07 居場所



 坂が燃えている。

 現実に燃えているのではなく、比喩だ。


 時刻は夕時。

 家に帰る前にいつも通る坂を歩けば、沈む夕日の光で景色が赤く染まっていたのだ。そらから、赤く染まった雪が舞い落ちてくる。


 取りあえず、そんな風にしている内に一日が経ってしまう。

 さすがに二日続けて学校を休ませるのは難しいだろう。

 茉莉の扱いをこれからどうするべきか、そんな事を悩んでいる時だった。


 携帯に着信が入った。


???「やあ……、君が茉莉のお兄さんかい」


 聞き覚えのある声だった。

 茉莉の偽彼氏、許しがたい人間……氷裏だ。


氷裏「茉莉の事で話があるんだけど、ちょっと来てくれないかな。中学校まで。断ったら、どうなるか分かっているね」


 馴れ馴れしく呼び捨てにするな。

 

 それきり電話は切れてしまう。


茉莉「あれー、未来。どうしたの?」

未来「用事がある。先に帰れ」


 茉莉を置いて、おそらく茉莉の通っている場所だろう指定された場所……中学校へと急いだ。





 

 

 だが、結局氷裏が学校に来る事は無かった。

 一時間以上も待ったと言うのに、人一人来ない事に腹が立って携帯画面を確認してみれば、悪質な悪戯メールが何通も入っていて、苛ついた。


 あれは本当に氷裏だったのか。

 数えるほどしか聞いた事のない声を聞き間違えただけなのではないか、ただのイタズラ電話だったのではないか。肩透かしを受けた分だけ、家に帰る頃にはそう思うようになっていた。


 だが、俺はこの時致命的なミスをしていた事に気が付けなかった。


 それはもう間もなくこちらに突きつけられる。


 分かれて家に帰る様に言った茉莉の声が、家の中から聞こえて来てほっとする。

玄関でインターホンを鳴らし、返って来た声を愕然とした心境で聞いたのだった。


氷裏「やあ。遅かったね……」

未来「っっ!」


 あいつが、家の中にいる。


未来「茉莉!」


 ドアを叩く、ノブをひねるが開かない。


氷裏「無駄だよ。だって中から閉めたんだから外から開けられるわけがない」

未来「この野郎っ、茉莉は……どうしたんだ。アイツは……」

氷裏「静かにしてくれないかい。近所迷惑だろう? どこかに行ってくれないかい」


 どの口がほざくのか。いなくなるのはお前の方だ。


茉莉「どうしたのー、未来ー」


 インターホンの向こう側、小さくあるが茉莉の声が聞こえてくる。

 無事だった。

 良かった。

 強張っていた四肢から力が抜けそうになる。

 

 駄目だ、そんな場合ではない。助けなければ。じゃないとまた茉莉が未来の目の前から消えてしまう……。


氷裏「茉莉、大丈夫だよ。ちょっとワケの分からない人間かドアの向こうで喚いてるだけだからね」

茉莉「大変なひとー?」

氷裏「そう、大変な人だ。危ないから外に出てはだけだよ」

茉莉「うーん、分かったー。でも、困った人じゃないかな」

氷裏「大丈夫、大丈夫」


 な、んで。

 なんで、そんな俺と話すみたいにそいつと話すんだよ。


未来「茉莉!」

茉莉「あれ、でも今あたしの名前呼んだよー」

氷裏「気のせいさ。うるさいからもう切ろうか。母さんがもうそろそろ夕食を作ってくれてるしね。僕の作ったオムライスもあるよ」

茉莉「ほんとー? おいしくないやつ?」

氷裏「あはは、ちゃんと食べられるよ」


 ブツッ。


 知らしめるように聞かされた会話を最後に声が聞こえなくなる。


 しばらく呆然とした後、家を回り込んで行けば、生け垣の隙間から薄いカーテン越しに中の様子が見えた。


 母と、茉莉、父はまだ返ってくる時間ではないからいない。

 そしてそこに、いるはずのない人間が食卓を囲んで楽しく食事をしている。


 何で、何がどうなったらこんな事になるんだ。

 何であいつが俺になっている。

 俺の居場所に平然とした顔でいるんだよ。


 奪われた。

 未来の居場所を。

 今まで当たり前に過ごしていたその場所を。


 こんなにも近いのに……、そこにいるのは未来ではなく別の誰かだ。


 不意にそいつが椅子から立ちあがって、こちらへ近づいてくる。


 口元が動いて、

 ぶざまだね……。

 音もなくそう言ったのが分かった。


 その腕に抱えられているのは、今朝見た黒い髪と黒い服の人形。


氷裏「そろそろ閉めようか、ちょっと眩しいね」

茉莉「えー、未来がこっちがいいって言ったのに」

氷裏「ごめんごめん」


 そう言って、分厚いカーテンで遮断される。


 もう、見る事すら叶わない。


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