06 恋心の在りか
銃を使って巻き戻る。
地点は、言い争いをする前だ。
地面に魔法陣を書く茉莉の小さな背中が目に飛び込んだとき、俺は安堵の息を吐いて走り寄った。
未来「茉莉……」
茉莉「未来? どうしたの?」
前とは違う。俺の声を聞いた茉莉はすぐに振り返った。
心配そうな目をして。
未来「茉莉、頼む。死ぬな。死なないでくれ」
茉莉「何で?」
小首を傾げられる。
その台詞は前も聞いた。けれど茉莉の声も態度も全然違う。
何でこんなにも違うんだろうか。
未来「死んでほしくないからだ」
茉莉「違う。未来は何で知ってるの?」
ああ、そうか。
さっきの何では、茉莉が動じて自殺する事を俺が知っているのかという事か。
未来「ずっと俺の傍にいてくれ。頼む。お前がいないと俺は困るんだ」
茉莉「傍にって、そんなこと言われても、困る……」
変えてくる反応は望んだものではない。祭りの表情は困惑に染まる、何がどうなっているのか分かっていないようだ。
そんな感情が分かりやすく伝わって来る。
こんな茉莉が演技?
それこそ、嘘だ。ありえない。
何で、そんなすぐに分かる嘘なんてついたんだよ。
そうだ、今まで俺を支えて助けて、仲間のことを気遣っていた茉莉は本物だった。偽物だなんて事、あるはずがないのに。
俺の事が嫌いだったとしても、茉莉が茉莉である事が演技であるはずない。
未来「茉莉、俺はお前に何かしたのか? それでお前は怒ってるのか。教えてくれ。そうじゃないと、お前が何に大してそんな風に怒っているのか、分かってやれない。」
茉莉「未来は何を知ってるの?」
さっきまで柔らかかった茉莉の声が固くなる。
駄目だ。
このままではまた同じ事の繰り返しになる。
何とか、しなければ。未来を変えなければ。
未来「俺はお前に何をしたんだ。それはおまえにとってどうしても許せない事なのか。謝る、いくらでも謝るし、償いだってする。だから……」
茉莉「黙って」
表情が険しくなる。怒気が満ち始めた。
同じだ。変わらない。
どうすればいいんだ。
どうすれば。
茉莉「償えたりなんかしないよ。もう終わった事なんだから。未来には何もできないし、救えない。アタシはずっと未来が嫌いなまま。ねえ、知ってる。アタシ本当は未来の事なんて昔から……」
言うな。
言わないでくれ。
それだけはお前の口から聞きたくない。
茉莉の小さな唇が動いて言葉を紡ぎ出そうとする。……その前に未来は動いていた。
茉莉「大っ……、んんっ!」
また同じ事になりたくない。
ここで説得に失敗すれば茉莉を失う事になる。
茉莉「んぅっ」
それは絶対嫌だった。
だから……。
……。
いや、だからって……。
茉莉「ふぁ……。ふぇぇ……」
これは。
茉莉の小さな唇に当てていたそれを話すと、林檎のように真っ赤になった顔が目の前にあった。
茉莉「ふぇ、うっ……うぇ、ぐすっ……」
口塞ぐために三歳年下の妹の様な存在だった幼なじみに、……キスとか。
……やってしまった。
茉莉「う……う……、ふぇぇぇぇぇぇん、ひぐっ、ぐしゅ……うぇぇぇぇぇぇぇん」
しばらくの間、えぐえぐと泣き続ける茉莉。
どうしていいか分からない。先程よりもずっと。
何するんだった、俺は?
