差別と言ってもいい。よって猟奇殺人と認定された。

 さらに遺体は異常な姿で発見されている。


 まず、頭部が無い。


 発見された被害者は全て頭部が無かった。そして手足も無い遺体姿もあった。

 検視結果は……ほとんど意味を成さない。一応検視結果の報告では、被害者の衣服に何かしら生物の唾液らしき粘液が付着していたという事だけ。

 そう……遺体の姿はまるで大型の猛獣にでも食われたかのように、頭が噛み千切られ亡くなっていたのだった。

 一応付近の動物園から猛獣が逃げたのか、別の捜査官が調べに入ったがその形跡はなかった。

 そして猛獣を発見したという市民からの通報も無い。


 捜査は対策本部が設立されてすぐにお手上げの状態だった。

 そうそう、犯人の活動時間帯は夜であるという事もあった。

 ただ、そこから先が見つからない。

 五十人以上の捜査員を動員しても何の進展も見つからないのだ。

 これをお手上げと言わずしてどう言えようか?


「はぁ……」

 ため息が出る。


 高校を出てから巡査となり、その頃の巡査長から若いうちは色々経験しておくものだと、昇進試験を促されて、あっさりと合格。とんとん拍子で一気に警部補まで上がった。


 だが、若いうちから出世するものじゃないな……。つくづく思う。


 木場警部補は大学からここへ渡ってきた、いわゆる『キャリア組』というやつだ。

 俺たちは影で『新米コンビ』など『ルーキーコンビ』などと揶揄され、あだ名のように上司にも同じ階級の警部からも未だに言われている。


 木場警部補……彼にはまず自分の事を『先輩』と呼ばせることをやめさせた。階級は同じでも、確かに自分のほうが一日の長がある、だがお前はこの先十年二十年と俺の事を先輩と言い続けるつもりか? と学生気分がまだ抜けていない配属されてきたばかりの木場をそう叱咤した。同じ階級でもキャリア組はこんなものである。もう一年近く現場の立ち回りや普段の書類作成まで教え込んだのだが、未だに若さのせいか、いまいち刑事という品格が伴わない彼だった。


 もう目を通さなくてもいい資料をなんとなくめくって、甘いコーヒーを一口飲んだ。

 やはり、甘いものは良い。頭がよく回ってくれる。

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