08 1/11 望む力
あんな事があった翌日に有栖を警察に届けた。念の為にと病院に入院させられる事になったらしい。
詳しい事は分からないが、ちゃんとした者達に任せれば悪い事にはならないだろう。
事件は別の場所で唐突に起きた。
前触れなんてものはどこにもなかったはずだ。
分からない。どうしてこんな事が起きるんだ。
翌日、朝早くだ。茉莉がいなくなった。
家に帰ってこない。
探し回ったが見つけられないでいた。
未来「茉莉、どこにいるんだ……」
ほんの気まぐれ。
いつも茉莉の使っているあの力が使えればと、そう思った。
茉莉は探し物をする時に便利だという特殊な能力。
それは探しているものがそこにあるのか、その場所が分かる能力だ。
いま、この手にあったら、とそう思った。
……が。
けれど、まさかその力が本当に自分に使えるようになると誰が予想できるのか。
羅針盤だ。
それが今、未来の手元にある。
未来「どういう事だ」
疑問はあるし、正直戸惑いも大きい。だが利用しない手はないだろう。
未来「茉莉はどこにいる」
羅針盤の上にある針、その内の一つが動く。
未来「……」
もともと当てなどなかった捜索だ。
他に探していない場所など思いつかない。
乗ってみる価値はあるだろう。
羅針盤が示すままに向かうと、山の中の洞窟までやってきた。
時刻は昼下がり、この前の様に軽い労働に汗を流しながら山を登って来た。
ここは有栖が監禁されていた場所だ。
まさか、有栖を攫った連中が代わりに茉莉を……?
周囲をぐるりをまわって見たりもしたが、いずれにしても、針は必ず洞窟の内部を示しているままだ。
未来「やっぱりここに、茉莉がいるのか……」
そうではないと思いたかったが、現実はそう上手くはいかないらしい。
羅針盤に導かれている現実を、リアルな現実だと言えるのかは微妙な所だが。
躊躇いの気持ちを押し殺して、内部に足を踏み入れる。
人の気配はしなかった。
昼間の明りがあるから、薄暗い程度で済んでいるが、夜だったら明りが必要だっただろう。
足を踏み入れる。
けれど、やはり人がいたような痕跡がいくつも見つかった。見間違えなどではなかったらしい。
入り口には足跡、内部には持ち込んだらしい人工の道具が転がっている。
未来には用途の分からない物ばかりだったが、これは医療に必要な物だろうか。
内部へ進んで見回って行きながら、茉莉の名を読んでみるが姿は見当たらなかった。
牢屋にもいない。
未来「ここにはいないのか……」
間違いだったのだろうか、ここに来た事は。
反対側の出入り口に辿り着く。
未来「……?」
向こう側は、どこかに繋がっていたがそこは想像していたようなどんな場所でもなかった。
未来「異界……?」
あったのは見た事もない景色だった。
黒い海と、夜に世界。そこは正しく異界だった。
そこから、何か化け物のようなものがこちらへ向かって来ようとしている。
あれは、紫色の手だ。
海から生えて来た無数の手がこちらへ迫ってこようとしている。
未来「……っ」
あまりにも現実離れした光景。
けれども、体はそいつらの脅威を知っているかのように動いた。
その場から駆けて、離れるために。
だが、しかし相手の方が速い。
背後に感じる邪悪な気配。
追いつかれる事を覚悟した時。
茉莉『未来を傷つけちゃ、駄目っ』
茉莉の声が聞こえたような気がしたと思ったら、背後で何かが跳ねのけられる間隔。
手はそれきりこちらに近づいてこようとはしない。
未来「何だ、一体……。今のは」
分からない。分からないことだらけだ。
茉莉『未来、未来……』
未来「茉莉!? 茉莉なのか。お前が助けてくれたのか!?」
声はなおも聞こえる。だが、向こうからの反応はない。
茉莉『こっち……』
声に導かれてある場所を見ると、壁に魔法陣が描かれていた。
来る時は気が付かなかった。
手で触れてみると、視界が変わり、別の景色が目の前に。
明らかな人口建造物、らせん階段がある。
未来「山の洞窟の中にこんな場所が……」
数分かけて降りきると、そこには広い空間があった。
ただの山奥に存在するようなスケールの物ではない。
そこには白衣を来た人間達が幾人かいて、そいつらの前には光で出来た鏡の様な物が浮かんでいる。
足元には茉莉が倒れていた。
茉莉「……っ!」
声を出すのを背後からやって来た人間に口を塞がれる。
桐谷「落ち着け、私だ」
