10 最後の攻防



 茉莉の居場所を把握したのはそれから小一時間ほど後の事だった。

人質になった町の住民の方は、犯人たちをアイラが半殺しならぬ半燃やしにして解決したようだ。


 伝言として「これで思う存分助けに行けますよ、頑張ってください」と言われた時には小さな少女にまで気を使ってもらっている事が丸わかりで少し情けなくなった。


 仲間を信じられない、なんて言ってる場合ではない。

 彼女らは未来が信じられるように己の行動で示して見せて、待っていてくれるのだ。傍にいる者も、いない者も。それぞれが。


 ここで信じ切れなければ、それこそそちらの方が後悔してしまうはずだ。


 こなす以上は必ず成功させるつもりだが、たとえ上手く行かなかったとしてもきっと信じられなくて紡いでしまった悲劇の結末よりは、少しはマシになるはず……。


未来「桐谷先輩、お願いします。円、頼む。雪高も有栖も」


 仲間に向き直って頭を下げてあげれば、苦笑が変えてくる。


桐谷「ああ」

円「よし、任せなさい」

雪高「当たり前だろ」





 屋敷にいる者達の目を結んで行動する。

 こそこそするのは得意だ。


 何せこのメンバー、茉莉と円以外に禄に戦闘力を持ち合わせていないから、戦闘になる前に、その場から離脱するのが常習となっていた。


 有栖の光で場所を確かめながら進む。


雪高「逃げるプロなんて、恰好つかないよ」


 犬の姿になって先導する雪高は不満そうだ。


有栖「文句言わないでよ、しょうがないでしょ。あたし達魔法はからっきしなんだから」

円「そーそ、でも円お姉さんはナイフくらいの護身術ならできるわよ。桐谷だって外国に行ってた事もあるから、銃くらい撃てるし」

雪高「遠距離攻撃が飛び交う世界で、近接攻撃が得意でもなあ。銃なんて銃弾の替えがないし。せっかく魔法が使えるのに」


 元の世界に帰ったって、力が強くてもケンカする以外に使い道がないんだから今無事ならそれでいいだろ。


雪高「あ、ここだ。ここに茉莉姉ちゃんがいる。……ふんふん、移動してないみたいだな」


 鼻を鳴らして確認する雪高は念の為にか、もうしばらく犬の姿でいるようだった。


 円が、親から習わされたとかいう鍵開けの技術を使って内部に侵入する。そんな事も出来たのか。


茉莉「あ、未来。えへへ、やっぱり来てくれたねー」


 茉莉はちゃんとそこにいて無事だった。

 能天気な笑顔を見て、緊張が解けそうになる。


 まだだ、ここから脱出しなければ。


 雪高の案内を元に、来た道を戻っていく。

 そうして、屋敷から出た時だった。


氷裏「この世界が滅亡しなかったら、彼女を使って世界を滅ぼそうと思ってたのに、それも危ないなあ」


 未来達の前に立つのは氷裏だ。

 そう簡単に逃がしてはくれないか。


 こいつは戦って勝てる相手じゃない。

 剣を振り回して戦うらしいが、読んだ内容からするにそれなりの技量の使い手のようだった。

 戦闘に不得手な未来達とは相性の悪い敵だろう。


 だが、こちらの目的は別に勝つ事ではないのだ。

 なら、やりようはある。

 

未来「茉莉!」

茉莉「うん!」


 未来は銃を、茉莉は羅針盤を出現させる。


 自分達が、生きていればそれが勝ちだ。






 戦闘が始まって数分。

 疲弊はたまっていくがどうに保っている。

 保って未来は、氷裏の栗り出す攻撃を避けていく。


 人間を辞めたような挙動と反射神経で、時々斬撃を飛ばしてきたり、見えない背中越しに剣を振ってきたりするものの。未来達はそれら全てをどうにかさばききっていたのだ。


???『右へ避けろ』


 唐突に聞こえて来た声に従い未来は右へ飛ぶ。

 と、今まで立っていた場所に、深い斬撃の溝が刻まれた。


???『左だ。背後の円を狙う』

未来「茉莉」

茉莉「分かった!」


 数瞬後に後ろの方で円が何やら声を上げるが、茉莉が話をしている声がするので魔法……ではなく超能力を使って守ったのだろう。


氷裏「最初は偶然かと思っていたんだけど、やはりそうか。よくやるよ。見事な曲芸だ。君達はリアルタイムで、数行先の未来の自分の声を聞きながら、歴史を改変しているんだね」


 手の内がばれたか。

 すれ違いざまに放たれた攻撃を距離を取って避ける。


 そうだ未来達がしているのは氷裏の言っていた通り。未来の力と茉莉の力を合わせて出来るようになった。リアルタイムでの過去改変……いや未来改変の力で、相手の攻撃を予測して避けている状態だった。


 一応円や桐谷先輩に渡された予備の武器は持っているが、刃も銃弾もかすりもしない。

 碌な攻撃手段がない未来はただの的として逃げ回るのみだ。


 現時点では確定していないはずの未来を変えると言う行為は変な感じがするし、駄目だった未来からの自分の声を自分で聞くのもおかしな感じがするものだが、これが無かったらとっくに地面の染みになっていただろう。


氷裏「でも、それじゃあ倒せないけど、どうするつもりなんだい?」


 さあな、お前に教えてやるつもりはない。


氷裏「そうかい。だったら反応できない速度での攻撃はどうかな」


 対処できないほどの速度でもって、こちらを制圧すると宣言した相手は実際その通りに行動した。


未来「っっ!」


 刹那に放たれた不可視の斬撃がどでっぱらに風穴をあけにきた……。

 はず、だったが。


 未来を包む様にして展開される風の渦が、攻撃から身を守っていたのだ。


茉莉「未来をいじめるのは許さないから」


 遠く離れた場所にいた茉莉だが、能力を発動させるだけなら行動する必要はなく、コンマ一秒あれば十分だった。


氷裏「ああ、そう言う事か、実は彼女も君の未来の声を聞いているんだ」


 頭の回転がはやいな。

 そういう事だ。今までは余裕があったから未来が聞こえた声を元に、茉莉に指示を出してる風を装っていたが、それも今ので効かなくなってしまったな。


茉莉「勝利のフラグは未来はもう十分立てたもん、だからあたし達が勝つのとーぜんだよ」


 まるで疑っていない様子の茉莉の宣言に、氷裏が一言。


氷裏「お気楽な脳みそだね」


 そこは同意する。


 初めて人間味を感じた気がする。だからと言って慣れ合う気も油断する気もないが。


 攻守のやり取りが止まった隙に茉莉が敵である相手に話しかける。


茉莉「ねえ、氷裏くんはどうしてこんなことするのー? 未来と仲良ししてくれないの? どうして?」

未来「茉莉、余計な会話は」


 隙になるだけだ、というのだが茉莉は止まらない。


茉莉「諦めちゃ駄目なのは知る事も同じだと思うんだー。悪いって決めつけちゃ駄目だよ。有栖ちゃんや未来だって多くの人に悪いって思われてた事があるけど、実はいい人だったでしょー」


 未来自身はともかく有栖は確かにそうだった。

 正確もあったかもしれないが、人と違う事が出来ると言うだけで、どうして害を与えられたり、生贄にされたりしなければいけなかったのか。


未来「好きにしろ」


 ただし少しだけだからな。


 そんなやりとりに氷裏は初めて、分かりやすく表情を変えた。

 はっきりとこちらを嘲る様に、口元を、歪めて。


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