説得、そうだ。説得しなければ。
いやだけど、しかし……。
狼狽していると、ふいに茉莉が顔を上げた。
罵詈雑言、または暴力制裁、を覚悟していると、茉莉はふにゃふにゃもごもごと口を動かして言葉を紡いだ。
茉莉「あ、あした……いちにち、だけ……まったげる……。ばかぁ、みらいばかぁっ」
そんな執行猶予を手にする事が出来たが、素直に喜ぶ事は出来なかった。それと引き換えに色々とやらかしてしまった気がする。
円「……」
桐谷「……」
基地に戻ると待っていたらしい円と、桐谷先輩がいた。
当然、話さなければいけないことだと分かっていた。
だから、起った事をそのまま話したのだが……。
視線が痛い。
桐谷「ふむ、これは興味深いな……」
円「あんた、馬鹿? ここまでやれって言った? 説得って聞いたら普通言葉で説得するもんだって思うじゃない」
もっともだ。返す言葉もない。
未来「仕方なかったんだ」
我ながら陳腐なセリフだと思た。
使い回され過ぎて、そこらに腐り落ちてそうな言葉だ。
円「我慢できなくて、仕方がなくて。よく言うわよね。犯罪者はー。同意なしでごまかす様にファーストキス奪うなんて、乙女の敵よ敵」
桐谷先輩はともかく、円……お前は乙女ってキャラじゃないだろう。
桐谷「ふむ…………、でもまあ結果は良かったじゃないか。その調子で頑張ればいいと思うのだが」
先輩は、一応は理解を示してくれたようだ。言葉を発する前に妙な間があったりしたが。
桐谷「まあ、その調子で付き合ってしまえばいいんじゃないか。案外それで解決するものかもしれない。未来は茉莉の事が好きなんだろう? なら何も問題はない」
……。
好き?
俺が茉莉を?
未来「いや、別に俺は茉莉の事が好きなわけじゃ……」
桐谷「……」
円「ほら見なさい、桐谷。こいつやっぱりそこんとこ分かってなくてやったのよ。さいてーよね。さいてー。鈍感! 紛らわしい事ばっか言ったりやったりするから、いつかやるとは思ってたのよ。夜道で背中をぶっすり刺されちゃえばいいんだわ」
紛らわしい事言ったりやったりは、それは茉莉の方だろう、とは言えない雰囲気だ。
円の言っている事はよく分からないが、味方がいなくなった事だけは良く分かった。
未来「まずかったですか」
円と、桐谷先輩はそれはもう見間違えようがないくらいはっきりと首を縦に振った。
まずかったようだ。未来には、同意なしにキスしたこと以外何が問題なのか分からないが。
そんな事を思っていると、額に青筋を立てた円がこちらに指を突きつけてくる。
人を指指すな。とはこれも言える雰囲気ではなかった。
円「いーこと、未来、絶対に好きじゃない、キスは間違いだなんて言っちゃだめだからね。茉莉ちゃんさすがにキレるわよ」
未来「円、お前は世界を守りたいんじゃないのか」
円「そりゃ、そうだけど……。それとこれとは別よ、未来があんまりにもあんまりだからそんなので妥協されたって嬉しくないし、こんな終わり方……何か微妙な気持ちになるじゃない」
何やら、別問題みたいに語られているが、悩んで考える物じゃないだろう。
恋愛事と、世界全体の人間の命だったら。
円「馬鹿ね。それくらい察しなさいよ。ほんとにもう。好きな人と世界なんて……」
桐谷「前者を取るに決まている、そうだろう未来。君と同じようにね」
先輩、その理論で言うと、俺は茉莉の事が好きだと言う事になるんですが。
しかし、円とこんな風に話してると、敵対してたなんて思えなくなってしまいそうだ。もう気安い会話なんて出来なくなるとばかりに思っていたのに。
桐谷「ん、そろそろその辺にしてやるといい。未来、誕生日プレゼントはちゃんと考えているかい?」
未来「いえ」
桐谷「それはいけないな。今からでも考えた方が良い。誕生日は大事だぞ」
そうだ、せっかく茉莉が時間をくれたと言うのに、そんなつまらない事でへそを曲げられてはたまったものではない。
でも、何をやればいいんだ。
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