02 異界の地で



 辿り着いた異界がどの異界なのか、アイラや茉莉達が生贄にされた場所なのか、最初は分からなかった。

 だが、たまに本の中でアイラが口にしていた言葉通りの物や景色を目にして確証を得た。

 その世界はまぎれもなく、二人が訪れた世界だ。


 だが……。


 幼なじみを殺して、数百人の少年少女たちの命を喰らった異界は、どんなおどろおどろしい場所かと思っていたが。


エマ「普通の世界……」


 たどり着いた世界には、人が住んでいて、建物があって、町があるごく普通の世界だった。


 未来の世界とは多少文明が劣る物の、異形の化け物やおかしな存在が跋扈するような怪しげな世界などでは断じてなかった。


エマ「どういう事だ……?」


 神隠しで人の住見えない魔境に移動すること自体は、致死にならないのか?





 そんな戸惑いと共に、逃亡先の世界へと辿り着いたのだが、やるべき事があった。

 今の自分は未来であるとともに、同時にエマ。エマーシュトレヒムでもある。


 彼の持っていた知識を知れば、後の為にやらなければならない事が山ほどある事に気が付いたのだ。


クロアディール「エマ。少し休憩しないでいいの?」

エマ「問題ない」


 この世界での生活基盤を安定させて少し。


 異界に住みゆく者達と縁をつなぎ、助力を得て少なくない路銀と、雨露をしのげる場所を得られるようになて少し。


 やるべき事とやらの研究に時間を費やさなければならなかったエマの身の回りの世話をするのは、クロアディールだ。

 あの茉莉と同じ人間にそんな器用な事が出来るのか。と思っていれば、実際最初の方はその通り失敗続きだったのだ。だが、飲み込みが良いのか最近ではそう皿を割ったり、食べ物の味付けを間違えるなどのポンコツはしなくなってきていた。


 氷裏の目的が分かった。

 いや、実は元から分かっていたから確信を得たと言った方が正しいだろう。

 情報は苦もなく集められた。前世に巻き戻った事により。

 氷裏は、エマと同じところで働く人間でしかも上司にあたる人間だったのだ。


 前世まで戻らないと目的が判明しないとか、反則だろう。


 氷裏のやっている事は人体実験、行っているのは研究だ。

 目的は非常に高い毒の態勢を身に着けたクロアディールを利用しての、化学兵器の開発。

 そして、もう一つ。人の心を狂わせる「狂気」という兵器の開発だった。


 クロアディールは異能の力が使える。

 それは中々存在しない稀なもので、元のエマは怪我を治癒させたクロアディールの異能の力から、研究対象としての資質を読み取ったらしい。


 衣服のポケットに踏造作に詰め込まれていたメモ帳にも書いてあった事だ。


 しかし、狂気の方は厄介だな。

 人の心を狂わせる。なんて……。


 気にしてなかったわけではない。どこかの世界の結末で俺が茉莉に手をかけた事、あれもそうだったのだろうか。基地の空気が俺に味方をしなかったのも?

 分からない。人の心など目には見えない物で、確かな物ではないからだ。


 だが、その確かでない物をいつかの茉莉は大事だと言ったんだったか。

 ……。


 そちらの研究も急いで進めないとな。


エマ「まつ……お前の方はどうなんだ」

クロアディール「人格? 一応できてる、ううん……ずっと前から出来てた」

エマ「壊してないよな」

クロアディール「してない、けど……」


 憎しみの心で作ったものをどうしてエマが気に掛けるの彼女からでは理由が分からないのだろう。首を傾げている。


クロアディール「あ、そうだ。この前頼まれた事、調べて来た」

エマ「もうか、早かったな」

クロアディール「……頑張ったから」


 控えめに努力を主張する彼女は茉莉ではない。それは分かっている事だ。茉莉は彼女によって育まれ作り出された転生後の人格なのだから。

 だが、やはりその言動からは所々、茉莉らしさが滲み出ていた。


クロアディール「どうかな」


 書き留めたノートをみせられて控えめに褒美を所望する彼女の頭にそっと手を載せて動かすと、くすぐったそうに目を細められる。


エマ「助かった」

クロアディール「ふふ……」


 頼んだ内容は双界性理論について。

 ざっと説明するとそれは、二つの世界が隣り合って存在し互いに影響し合う、みたいな内容だ。


 その内容で思うのは、未来の生きている世界と異界が隣り合って影響し合っていると言う事。

 

 結び付きの深い二つの世界は、一方が滅びるとそれにつられるように、もう一方の世界も滅んでしまうのだという……。


 元の世界で茉莉を探して一人で山の中の洞窟に向かった時の事を思い出す。

 入り口とは違う反対側の出入り口から見た光景が滅びたこの世界だと言うのなら、未来達がいた世界もそれにつられるようにして滅びてしまう証明になる。


 だが、生贄と世界終焉、茉莉の死との因果関係がまだ分からない。


 以前は異界に送り込まれること自体が致死になる事だと考えていたが、この世界は至って普通だ。少々元いた世界と違う所もある物の、みな生きて何かに笑い、悲しみ過ごしている。


 この世界で何か危険な事が起こって茉莉は死ぬのか?

 くそ、見えない事ならいくらでも可能性はある。せめて俺が傍にいられたら……。


 いや、傍にいられればいいのではないか?

 こうして前世に巻き戻って偶然か必然か分からないが、異界の環境が死につながる事ではないのが分かったのだ。


 考えに没頭するこちらにクロアディールが声をかける。


クロアディール「あんまり、根を詰めない方がいいよ」

エマ「分かってる」


 分かってはいるが、ここまで戻って来たんだ。やれる事はやらないといけない。



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