02 かれし?
それから着替えを済ませ、二回の自室からリビングへと移動。未来は食卓に加わる。
朝食を食べた後は、すぐに登校時間だ。
茉莉は中学校へ、未来は高校へ。
ただし、どちらも同じ方向にあるので、途中までは共に歩く事になる。
未来「離れろ」
茉莉「やぁだー」
いつもの坂道。
寝ぼけまなこの状態で未来の腰辺りにつきながら茉莉は歩いている。
中学になったというのに、こういう所は昔からずっと変わらない。
甘ったれで、べったりなままだ。
そんな状況で学校生活は大丈夫なのかと思うが、大した話が聞こえないので問題ないのだろう。
だが、そう思った三秒後に爆弾を放り投げてくるのが茉莉だった。
忘れていた、こいつはこういう奴なのだ。
茉莉「あのね。未来ー。えっと、あれ何て言うんだっけ。かれし? かれしできたー」
未来「……」
…………なん、だと…………。
立ち止まった未来に茉莉が何か言って抗議してくるが、耳に入ってこなかった。
そんな次第でその日の放課後は、茉莉の彼氏とやらの面を拝んでやろうと思って、高校の授業が終わるな否や中学校の前までやって来て、校門で待ち伏せる事にした。
桐谷「なぜ、そんな次第で待ち伏せる事になるのか分からないんだが……」
こちらの様子を見かけてついてきた桐谷先輩が横で何か言っているが、それどころではなかった。
彼氏。
茉莉に彼氏だと。
あり得ない。
あんなふわふわぽやぽやした危なっかしくて危機感のない天然娘を気に入る人間が存在するものか。
見かけによらずしっかりしてる所もあるし、気配りも出来るところもあるが、だが茉莉だ。
彼氏なんてできるわけがない。そいつは十中八九詐欺師だ。
桐谷「過保護すぎじゃないかい?」
感情の起伏の乏しい事に定評のある桐谷先輩だが、その時ばかりは表情からはっきりと呆れの感情を読み取る事が出来た。
確かにやりすぎかもしれない。
だが、万が一のことを考えれば、いてもたってもいられなかったのだ。
茉莉が、妹が不埒で下種な思惑に利用されるなんてことあってはならない。
もし、そんな事があった場合は、死刑だ。血の雨だ。八つ裂きだ。
桐谷「ふぅ……」
ため息が聞こえて来た。桐谷先輩に内心を読まれてしまったのかもしれない。
ふと、身近にいる数少ない、五本の指に入るくらい尊敬できる人間の一人である先輩の意見が聞きたくなった。
未来「先輩はどう思ってるんですか、茉莉に……その、彼氏って」
桐谷「ん? 彼女だって年頃の女の子なんだ、不思議ではないだろう」
未来「だからって茉莉ですよ」
桐谷「ふむ……これは重症だな。彼女だって、いつまでも小さな子供ではないんだ。恋ぐらいするだろう」
先輩の言う事は基本、理にかなってる。
けれど、今回ばかりは拒否感が勝った。
茉莉に彼氏。=で結び付けがたい言葉だ。
あり得ない、と言うのが未来の正直な感想だった。
万が一そうだとしても、利用されているか騙されているかのどちらかだろう。
桐谷「やれやれ、お兄さんは大変だね……」
待つ事数分後。
茉莉の姿が校舎から出て来た、その隣には男子生徒が一名。
未来「……」
桐谷「未来、君の人相のせいで周りの下校中の生徒が我々から離れて行っているのだが」
未来「先輩、少し静かにお願いします……」
桐谷「はぁ……」
視線の先の二人は、見る限り楽しそうに会話している。
見る限りは。
だが、近づいてくるごとに会話の内容が聞こえてきた。
???「昨日見たテレビの「いつてん」は凄かったよね、永野さん」
茉莉「面白かったねー。ねこがねこじゃらしで遊んでるとこがかわいかったなあ」
???「永野さんは猫が好きなんだね」
茉莉「うん、大好きだよ」
軽々しく好きだなんて言うな。勘違いしたらどうする。
会話の流れから勘違いしようはないだろうが。
百分の一、いや万分一の確率でもそいつがおかしな事を考えたらどうするんだ。
どこからどう聞いても、耳に届いてきたのは、なんとも楽しそうな会話でしかなかったが、やはり認めがたい。ありえない。殺そう。
べきっ。
手ごろな所に生えていた木の枝を折った。
桐谷「未来、落ち着きたまえ。今の茉莉の発言は猫に対してであって、横にいる何某氏に対してはないよ」
知ってます。
???「でも永野さん、本当にいいのかい? 今日はいつも行ってる、えーと秘密基地には行かなくて」
茉莉「うん。町で遊ぶんだよねー。一緒に行こー」
???「そっか、良かった。そういえばお兄さんの方はいいの、約束とかしてない?」
茉莉「んー、何も? 後でいいよー」
べきっ。
桐谷「未来、軽く自然破壊だぞ」
知ってます。
兄が妹にどうでもいい扱いをされた、だと。
あのべったりで甘えたがりな茉莉が……。
茉莉達はこちらに気づく素振りを全く見せず、視界の外へと移動していこうとしている。
歩き出した未来の肩を桐谷先輩が掴んだ。
桐谷「まさかとは思うが、後をつける気か」
未来「先輩。放っておくと茉莉が不良になります」
桐谷「世間に疎い私が判断する事か分からないが、あれくらいの事は普通だろう。それにこれ以上はプライバシーの侵害だぞ。いくら家族と言えども、必要以上の干渉は良くないだろう。話が聞きたければ、帰ってから聞けばいい」
未来「……そうですね。分かりました」
渋々。本当に渋々だが我慢した。
真剣な表情と声音で述べられては、これ以上我が儘を通す事もできない。
桐谷先輩の言い分も一理あるのだ。
茉莉は心配だが。見るにまだ知り合ってそう日が経っていそうなわけでもない。今日明日に何かが進展するような気配はないだろ。
これ以上は、良くない。
頭を冷やすように努めるが……。
視界の隅から消えていく茉莉の背中を視線で追いかけるのがやめられなかった。
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