第4章
01 Re
???「お金がない。仕方がなかったんだ。許してくれ、茉莉」
???「貴方には普通の子供として生きて欲しい。陽鳥家の名前を与えるわけにはいかないの。元気で育ってね……」
子供を手放そうとしている二人の男女を前にして、未来はその声を聞いていた。
出会わなければ……、良かった。
はっきりと聞こえたそれは、二人の男女へ向けていた意識の矛先を変えるのには十分だった。
悲しそうな、辛そうな男の人の声だ。
未来は、握りしめていたお小遣いをポケットへとしまい込んだ。
そして背を向けて歩き出す。
きっとあの場で、自分にできる事はない。
ならもう、両親の元へ帰るべきだ、と。そう思った。
背中から赤ちゃんの泣き声がする。
けれど、未来は振り返らなかった。
その後で、一人の少女が泣いている赤ん坊に近づいて行ったのを、未来は見なかった。
一月。
中学一年の冬だ。
高校選びやら進路選びやらとは無関係な中学生の冬は、割と暇だった。
未来達はやる事もなく休みに基地に集まってたまり場にしていた。
円「どったのー? 未来少年、そんな遠い目なんかしたりして」
未来「円……」
円「円ですがなにか?」
呼んでみただけだ。特に意味はない。
円「そ、なら良いんだけど。ねー桐谷、宿題手伝ってくんない」
深くは追求せず、円は自分の宿題に戻ろうとするのだが、自分が今取りかかかっている宿題が、分からない問題だったらしく早々に桐谷に助けを求めている。
桐谷「ん、あと三分自分で考えたら、だね。考える前から諦めてはいけないよ」
円「えー、ちょっとくらいいいじゃないー」
円達が言い合っている声を聞きながら基地内を見渡す。
広い、部屋だった。
そして何かが足りない気がする。
本来ならばこの部屋にはもっと多くの人がいて、やかましかったような気がするのだ。
円「ねーって、また遠い目になって、だから未来少年どったの? 気になるんだけど」
未来「何でもない、集中してろ。成績悪いだろ」
円「そりゃそうだけどさぁ」
なおの事ぶつぶつ言い続ける円を放っておいて未来は考える。
至極当たり前の事を。
大それたことは起きない。至ってごく普通の日常。
今日も未来をとりまく世界は平和だった。
それが幽かに違和感として胸に突き刺さった。
初染町。その街に行こうと思ったのは偶然だった。
たまたま地元に居たくて、たまたま気分転換にふらっとよその場所を訪れる。未来にはそう言う癖があった。
だが今回はそう遠くない。
隣町だ。
思い立った瞬間に、駅が近かったと理由だけで足を向ける。
当てもなく町をさ迷い歩いている時間が未来は嫌いではなかった。
気分が落ち着くし、何か悩み事があった時も考えがまとまりやすい。
時には本当にただ歩いただけで帰る事ともある。
未来としてはそれで満足しているのだが、他人から見れば訳の分からない行動にしか見えないのが難点だった。
そんな風に考え事をしていたので、曲がり角から不意に現れた少女を避ける事ができなかった。
???「ひわぁっ」
妙な声を上げて懐に飛び込む様に衝突してきた少女を見下ろすと、何故か懐かしさを抱いた。
???「ごめん、前見てなかった」
フリルやらレースやらがふんだんにあしらわれた可愛らしいと言っても良いワンピースを着る割には、雰囲気が少女と言うよりは少年っぽい。
眩しい陽の光に透ける髪は短い茶色だ。
???「ぶつかったくらいでよろけるなんて貧弱なんだね」
今のは不意打ちだったぞ。無茶言うな。
???「ねえ、この近くで猫を見なかった? 怪我してるんだけど、中々捜しても見つからなくて」
未来「見てない」
???「ふーん」
特に期待もしてなかったのか少女はそのままどこかへと行こうとするが、
気づけば未来は少女の腕を掴んでいた。
???「な、なに?」
未来「……手伝う」
???「別にいいよ。見ず知らずの人間にそこまでしてもらわなくても」
見ず知らずの、と言われた事に心の奥深くがうずく。
身に覚えのない感情が込み上げてきそうで、混乱する。
???「どうしたの?」
未来「何でもない。猫に詳しいのか?」
???「それは……。アンタは知ってるの?」
つまり知らないで闇雲に探し回ってるのか。
未来「それなりに」
別に猫を愛でる趣味はないが、周りにいる人間が話しているのを聞いていたら、そんなような情報を、自然と耳が覚えてしまっているのだ。
まるでいつか役立てる時が来ると、そう思ってるみたいに。
???「うーん……」
悩む少女だが、結局は助力を得る事を決めたようだった。
???「まあ、いいけど」
未来は手を差し出す。
少女はなにこれと言う視線を向けて来た。
よろしくの意だ。握手くらい知らないのか。
強引に腕を掴んで離した。
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