09 失踪
心細そうに、不安そうに涙ぐみながら名前を呼ぶ茉莉の手を握っててやる事しかできなかった。気の効いた言葉など思いつかない。救急車が来るまでは正直気が気ではなかった。
来たら来たで、病院に運ばれて手術室に運ばれていくまでも、気が気ではなかったのだが、一番不安だったのは視界から外れた時だった。
これが最後だったられどうしよう。
目を離した隙に何かあったら。
茉莉は昔からそうだった、目を話せば危ない事ばかりしていて。
俺が付いてて面倒を見てやらなきゃ、満足に日常を送る事もできない。
そんな風に気をもんでいた未来だが、処置は無事に終了した。
幸い怪我は運が良かったらしく思ったより大きくなく、比較的に早く退院できるようだった。
けれど、解決していない問題がある。
あの時、茉莉を連れて行こうとした人間は一体何者なのか。
茉莉を一体どうするつもりだったのか。
だが、その事についていくら茉莉を問い詰めても、知らない、分からない、「未来のばかっ」の繰り返しだった。
隠し事をしている風でもない茉莉に大してどういう風に接すれば良いのか分からず、戸惑うしかなかった。
情報が得られず困り果てていたところに、手を差し伸べたのはそれから小一時間後に駆けつけた桐谷先輩だった。
桐谷「最近巷をにぎわせている存在、ちょとした催眠術が使える詐欺師がいるんだが、知っているかい?」
茉莉の見舞いを済ませた後、返り道で先輩に述べた言葉。
未来は首を振る。
桐谷「その人物は中学生とか高校生くらいの少年少女の心の弱みに付け込んで、あの手この手で言いよって商品を買わせてしまうらしいよ。良心的ではない……ふむ悪心的な値段でな」
悪心的なる言葉が世の中に存在するのか分からなかったが、それについては一体置いておいた。緊張をほぐす為の冗談だったのだろうか? いやまさか、先輩限って。
未来「茉莉と何か関係があるんですか?」
肝心なのはこのタイミングで出された話題だという事だ。
桐谷先輩は、返事をするよりも前に折り目のついたA4サイズのチラシを見せた。
持つだけで成績が上がるとか、願い事が叶うとか、そんな分かり切った大ウソが並ぶ商品の広告だった。
桐谷「茉莉の上着のポケットに入っていたのだよ。これが先の話に出てきた詐欺師の広告だとしたら……?」
未来「まさか」
美味い話にひょいと乗っかって、関わってはいけない人間に関わったと言う事なのか。
桐谷「そういう人間の手口は実にありふれている。悩みを持ってそうな者に近づき、甘い言葉で惑わせて彼ら彼女らを自らのホームへおびき寄せる。密室に閉じ込めて、体力を消耗させるまであの手この手で時間を稼いで、判断力を奪い、自分に都合の良い契約を結ばせる」
実によくあるありふれた手口だ。
だが、そんな事が身近にいる人間に実際に起きているなどと、普通は思えないだろう。
桐谷「だが、それだけならまだしも。今回の件は少々厄介でな、被害者はかなりの数に上るらしい……、警察の方も数が数だけにさすがに動いているらしいが、未だ全貌が掴めていない」
桐谷先輩が苦り切った様子で続きを口にしようとするのだが、その途中で携帯がなった。
滅多にかかってこない茉莉の両親からだった。
一度目は茉莉が夜に家を抜け出した時の事。
二度目は友人の家で騒いでいて、そのまま夜を明かしてしまった時だ。
どちらの茉莉がいなくなった時の事だった。
嫌な予感がした。
未来「すいません、先輩」
断りを入れてから、携帯を操作。耳に当てる。
そこから聞こえて来た内容は、やはり……。
未来「病室から茉莉がいなくなった、ですか。いえ、見てはいないです」
そんなものだった。
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