第2章

01 1/7 妹



 ひどく懐かしい夢を見た。

 それは、未来が幼かった子供の頃、両親に連れられてやって来た見知らぬ土地で見た光景だ。


 若い男女が大きな建物の前で悲しそうな顔をしている。

 女の腕には生まれたばかりだろう、小さな赤ん坊が抱かれていた。


???「どうしてこんな事に、本当にこうするしかなかったの……?」

???「仕方がない事だ。これがこの子にとっても、最善なんだよ。今の僕達にはそこにある自販機で飲み物を買うお金すらないんだから」

???「でも……」


 成長した今なら分かるやりとりの意味だが、当時まだ幼かった自分には分かるはずはなかった。

 ただその二人が何か大変そうな様子でいるように見えて、ひどく悲しそうに見える事くらいしか分からなかったのだ。


未来「……」


 当時の自分は迷った。

 今、自分にはわずかばかりの力がある。

 その力を使えば、そこにいる人達の手助けになれるかもしれない。

 けれど、自分の考えが見当外れだった場合を考えるとどうしても勇気が出せなかったのだ。


 普通だったら、何もせずに立ち去っていただろう。

 だが、そうしなかった。

 声が聞こえたからだ。


 勇気をだせ。……れ。


 誰の声かも分からない。小さく頼りない声。

 けれど、その時の自分は、その声に背中を押されたような気がしたのだ。


 両親から好きなお菓子を買うようにと貰っていた小銭をポケットから出して、自販機へと走る。


 それが、その後の自分の生活を、根本から変えてしまう行動になるとは、まるで思わずに。







 家の中、二階の自分の家。

 ずいぶん昔の夢を見た後、未来は自分の体の上に何か重たい物が乗っかっているのに気が付いて視線を動かした。

 

 正確に言えば布団の上だ。

 物……というか者だった。

 そこには、あどけない顔をした妹がこれ以上ないくらい幸せそうな顔をして寝ていたのだ。


 栗色の髪をした三つ年下の、血の繋がっていない妹。未来の家族。


未来「おい」

???「すー」

未来「茉莉」

茉莉「すー」

未来「起きろ、どけ。重い」

茉莉「……んぅ?」


 ぼんやりとした視線をこちらに向けてくる茉莉は、悪いとも思ってないようで無邪気に笑いかけて来た。


茉莉「あ、未来。えへへ、おはよー」

未来「おはようじゃない。重いからさっさとどけ」

茉莉「えー、あたし重くないよ」


 ゆるゆるとした動きでベッドから、正確にはアスウェルの被っている布団の上から降りた茉莉は、欠伸をしながら伸びをしする。


茉莉「未来は、茉莉のお兄ちゃんだねー。えへへー」


 そんな分かりきった事実を改めて言う意味が分からなかったのだが、いつもの事だからいつもの様に無視した。

 どうせ寝ぼけてでもいるのだろう。


茉莉「茉莉はー、未来のお嫁さ……じゃなくて妹だねー」


 おい待て、いま決して混ぜてはいけない危険物を混ぜようとしなかったか。


茉莉「アイラちゃんに言われてたからー、口癖が移っちゃったよー」


 アイラ、確かネットを介してやり取りをしている茉莉の友人だったか。

 二次元に夢中で、アニメやらなにやらのネタを探したり楽しんだりしている茉莉はよくネットを見てるのだ。


 アイラとはその時に知り合ったらしい少女なのだが、たまに要らぬ事を妹に吹き込んでくれるから油断できない。


未来「着替える」

茉莉「……んー?」

未来「出てけ」

茉莉「えー」


 部屋の中、先ほどまで未来が茉莉を乗せて眠っていたベッドで二度寝しそうになっている茉莉をつまみだす。


茉莉「あ、お母さんが朝ごはんもうすぐできるってー」


 それは一体何分前の伝言だ。

 居眠りしていた間の時間を入れて考えろ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る