未来「桐谷先輩……?」
連中の仲間かと思ったがどうやら杞憂だったようだ。
桐谷「遅れてすまない。君達が危ないのに気づくのが遅れた。理由は後だ。茉莉を助けてここから出なければな」
そうだ、まずは拉致された茉莉を何とかしなければ。
しかし、ここは一体何なのか。
奴らは一体何者なのか。
桐谷「巷で、悩める少女を洗脳して、商品を買わせると言う悪徳商法が流行っている。この建物は、その連中の根城の一つとして、警察にマークされていたのだがね。見張りがやられたので、気になって……」
未来「どうしてそんな事知ってるんですか」
桐谷「円経由で、捜査協力依頼を受けたとだけ言っておこうか、これ以上は守秘義務だ」
桐谷先輩の頭でなら、そんな所から依頼が来ていてもおかしくはないか。
有栖を攫った誘拐犯達ではない? いやそれとも同じ人間がやっているのか、確か生贄は大量に必要だとか円が言っていた。
しかし、時間をかけて考えている余裕はなさそうだった。
中に浮いている光輝く鏡が、音を立てた。
白衣を来た人間達は、茉莉を掴んでその鏡へと近づいていく。
未来「茉莉……っ」
行かなければ、そう思うのだが足がすくんで動けない。
相手は得体の知れない連中だ。
歯向かって無事で済む保証はない。
けれど、ここで行かなくてどうするのか。
茉莉は大事な家族だ。
俺の妹なんだぞ。
未来「……っ」
これで良いのか、と心の声が聞こえてくるようだった。
桐谷「未来、どうする」
やや焦ったような先輩の声。けれど、分かる。これで良いのかとそう言っているのだ、先輩は。
背中を押されたような気分だった。俺は決断した。
未来「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
身を潜めていた階段から飛び出して、白衣の連中に体当たりをかます。
茉莉「きゃうっ」
未来「茉莉!」
取り落とした茉莉をひったくる様にして担ぐ。
茉莉「ぇう……なに? なに?」
混乱している茉莉の声がしたが構っていられるような状況ではない。
走り出そうとしたが、その足が止まる。
手を叩いたような、乾いた空気の音。
まさか銃声。そう思たっが、痛みはやって来ない。
倒れたのは、白衣の連中の方だった。
撃ったのは。
未来「桐谷先輩?」
だった。
桐谷「未来、こっちに」
我に返る。
考えるのは、後。そう後だ。
先輩は、未来の手助けをしてくれている。敵ではないのだ。
己を納得させて足を動かす。
先輩の援護を受けながららせん階段を上っていく。
人一人抱えながら。重いな。
茉莉「あたし重くないよー」
普通の時ならともかく今は疲れてるんだ、色々あって。
未来「走れるか?」
茉莉「んー、降ろして」
体力的には問題ないらしい。おかしな事をされてはいないようだ。それはみためから分かっていたが。もしそうだったら、未来は連中をぶっ殺したくなる自信がある。
茉莉「未来、来てくれたねー。えへへ……」
能天気だな、こんな時に。
助けるのは当たり前だろ。家族なんだから。
茉莉「あたしが預けた力、役に立ったみたいだね」
探し物が出来るだけじゃないのか、聞いてないぞ。
とにかくあまり気を散らしている場合ではない。依然として敵はこちらより多くて、立場は追われている側なのだから。せめて山の中で撒く事が出来れば良いのだが……。
幸いな事にこちらには羅針盤があるから遭難する可能性は考えなくても良い、相手から逃げる事さえできれば、こんな状況何とでも……。
だがそんな楽観的な未来予測は実現しない。
何故なら。
???「返してもらうよ」
上からやって来た何者かが、未来の目の前に着地して、その手に持っていた大剣を振るったからだ。
剣。そう、剣だ。
剣を持っているのは茉莉の彼氏。……だと思っていた少年。
視界が揺れる。抗う事も出来ずに倒れた。
茉莉「未来っ。やだ、死んじゃやだやだよっ」
先輩の放ったらしい銃弾は、なぜかそいつには当たらず見当違いの方向へ向って行くばかりだ。
霞む視界の中で、茉莉がそいつに連れられて行くのを俺は黙って見ている事しかできなかった。
力があれば。
力が欲しい。
勇気があっても、それだけでは守れない。
守りたいと思うものを守り通すだけの力が欲しかった。
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