08 襲撃者



 茉莉が家の外にちゃんと出て来られたのは薬がちゃんと効いたのか、次の日……というか日付が変わっていたのでもう今日の事だった。


 携帯で「なおったよー」という能天気なメールが届いたから。朝一番で知った。即座に「自宅待機。出たら罰」と返しおいたのもむなしく、勝手に出て行ってしまたらしい。よほど退屈だったのだろう。


 その日は記念日だか何だかで学校が休日だった。未来の通っている学校と茉莉の学校。近くに立てられている事もあり、何かとイベントや行事スケジュールを合わせる事がよくあるのだ。


 今日は地元である祭りの日。彩葉祭の日であるのも関係しているだろう。

 夜になると、近くの公園で出店が並び、ちょっとした花火も打ち上げられるのだ。


 家にいてもだらだらしてしまうだけなので、久々に茉莉と二人でどこかに出かけるかと思ったのだが……。


未来「茉莉……? 家でじっとしてろって言ったのに」


 その日は茉莉の誕生日でもあった為、病み上がりでもテンションが上がって外出してしまうのは分からなくはないのだが、分からないのは別の事だ。


 傍に見知らぬ男がついている。

 見た事のない風貌の男性だ。

 茉莉の交友関係は一通り把握している、聞いてもいないのに、よく話してくるからだ。

 顔も名前も知らない奴もいるだろうが、それにしたって、その男は年齢が離れすぎていた。


 三十代、いや四十代くらいの人間の知り合いなど、おかしいと思わざるをえないだろう。


 誰だ……?


 そいつは茉莉に何かを話しかけて、腕を引いてどこかに連れて行こうとする。

 茉莉は特に嫌がる素振りは見せない。

 うつろな瞳をして、相手をじっと見つめるのみで。


 そんな光景を見て、心配にならなかったら、おかしいだろう。

 なんせあの茉莉なのだから。


未来「茉莉!」

茉莉「あ、未来。どうしたのー」


 姿を見せると、気が付いた茉莉がこちらに走って来て飛びついてくる。


未来「あいつは誰だ」

茉莉「あいつ?」


 茉莉は周囲を見回す。

 未来はさっきまで茉莉の傍にいた男を示そうと思ったがいない。


未来「さっきお前の腕を掴んでいた奴だ」

茉莉「えー、そんな人いないよー。未来が声を掛けてくれるまで一人だったよー」


 そんなわけあるか。俺はこの目ではっきりと見たんだぞ。


茉莉「変な未来。ねぇ、それより遊ぼうよー。最近新しいゲームセンターが近くに出来たんだよー」


 しかし茉莉はまるで何事もなかったかのようにふるまう。

 まるで本当にそんな事なかったかのように。


 隠し事をしていると言う雰囲気は全くない。

 茉莉が何かを隠す時は、こんなふうに自然に振舞えるはずなんてないはずなのだ。


未来「熱はいいのか、風邪は」

茉莉「なにー? あたし病気になんてなってないよ?」

未来「……」


 訳の分からな事を連続で言うな。


 それともまだ熱でもあるのか。


未来「おばさんには言って来たのか?」

茉莉「お母さん? お母さんー?」


 何故だか、その時だけいつも喋ってる時と違う様子に見えた。


茉莉「それって魔女の方?」


 お前の母親はいつから人間をやめたんだ。


未来「抜け出してきたのか」

茉莉「逃げて来たー」

未来「……」


 親にも言わずに家から抜け出してきたのか。

 こいつは……。

 安静にしてろと言ったのに。


 未来は茉莉の腕を引いて、強制送還するべく歩き出す。


茉莉「ねー、どこに行くの?」

未来「帰れ」

茉莉「えー、遊びたい」

未来「熱がぶり返したらどうする」

茉莉「あたし病気なんかじゃないよー」


 数日前にベッドの上で顔を真っ赤にしていた人間が何を言ってる。


茉莉「ねー、未来変だよー」


 変なのはお前の方だ。

 熱だな。やっぱり病気だな。お前。


 人ごみをかき分けて道を進んで行く。

 だが数メートルも歩かない内に、さっきの男が立ちふさがった。

 その他にもいる。一人じゃない。


???「……」


 男達は何も言わない。

 だが顔つきや雰囲気を見て、未来は直観で分かった。

 こいつらは普通じゃない。


未来「お前らは……」

???「その娘は我々に不都合な事を知った」


 未来が何かを言いかけるがそれよりも前に、一人が突っ込んできた。

 腰だめに構える姿勢で、手には鈍い光を放つ物が握られていて……。


茉莉「未来!」


 それは、ナイフ……?


 突然の事態に動けずにいると、茉莉に突き飛ばされた。


 男が持っていた凶器が、茉莉の体に深く沈みこんだ。


未来「……っ」

茉莉「ぃたぃ……ょ」


 辛そうな声。

 あのまま立っていたら、未来が刺されていたはずなのに、茉莉に庇われたのだ。


未来「茉莉! 馬鹿っ、お前……」


 茉莉からナイフが引き抜かれる。

 赤い血しぶきが待った。

 周囲が騒がしくなるが気に何てしていられなかった。


 だって、茉莉が刺されたのだ。未来を庇って。

 ナイフを持った男もまだ目の前にいる。


 男は再びナイフで未来を刺そうとする。


 体が動かない。

 人生で凶器を持った人間に立ち向かった事などない。

 そんな人間相手にどう立ち回ればいいかなんて分からなかった。


 だが、棒立ちになっている未来を助けたのはまたしても茉莉だった。


茉莉「やめて……っ」


 男にしがみついてその身動きを封じたのだ。


茉莉「未来を、殺しちゃだめっ」


 俺は何をしているんだ。

 二度も。


未来「うあぁぁぁぁぁぁっ」


 恐怖を誤魔化す様に声を上げて、男に殴りかかる。

 凶器を持た手が動く。腹をえぐった。いや、かすっただけだ。


 正直痛い。


 だが泣き言は後だ。

 茉莉はそんな痛みの中、動いているのだ。

 未来が止まるわけにはいかない。


未来「よくも……っ」


 顎を殴りつけたのが良い所に入ったのか、男は気を失って倒れた。


 一緒に倒れていく茉莉を支える。


茉莉「み……らい……」

未来「喋るな。大丈夫だ。すぐに病院に連れて行ってやるからな」



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