04 Re/startへ



 立ち入り禁止看板の向こう側に立つ学校は、ボロボロだった。


 どこもかしこが痛んでいて、まるで周囲の景色とそぐわない。

 いつか見たテレビの中の紛争地域に経つ建物によく似ている。


 アイラの後をついて行って、一つの教室へ。


アイラ「私達はいつもここで授業を受けてたんですよ。あの日も、いつもと同じ日だった。何も変わらなかった……」


 普通の教室だ。ボロボロになっているし、机やイスなどの備品は無残な形になっているが。

 どこにでもある学校の教室だったのだろう。あの四年前の、神隠しが起こる前までは。


アイラ「私がしっかりしてなかったから。無力だったから。皆を助けられなかった。一人で生き残ってしまった……」


 たった数時間を過ごした未来よりも、アイラの方が悲しいかずだ。

 ましてやこの場所は多くの友人と過ごしただろう思い出の場所。掛ける言葉はでなかった。


 アイラは一言謝った後、部屋の中のある場所を示した。


アイラ「大体あの辺の席だったかな。可愛い服着てて、いつもつまらなさそうに座ってました。仲が良い子がいたんですけど、他の子とはあんまり喋らなくて」


 未来が出会った時とは、かけ離れた人物像だった。


アイラ「しばらくしたら打ち解けてくれていっぱい話とかしてくれるようになって、男の子みたいに活発な子なんだなって分かって、だったらどうしてずっと違うように振る舞っていたのかなって思ってたんですけど……」


 でも、とアイラは悲しそうに呟く。


アイラ「知らなかったんです。彼女が置かれた境遇を……」


 こちらに話してもいいか、どうか悩むアイラ。

 未来が続きを促そうと何かを言いかける前に、人が現れた。


アイラ「彼女は孤児だった。捨てられた人間だったのだよ。そして、彼女を引き取った家族は、本当の娘の代わりとして、彼女を扱っていた。そうだろう。結締さん」


 眼鏡をかけた女性がそこにいた。

 ぼさぼさの長髪を無造作に後ろで結んだ、一見男性のようにも見えなくもない女性、桐谷先輩が。


 アイラはその姿を見た途端、身構えた。


アイラ「貴方は……っ」

桐谷「警戒しないでくれ、私は別に敵意を持った人間じゃない。桐谷だ」

アイラ「……」


 警戒を解くどころか強まっている様に見えるのは気にせいではないだろう。


桐谷「うん? 予想以上に敵意を向けられているようだがまあ、置いておこうか。それはそれとして」

アイラ「どうしてここに……」


 何故ここにとそう思ったがが、問いには答えられない、桐谷先輩は、何もない所から本を取り出して見せた。


 淡い青の燐光を纏った本を。


アイラ「それは、魔法……?」


 アイラが呟くがそんな馬鹿なと言いたい。

 桐谷はこちらに本を放って寄越す。


桐谷「ふむ? 超能力と呼んでいるが、君にとっては魔法か。まあ、ざっとでもいいから見るといい。それを読めばすべてが分かる。それと、すまない」


 何故か分からない謝罪の事を受け取った後、投げ渡された本の文字を読み始めた。






 そこに書かれた居たのは一つの物語だ。

 一人の少年が、幼なじみの少女を、妹を助けるための。


未来「これは……」

桐谷「君が今まで行動してきた歴史書に近いかな。端的に表せれば、君を……未来を主人公に描かれた一つの物語と言えばいいか。過去改変をすると、前の世界の記憶が消えてしまうらしいな。特別な場合を除いて。その応急処置なのか分からないが、私にはこう言う能力があるらしい」


 ここに書かれている事が真実だと言うのか。

 だとしたら、この初染町で出会ったあの少女は。

 妙な既視感のあった、あの懐かしい少女は。


未来「茉莉……」


 ……なのか?

 俺は、あの少女の幼なじみで、時には兄だったと……。

 それで、そいつを助けるために、頑張っていた、そうなのか?


アイラ「その名前、彼女の本名です。じゃあ、この本に書かれている女の子?……茉莉ちゃんは私の友達……?」


 だが、この本が事実なら、俺は茉莉よりも世界を取った事になる。

 円という登場人物が……仲間が言った話が本当なら、これで世界は救われた事になるのだろうが……。


 目の前にいるキリヤという女性に尋ねる。


未来「何で俺にこの事を……」


 教えたのかと思う。

 真相を知らせずに、隠していれば俺が世界を変えようだなんて思う事など万が一にもなかったはずなのに。


桐谷「なぜだろうね。今までずっと隠してきた事なのに」


 桐谷は理由を答えないようだった。


桐谷「ただ、未来は……本心から茉莉よりも世界を選ぶ人間などではないと、そう思ったから……。という事にしておこうか今は」


 甘ったれで、泣き虫で、世話が焼けて。手間がかかった。

 けれどその存在に何度も助けられた。


 たった一人になった時にも、俺か兄の未来かどうか分からなかったのに、それでも俺を助けてくれた。


 俺はそんな彼女を見捨てられるだろうか。


 声が届く。

 いつかから届いた声が。


 どこかも分からない世界から、きっとどこかで戦っていた未来の声が。


 ――茉莉を救え。


 ――自分の命よりも大切な人を救え。


 ――救え。


 ああ、そうだ。

 それが俺の意思だ。

 変わりえない。変えるわけにはいかない。


未来「先輩、ありがとうございます」

桐谷「ん、力になれたか」

未来「すまないアイラ。俺は……」

アイラ「……」


 巻き添えになってしまうアイラに声を掛ければ、悲しそうに曖昧に微笑むだけだた。


未来「俺は、世界を変える……」


 その瞬間、本当の俺の声が果てしない時の旅へと向かう。

 

 救うべき者を、改めて救う為に。



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