11 戦わない戦い方



氷裏「どうしてだなんて、別に君達に教える必要はないけれどね。それは知的好奇心でもあるし、可愛い生き物への観察意欲でもあるし、君と言う数奇な運命を辿った人間への愛着でもあるし……理解できないだろう?」


 まるで動物に大して抱くような感情だな。

 こいつは、そうやって研究の道具かそうでないかしか物差しをもっていないんじゃないだろうか。


氷裏「話したいだなんて、甘いんだね。その認識、後悔しても知らないよ」


 言葉と共に氷裏が取り出したのは、黒い髪と黒い服の人形だった。それはまさか……。

 氷裏は、髪の毛らしきものをつまんでみせる。


 怪異を利用するつもりか。

 しかし自分も触れているのに、何で影響をコントロールできるんだ。


 いつかの世界でも茉莉が触れていたのに、影響が及んだのは未来だけだった。

 まさかこいつ、怪異すらも研究して自分の力にしたのか。


氷裏「何年生きてると思ってるんだい。研究者としての格が違うんだよ。さて問題です。これ、誰のだと思う……」


 見せつけた髪の毛を人形に教えてる。成り代わらせるつもりだ、誰を……。


 氷裏は剣を振りかぶって接近。


 慌てて茉莉の援護を受けつつ従って避ける。

 風の魔法が攻撃を防ぎ、疾風が相手を薙ごうと襲い掛かる……が、すぐにその攻撃が途絶えてしまった。


円「ああっ、未来がどっちか分かんなくなった。なにこれ、ホントにこんな事ってあるの。ああもうう、あっちが未来に見えるけど、それは敵で……」


 成り代わられたのは未来だったらしい。

 未来は再び孤立したと言うわけだ。


 巻き添えを恐れた仲間達は援護の手出しができないでいるようだ。


 本の内容で怪異の情報は知っているが、理屈でぬぐい切れないのだろう。

 何せ認識ごと成り代わるのだから。


 あいつらには、今は氷裏が敵だと分かっていても未来だとしか認識できないようになっているのだ。

 今はまだ混乱しているが、その内未来の事を完全に忘れて敵の氷裏だと思うようになってしまうだろう。くそ、こんな奴の身代わり何て、もう二度と御免だったというのに。


 背中で冷や汗が流れる。いつ味方に背中を打たれるか……。

 気になって集中できない。


氷裏「足元がお留守だよ」

未来「っ」


 足払いを賭けられ、転倒。そこに剣が振りかざされるが。


茉莉「駄目っ」


 茉莉の魔法がそれを防ぐ。風が、剣をからめとり、空中で跳ね返した。

 茉莉、俺が分かるのか。


茉莉「ううん、ごめんね分からない。でも未来を傷つけさせるわけにはいかないから」


 と言う事は、氷裏が怪我をしそうになっても守ると言う事か。


茉莉「認識を書き換える魔法、何とか打ち破れないかな……」


 思案気な声が聞こえるが、無理はするなと言っておく。

 茉莉が本気でやればできるかもしれないが、こっちを狙っていると見せかけて、仲間達を害する可能性も消えてはいないのだから。


 考えていると円が声をかけてくる。


円「未来、アタシを信じなさい。アタシはアンタを信じてる。一度裏切ったアタシなんか信じられるもんかって思うかもしんないけど、それでも信じて! アタシはもう二度とアンタの敵にならないから!」


 羅針盤、と声をかけられる。

 まさか、茉莉と同じ事をしようとしてるのか。


円「未来を視る事が出来るなら、アタシに見せて見ろ!」


 ならば、未来はそれに答えなければならない。

 

 円は仲間であったが、敵でもあった。

 茉莉を攫おうとしたし、生贄にしようとした。

 未来が孤立する様に最初に流れを作ったのもこいつで、茉莉が神隠しで戻ってこない元の世界に戻す様に言って来たのもこいつだ。


 だけど、と思う。

 それでも彼女は仲間を大切にしていた。


 成り代わられた氷裏の手にかかった茉莉の状態に本気で怒っていたし、その時に未来が逃げる為の力にもなってくれた。

 世界の人を、多くの人を守ろうとして、苦しんで悩んだ末に努力して諦めて、どうにもできなかったから対立してしまっただけなのだ。


 だから、信じようと思う。

 円の仲間を思う気も問いは本物である、と。

 今この背中を預けるに足る存在である、と。


 そう強く思った瞬間、円が叫んだ。


円「良し、来た! 未来は右にいる奴よ。間違いないわ」

桐谷「それは、確かな事実かい? 円」

円「あったりまえでしょ、円さんの未来少年識別の能力は伊達じゃないわ。って、これってなんかアタシが未来に……てるの丸わかりじゃないのっ!」


 背後が騒がしくなったが、どうせ理解できないので後半の内容は脇に追いやった。


桐谷「判別が効くようになったところで、状況は変わらないんじゃないのかい」


 いいや、そうでもないぞ。

 これで、時間が稼げた。


未来「先輩」

桐谷「ん、準備はできた」


 桐谷先輩が声を返してくると。

 氷裏がはっきりと顔色を変えるのが分かった。


桐谷「戦闘の際に気がつかれないように罠を仕掛けるのは困難だったが、苦労したかいがあった」


 残念だったな、俺達もただお前に翻弄されて同じ時間の中をぐるぐるとい回ってきたわけじゃない。積み上げた時間の分だけ、。間違えもしたが、その分だけ成長してるんだよ。


 氷裏を取り囲む様に、周囲の地面に隠された鏡の破片が、茉莉の魔法を受けて宙に浮かび上がる。


 それらは全て茉莉のいた学校の鏡だ。

 鏡面世界の怪異。

 夜に学校に行くと、鏡の世界に引きずりこまれて戻ってこれなくなると言うシロモノ。


 時刻は夜だ。

 世界が違ってもちゃんと怪異が発動するのは確認済みだから問題はない。

 茉莉が戻って来る方法を知ってなければ実験できなかっただろう。


 鏡の角度を調整して、全てが氷裏だけを向く様に仕向ける。


未来「俺達は勝てない相手とは、真っ向から戦わない主義だ」

氷裏「このっ……」


 最後に悔し気な声を残して、氷裏の姿はその場から掻き消えていった。


茉莉「鏡の怪異はねー、この世界の大変な状況が元の世界に作用して起こる神隠しの一種なんだよ。だからギリギリまで待って、割ったんだー」


 茉莉の解説何て、もう聞こえてないだろうけどな。


 氷裏を吸い込んだ鏡は後で、丁寧にアイラ辺りに燃やしてもらわなければならないだろう。



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