第一章 覚醒
呼び声―The Call―
ジジジ……ヂヂヂ……
耳鳴りがする。
そして誰かが戦っている。
強い光の逆光でちらちらとしか見えないが、誰かが大勢の何かと戦っている。
蹴りを入れて一人を吹き飛ばし、後ろから襲ってきた奴を裏拳でさばいて振り向きざまに拳を殴りつける。
片腕で一体の首を絞めつつ、飛び掛ってきた一体をハイキックでまた吹き飛ばす。
たった一人の何かが、大勢の何かと戦っている。
そしてすごく強い。たった一人で大勢の何かと互角以上に戦っていた。
ヂヂヂ……ジジジ……
耳鳴りがする。機械的なノイズではなく、また虫の羽音のようでもない。
今までに聞いた事のないノイズのような音。
そしてそのたった一人で戦っている戦士……がこちらを向いた。
だが逆光で陰に隠れて姿が見えない。
そしてその戦士は大きく腕を振りかぶり――
「ん……」
目を開ければ、木目の天井と電灯がぼんやり見える。
結崎家の天井。
なんだ?
あたまがぼうっとする。夢の中で聞こえていたノイズ音も聞こえてこなくなった。
何だったんだ?
とりあえず起き上がって軽く背伸びをしてベッドから降りた。Tシャツとハーフパンツそのままでふすまを開ける。味噌汁のにおいがした。
「おはよー」
「おはよう拓真」
祖母の春子がキッチンで朝食を作っていた。
「ねむ……」
「早く顔洗ってきなさい」
「あーい」
「返事ははーいでしょ」
「はーい」
もう七十三歳になるも関わらず、しゃきっとした出で立ちの祖母が言ってくる。
ただ小さくぼやいただけなのにしっかりこ聞こえている耳。
祖母は一度だけ癌になって、俺が中学生の頃に入院と投薬治療で乗り越えた。あれから三年も経つ祖母は癌の再発も無く活発な健康体だった。
ちなみにここから歩いて十五分ほどの場所にある、小さい和食料理屋で今でも働いている。働く事と食べる事が生きがいの祖母だった。
祖母が癌になったあの頃は、本当に心配して毎日学校が終わると病院へ様子を見に伺っていた。しかし、祖母に「そんな毎日来なくてもいのよ」とちょっと自分の心配性に気味悪がられた事もあった。
父と母はいない。母は俺がヨチヨチ歩きの頃、父と離婚し東北へ帰ってしまった。そして父は工場働きだったが、夜勤に向かう途中に事故で亡くなった。二年前ほどになる。
俺が高校に入学してしばらく経ってからの事故だった。
今は祖母と、父の妹――叔母とのアパート三人暮らしだ。
その叔母はというと、すでに朝ごはんを黙々と食べている。
叔母の頼子は去年と少し前に新しい恋人と1ヶ月という短い交際期間で結婚をして、さらにその一年後ぴったりに離婚して出戻りをしてきた。今はというと、詳しい事はよくわからないが、なんだか白人の外国人男性と付き合っているらしい。ちなみに三十五歳になる。そろそろ本当に腰をすえないとならない時期なのにも関わらず、あっけらかんと自由気ままな叔母だった。
洗面台で顔に水を浴びせ、タオルでごしごしと拭いてさっぱりする。
あれ? 俺そういえばどんな夢見てたんだっけ?
変な事を思い返していたら、さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
何だったかな?
まあいいか、それよりも腹が減った。
「朝ごはん何?」
叔母の頼子が言ってきた。
「お味噌汁と鮭よ」
「ふーん」
別段、豪華でもなんでもない。そしてただ言った言葉に、それなりの返事が返ってくる、それだけのありきたりな会話。
椅子に座って、用意された朝ごはんに手をつける。
味のりで白米を箸で巻いて食べ、ほろほろと崩れる焼き鮭をぶっきらぼうに食べ、味噌汁を吸い、さっさと食べる。そうしなければ――
「ねえたっくん」
そらきた。叔母のぼやきが。
「そろそろ彼女か良い子でも見つけた?」
「見つかるわけねーよ」
実はこの会話が酷くめんどくさい。出戻りが何を言ってやがると言い返して朝から口論するのもだるい。
「あの優子ちゃんって子とはどうなったの?」
「どうもなってないよ」
そうそう、この間学校帰りに、仕事から車で帰宅途中の場とばったり出くわし、倉橋優子という後輩と一緒に歩いているのを目撃されたのだった。
「別にそういうのじゃないし」
「ふーん」
ジト目でこちらを見ている。無駄に怪しまれている。
今度は祖母がぼやいた。
「でも、山口智さん、良い人だったのにねえ……」
山口さんは叔母の夫だった人だ。建築関係の設計をする人で、一緒に食事をした時もレストランの作りや材質を目を輝かせるように見ていたのを覚えている。本当に優良物件だったのにも関わらず、それをたった一年で蹴った理由とは。
「だって、あの人ものを食べるときクチャクチャ音を立てるし、箸使いも悪いし、しょっちゅう貧乏揺すりするのよ」
こんな理由である。ほんと叔母の自由気ままさには脱帽する。
さっさと学校へ行こう。
「ごちそうさまっと」
食器を重ねてキッチンの流しに置き、さっさと自室へ戻って着替えて、おっと体操服とジャージも忘れずに……。
「んじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」「行ってらっしゃーい」
祖母と叔母の重なった声を聞いて、アパートから出て自転車にまたがった。
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