07 生贄の少女



 牢の中に小学生くらいの歳の女の子が倒れていた。


 こちらの声が耳に届いたのか、ややあって身じろぎした後、起き上がる。


???「雪……?」


 身の回りにいる桐谷先輩や円は一般的な部類で美人と呼べる範囲にいて、茉莉もそれなりに可愛い部類に入るだろうが、その少女程ではない。

 整った顔立ちは芸術品のようで、空気を震わせる声もそれなりの美声だった。


 首元の開けた服を着ているが、女子らしいピンクを中心とした配色だ。

 それゆえにこんな場所にいると場違い感が激しい。


円「わお、美人さん。将来大物になるわね」


 同じような事を思っていた円が、そんな風に感想を口にする。


 少女はしばらくぼんやりした様子でこちらを見つめるが、その瞳が焦点を結んだ瞬間、慌てた様子で鉄格子のある方から取れるだけの距離を取った。


???「誰よ、アンタ達」

円「ええっと、それはアタシタ達のセリフって言うか。ちょっと肝試してきなノリでやって来ただけなんだけど……。大丈夫なの?」


 怪異調査で、とか言わない辺りは思いやりなのだろう。

 その代わり、少女から馬鹿を見るような目で見られたが。

 見かけによらず性格がきついようだ。


???「ふん、これが大丈夫なように見えるの? こんなところにやってくる物好きがいるなんてね」


 牢屋に入れられているくせに随分と生意気だな。


 そう思った時、背後から足音が聞こえて振り返る。


 円がこちら二人を庇うように前に立った、立つ場所が違うだろ。

 背中を見せる円の腕を引っ張ろとして、足音の姿が姿を現した。


 まさか、目の前の少女を監禁したかもしれない人間が戻って来たのか。そう思うが。


茉莉「あれー、なんで未来と円さんがここにいるのー?」

???「茉莉姉ちゃん、アレ知り合いか?」

茉莉「うん、未来と円さん。大丈夫だよ、雪くん。未来は怖い顔してるけど悪い人なんかじゃないよー」


 顔を出したのは見知った人間一つと、知らないのが一つだった。





 どうにかして茉莉に鍵を見つけてもらって牢屋から出した少女、有栖を基地に連れて行って話を聞く。


 彼女は何でも、魔湧きを恐れた人間達に生贄にされる所だったらしい。


有栖「生贄はだいたい百年周期で選ぶらしいんだけど。でも、ホントはもっと昔にやるはずだった。でも、その時……今から十数年前に選ばれた人間を生贄にできなかったから……」


 有栖自身の口から話が語られるのは、魔湧きと生贄にまつわる話だ。


 倒れていた時は心配したが思いのほか態度も口調もしっかりしている。

 それは茉莉と共にやって来た雪高と言う少年が、大人の目を盗んでこっそり世話を焼いていたおかげでもあるらしい。


 円から聞いた話は怪談ではなかったらしい。よくても遥か過去に起きた話を脚色しているだけかと思っていたのに、こうして被害を受けた人間を目にすれば否定する事ができない。これは事件だろう。


有栖「古戸零種ふるとれいしゅって言う人間がその時に生贄になるはずだった奴よ。でも、そいつが生贄になる時に、近代に古い慣習を持ち込むのは間違ってるって反対した人間がいた。確か……陽鳥ひどりなんとかって言う人間が。それで、終わりになったはずなんだけど……。最近になって山で行方不明になる人間が増えて来たから、あたしが選ばれたってわけ。あたしは皆に気味悪がられてるし、格好のターゲットだったんでしょうね」


 話を聞き終えて、満ちるのは沈黙だ。

 皆信じかねているのだろう。

 実際未来もそんな感じだ。


 偶然だろう行方不明者の発生に怪異を結び付けて、実際の人間を監禁するなど……そんな事あり得るのだろうか。


 そんな空気を破ったのは茉莉だった。


茉莉「ひどいね。有栖ちゃん辛かったね。心細かったね。もっと早く助けてあげられなくてごめんね。あたしは怒ったよ。もう怒ります」


 なんだその説明文みたいな怒りの表明は。

 だがその茉莉の一言で、基地の中に満ちていた空気は変わった。


未来「茉莉、変な事しようとするなよ」

茉莉「懲らしめてあげなきゃ駄目だよー。怒ってあげなくちゃー」


 お前が懲らしめられるオチになるだけだ。


 代わりに円が質問していく。


円「有栖って言ったっけ、家はどこ? 送るわ。それとも今日はここに止まってく? 今日はもう疲れたでしょ?」

茉莉「あたしもいくー。行きます。だって有栖ちゃんの事心配だもん」


 そんな風に話が進んで行くのをみて、有栖や雪高が目を丸くする。


雪高「茉莉姉ちゃんの反応は分かるけど、信じてくれるのか」


 買い被るな。俺だって最初は信じられなかった。

 でも、茉莉がそう言うんだから仕方ないだろう。


円「まあ、この状況で放り出すって選択はどの道ないんだから、受け入れるしかないでしょ。それとも雪少年と有栖ちゃんは嘘つきだったのかなー?」

雪高「そ、そんなわけないだろっ」

円「だったら問題ないじゃない。とりあえず、喉乾いたしお茶でも入れるわ、そういえば冷蔵庫にはお菓子もあったわね……」


 立ち上がりかけた円だが、不意に返ってきた反応に苦笑する。

 それは消え入る様な小さな声だった。


有栖「あ、ありが……とう」


 今まで強気な姿勢をつらぬいていた有栖がこぼした、嗚咽交じりの礼。

雪高が動いて、胸を貸してやっていた。



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