06 1/9(木)~1/10(金) 見舞い
疲れる様な運動をした翌日の平日。
いつもの待ち合わせ場所にいっても茉莉とは顔を合わせなかった。
……その次の日も。
別に珍しい事ではない。
茉莉はこれまでも、何度か休むことがあったし、熱を出したり、風を引いたりした事があった。人間なのだから病気にぐらいなる。
……そう思うのだが、何故か落ち着かなかった。
その日の学校帰り、茉莉が顔を出さなかった事に、家に見舞いにでも行くかと考えながら、茉莉の好きそうな菓子をコンビニで見繕う。
今日は桐谷先輩も隣にいて、例の基地には顔を出さずに、家へ向かうつもりだった。
桐谷「やあ、遅くなってすまないね」
未来「いえ、気にしてません。いつもは俺の方が遅れてますし」
合流場所にやって来た桐谷先輩とともに、茉莉の家がある方へと向かい歩く。
学業とは別に行っている先輩の研究にたびたび付き合っている未来は、いつもどれだけ早くいっても先を越されていたのだ。
本当に待ち合わせの何分前に来ているのか気になる。
桐谷「そういうときは、研究内容の復習やらしているのさ。外にいた方が頭が働く事もある」
未来「はあ……」
聞いてもそんな風にはぐらかされるだけだが。
先輩の父親は、新薬の研究開発をする会社の社長だったのだが、昔失踪してしまってその代わりに、よく研究を任される事があるらしい。
その手には、数冊の漫画本と傘が握られていた。
漫画はたぶん暇している茉莉にだろう。
傘は……。
未来「今日の天気、雨の予報でしたか?」
空はこれ以上ないくらいさえわたっている。
ここから空模様が変化するなど想像できないのだが。
桐谷「通り雨が降るだろう、と私は睨んでいる。なに、念の為だよ。深く考える事はない」
未来「はぁ」
この先輩、たまに突拍子もない事をしたりすることがあるが大抵は理由があるし、後に必ず助かるような行動をとるのだ。
まるで未来に起きる事があらかじめ分かっているのではないかと言いたくなるような事なのだが、ただ単に勘が良いだけだろう。
桐谷「……腕で六回。足に八回。頭部に二回」
未来「何ですか」
唐突に掛けられた言葉に未来は聞き返すが、その反応は彼女にとって望んだものではなかったらしい。
桐谷「知らない、か。いいや、忘れてくれ。私の考えている事が杞憂ならば、それでいいんだ。私は少々そういう常識には疎い所があるのでな」
だから何の事なのか。
気になったが、一度ひっこめた事をそう簡単にまた話してくれるような人間ではない。そんな事が分かるぐらいは、今までの付き合いでよく分かっていた。
桐谷先輩と共に、茉莉の家を訪れ部屋へと上げてもらう。
家はそれなりに大きかった。
そして肝心の茉莉だが、ベッドの上で赤い顔をして寝込んでいた。
茉莉「みら……い……?」
ぼーっとした様子で視線を向けてくる。
辛そうだった。
未来「大丈夫か?」
茉莉「……だいじょぶ、ない」
額に手を当ててみる。
暑い。
桐谷「む? 茉莉、薬は飲んだのか」
桐谷先輩が近くに置いてあった小さな包みを手に取る。
白い粉末状の薬が入っている。
近くには水の入ったコップ。
茉莉「だって、苦い……」
原因が分かった。
そんなんだから治らないんだ。
未来「わがまま言うな」
茉莉「やだぁー」
茉莉は布団をかぶって隠れようとするが、ひっぺがえす。
未来「いいから飲め」
茉莉「やーだー」
包みを突きつけるが茉莉は顔を背ける。
さすがにイラっとした。
普段我がままを言いつつも、本当に大事な所ではちゃんと聞きわけている所のあった茉莉だ。好き嫌いで薬を拒否するなんてことをしていたとは思えず、つい口調が荒くなる。
未来「口あけろ」
茉莉「やーあーだーっ」
未来「おい……っ」
そんなに嫌だったのか、ベッドから飛び降りで逃走を図ろうとする。
慌てて捕まえるが、涙目になって必死に逃げ出そうともがく。
茉莉「やだっ……ばかっ……やーだぁっ!」
未来「暴れるな、馬鹿」
桐谷「これは、私でも分かる。傍から色々と見たらひどい絵だな……」
離れた所で荒事があまり得意ではない先輩が呟くのが聞こえた。
暴れている年下の少女を抑え込もうとする男。
確かにひどい。
だが、こればかりは譲れないのだ。
未来「茉莉! いい加減にしろっ!」
茉莉「っ……」
驚いて硬直する茉莉をベッドまで連れてって、戻す。
未来は別に我がままを言った事に怒っているわけではない。
薬を飲んでいなかった事に大して怒っているのだ。
渋々と言ったように包みを破って粉末を口の中に放り込み、水で押し流す。
茉莉「――――ぅぅぅぅぅ……」
おもいっきり表情をしかめて、今にも戻しそうな顔になる。
そうとう苦味のあるものらしい。
茉莉「未来ー。治ったら、……お菓子、買ってー。激辛の、プレミアー」
いつも食べてるやつより高いやつだ。
未来「考えておく」
茉莉「約束だよー」
治った直後には体の負担になりそうだから食わせられないので、口に入るなら少し後になるだろうが。
茉莉はそう言って、先程より気分が悪そうな様子で布団の中に潜り込んで行く。
桐谷「ふむ、厳しいようでやっぱり甘いな、君は」
未来「普通です」
桐谷「そうか? ふふふ……」
楽しそうに笑う桐谷先輩は珍しい。
おかげで異論があってもそれ以上抗議する気にもなれなくて、口を閉ざすしかなかった。
それからは、今後もちゃんと薬を飲むように口を酸っぱくして言い含めた後、祭りの家を後にした。
帰り道は驚く事に雨に降られた。
空には重苦しい雲がある。
桐谷「ふふ、傘があって助かったろう?」
いつも表情の透くない桐谷先輩が笑みをこぼして、開いた傘を差しだす。
未来「凄いですね、まるで予知能力みたいです」
桐谷「私のそれは、そんなものではないよ。羨む様な物でも、評価を与えられるようなものでもないさ」
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