08 前世



茉莉「あたしは未来の事をずっと憎んでなきゃいけないし、復讐したいって思ってなきゃいけない、もうずっと昔に決めた事なんだよ。」


 思ってなきゃいけないって。

 何だよそれ。


 本当は復讐何てしたくない、って言われた事を喜べばいいのか。

 そうまでして復讐を遂げさせたい何かがある事に悲しめばいいのか、分からない。


茉莉「未来は前世って信じるかな」

未来「俺は……」


 はっきり言えば信じていないが、ここで否定するのは最悪の選択だと言うことぐらいは分かった。


 だが、答えなくても茉莉にはこちらの気持ちが分かったのだろう。

 悲しそうに笑いながら、話を続ける。


茉莉「茉莉達はねー、前世では知り合いだったんだよー。……でも、関係は今みたいに仲良しじゃなかった。敵だったの」

未来「……」

茉莉「じゃあ、質問です。未来はどうしてあたしの面倒をいつも見てくれてたのかな?」


 そんなの目の前で阿呆な事されたら放っておけなくなるからに決まってるだろ。


茉莉「あはは、ひどいよー。あのね、未来があたしに構ってくれてたのは、そうするように決められてたからだよ」

未来「……?」

茉莉「研究者としての執念みたいなのが魂にこびりついてたんだろうね。あたしと言う存在を監視し続ける為に、傍にいたの……」


 花火が咲き乱れる空の星空を見上げて、茉莉の言葉が紡がれる。


茉莉「えっとね、昔の未来は、捕まえられてどこかの部屋に閉じ込められたあたしを研究する研究者だったの。そんな事をする大勢いた人たちの中の一人だったんだよ」


 昔。さっき言っていた前世の、ということか。

 前世の俺が研究者で、茉莉を……研究?


 聞きたい事も、言いたい事もたくさんある。

 でも今は聞かずに静かに茉莉の話に耳を傾け続けよう。


茉莉「毒とか兵器とか、難しい事たくさん。あたしは何か凄く特別な力をもった存在だったみたいだから。たくさん色んな事されて痛かったよ。辛かったよ。泣いたし、叫んだ。許して、もうやめてって、たくさんたくさん」

未来「……」


 いつも仲間の事を気にかけていつ祭りの優しさの元が、どこからきているのか分かってしまった気がした。

 辛い気持ちも悲しい気持ちも茉莉は全部分かるからだ。


茉莉「あたしね、助けてって言ったんだよ? 未来に。未来だけに。他の人は信じられなかったけど、未来だけはちょっとだけ優しかったから。どうせ聞いてくれないって思ってても、ひょっとしたらって思って、ここから出してって言ったよ? でも、やっぱり何も聞いてくれなかった……」


 茉莉はその時の事を思い出す様に、俯く。表所が見えなくなった。細くて小さな肩を震わせる。

 でも、声を聞けばどんな想いでいるのか、どんな顔をしているかなんてすぐに分かった。伊達に何年も幼なじみをやっているわけではない。


茉莉「痛かったなあ。苦しかったなあ。眠っても夢で見るの。起きてても起きてなくても凄く苦しいの。辛いの。今でも思い出すよ、思い出せちゃうんだよ、その時の事」


 茉莉がよく未来に話して聞かせる夢の話。

 ずっと訳が分からないままだったが、それがこんな風に繋がっていた何て。


 茉莉は最初からずっと本当の事を言っていたんじゃないか?

 そうだ、嘘をつかれた事なんてない。

 未来がもし、その事を詳しく聞いていたらどうなっていただろう。


茉莉「それでね、色々あって最後に死んじゃう時、あたしはね。託したんだよ。いつかに復讐を」


 いつか。

 それはここにくるまでのいくつかの世界で俺が託す言葉の矛先と同じだった。


茉莉「あたしは、死ぬずっと前から、心の一部と記憶を元にして、茉莉と言う人格を作っていた。慰めが、救いが欲しかったから。あたしはきっと復讐できないけど、いつかきっとその子が復讐してくれるから、だから終わっちゃっても死んじゃっても、せめてそれだけは安心して眠れるようにって。昔のあたしは、そんな小さな希望を慰めにして死んじゃったの。それをここにいるあたしが裏切れるわけないよ」


 瞳に涙をためて茉莉が顔を上げる。

 頬を零れ落ちる涙が花火の輝きを反射して光る。

 まるで流れ星だ。

 願いをかなえるために、地上へと落ちた星だ。


茉莉「あたしは昔のあたしの事を知ってるのに、悲しみや辛さが分かってるのに、裏切れるわけがないんだよ」


 未来はいつかへ不幸から幸福を生むために希望を託した。

 けれど、

 茉莉はいつかへ絶望から希望を生むために復讐を託したのだ。


 似たような事だけれど、決定的に違う思い。

 両者の違いを生んだのは一体何だっただろうか。


茉莉「たった一つの希望だったんだ。前世のあたしの」


 お前は復讐が希望だと言うのか。


茉莉「未来には、分からない話だよね?」


 ああ、分からない。

 正直言って、全部分かってやれる気がしない。

 前世なんて話途方もないし、想像すら及ばない遥かいつかの昔の出来事だ。


 それにそんな風に泣いてまで復讐を果たさなきゃいけないと思い詰める気持ちも、研究とやらで受けた辛い気持ちも、普通の人間である未来には分かってやれない。


 けれど、


 分かってやりたいと思うのだ。茉莉の抱えた気持ちなら、良い事も悪い事も全部。それに……。


未来「お前が泣くほど辛いと思ってる事が本当なのは、俺でも分かる」

茉莉「ん……、信じてくれる?」


 どんなおかしな突拍子のない話でも、茉莉の言う事だ。そんな風に言われたら信じてやらないわけにはいかないだろう。


 だから、助けてやらねばならない。


未来「俺にお前の全てをくれないか」

茉莉「ふ……ぇ?」

未来「今だけで言い。茉莉の全てを俺にくれ」

茉莉「え……と?」


 俺は問答無用で祭りの体を抱き寄せると、銃を手に出現させた。


茉莉「ひゃ、あの……みらい」


 体を強張らせる茉莉が泣きはらした目でこちらを見上げてくる。

 いつも泣いてばっかりいるよな、お前は。

 もうちょっと笑顔をを増やした方が可愛いと思うぞ。


茉莉「ぇう……かわいい?」


 今のは喋るつもりじゃなかったんだが、漏れてたか。

 まあいい。


茉莉「未来の能力だね。消すの?」


 それも分かるのか。

 お前、想像以上に色んなことできるんだな。


茉莉「あたしはすっごい魔法使いの生まれ変わりだもん」


 百歩譲って羅針盤の件があるから魔法使いと言うのは信じられるが、すっごいかどうかは別だな。


茉莉「いじわるー」


 何とでも言え。


茉莉「過去を変えるんだね」

未来「ああ、願っていてくれ。お前がそんなに嫌だと言うのなら、俺がその前世を書き換えてやる」

茉莉「前世だよ? 無理だよ」

未来「無理かどうかは、やって失敗してから言え」

茉莉「本気なの?」


 冗談でこんな事言わない。

 お前が相手だから言うんだ。

 相手がお前だから、無茶だと思う事でもやってやろうって思うんだ。


茉莉「未来って、馬鹿だよね」


 茉莉のくせに、俺を馬鹿呼ばわりする気か。


茉莉「いいよ。応援してる。頑張って……」

未来「ああ……」


 そして、俺は天へと向けて銃の引き金を引く。

 世界が、遥か彼方に存在した、いつかの時の中へと戻り始める。



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