第6章
01 エマー・シュトレヒム
目の前には、暗く閉ざされた鉄の牢屋がある。
その中には、実験体Oがいた。
白い髪の白い肌をした儚ない雰囲気を纏った女性が。
女性の周囲には多くの研究者達がいて、データーをとりながら、実験体の体を切り刻んで、痛めつけて、材料にしている。
彼女の名前は何だっただろう。
彼は考える。
初めて出会ったのは、遺跡の調査をしていた時。
怪我をしていたこちらを見つけて、相手が寄って来たのだ。
そして、彼女は治療の為に力を行使した。
その力を目撃した彼は、調べたいと思った。
調べなければと。
目の前のある貴重な被検体を使って、何ができるのかすぐに頭が想像でいっぱいになった。
そして、彼は今ここでその被検体を元に研究を重ねる日々を過ごしていた。
世界を滅ぼせるほどの兵器を生み出す為に。
不幸をまき散らし、人の心を汚染させる毒を作り出す為に。
彼の名はエマー・シュトレヒム。
実験体Oの研究を任された研究者の一人、だった。
細い頼りない手を握って走る。
研究施設から逃げ出していく。
止まる事は出来ない。背後には追手が迫っていたからだ。
???「どうして……助けてくれるの」
未来は、いやエマは実験体O……と呼ばれていた茉莉の前世、クロアディールの手を引いてその施設から逃げ出す所だった。
エマ「助けて欲しかったんだろう」
クロアディール「……。でも、どうして」
無言は肯定か。
彼女からしたら無理もない疑問だろう。
なにせ、ついこの間まで、敵側に立っていた人間なのだから。
答えてやりたいし、説明してやりたいところだが、今はそんな余裕などない。
逃げるので精いっぱいだった。
研究所の内部構造は知っている。
だが、暗い部屋で日々マッドな研究に明け暮れていた根暗野郎だっただろう人間の体は、長期運動をするのに向いていなかったらしく、特に大した距離を走らない内に根を上げ始めていた。
エマ「出口はどこだ……」
知っている。でも、追手が煩くてそこまで辿り着けない。
相手は建物の構造を知っているのだ、当たり前だろう。
こちらは戻ってすぐで混乱しているんだ、そこら辺の事情を察して欲しい。無理か。
クロアディール「こっち……」
こちらをふがいなく思ったのか、クロアディールが先導し始める。
やがて訪れたのは、深い穴のある部屋。
その穴の上には、鏡の様な面を向ける輪が一つ浮かんでいる。
クロアディール「あそこに飛び込めば逃げられる」
行先はどこに?
クロアディール「異界……」
そこに行ったら帰ってこれなくなるかもしれないんだぞ。
躊躇う。当然だ。
未来は散々それに悩まされてきたのだから。
死ぬためにここに来たわけではない。
けれど、追手はもうすぐそこに近づいていた。
エマ「……」
異界はある。知っている。
なぜならアイラと共に、茉莉を救出しに行った世界も異界だったと本に書かれていたからだ。
だが、本で読むのと、実際に体験するのとでは違うだろう。
どんな所かも分からない場所に足を踏み入れるなんて。
だが、考えている時間はなかった。
背後から大勢の足音。
行くしかないのか。
クロアディールが細くて白い手でこちらの手を握る。
クロアディール「大丈夫、だから」
どんな理屈だ。
だが、聞いた途端に心は決まった。
非常にそいつらしい言葉だったからだ。
茉莉『未来なら、大丈夫だよー』
お前が言うなら、信じるしかない。
エマ「いくぞ」
クロアディール「……」
頷きが返って来るのを見て、輪の向こうへと飛び込んでいく。
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