05 痕跡



 進んだ先には、洞窟があった。

 傍には大きな桜の木が植えられている。


 何を思ったのか、茉莉がその下に落ちている木の枝を拾って、二次元に出てくる魔法使いのごとく杖みたいに振り回し始めた。


茉莉「ふんふんふーん」

未来「また、魔法使いごっこか?」

茉莉「ごっこじゃないよー。桜の木にはね、魔力がすっごく詰まってるんだよー。だから持ってると便利なの」


 そうかそうか、それは良かったな。たまに虫がついてるから、かまれたりしないように気を付けろよ。


 円達は洞窟の方を覗き込んでいる。


円「中見えないわね。有栖、お願いしていーい?」

有栖「全く、私は懐中電灯じゃないわよ」


 文句を言いつつも、有栖が小石を拾って投げる。

 投げられた小石は光っていて、洞窟の中を弱い光で照らしだした。


 物を光らせる能力、それが有栖の力だ。

 その力のせいで、人間関係で色々と悩んでいる有栖にとっては、あまり使いたくないものだろう。

 顔をしかめていた。


 だが、円に悪気がない事は分かっているのだろう。

 トラウマになるよりは楽しい事に使った方が良い、なんて能天気でいて的を得ている誰かさんの意見を採用する形で、有栖は嫌がりつつも機会があればこうしてちょくちょく力を使っているのだ。


 有栖の周囲にいる分からず屋の人間達に物申したついでにケンカになって、元の学校を退学なった身としては、一応前向く姿勢でいるそんな様子に安堵していたりもする。口には出さないが。


茉莉「有栖ちゃん、だいじょうぶ?」


 その様子に、茉莉が声をかけるが有栖はつっけんどんな態度だ。


有栖「心配してもらわなくても、平気よ」

雪高「つまり、心配かけて御免だってさ」


 雪高に翻訳されて、顔を赤くする有栖。

 態度が悪いのは見かけだけで、実はツンデレだった。


茉莉「有栖ちゃんは、雪くんと一緒にいられて幸せだねー」

有栖「な、何でそうなるのよ。変な事、言わないでよ」

茉莉「えー、あたし変な事なんて言ってないよ。ねー、未来」


 こっちに振るな。


桐谷「微笑ましいやり取りは置いておいて、そろそろ進まないか。円が先に行ってしまったので心配だ」


 桐谷先輩に言われて気が付く。

 確かにいなかった。

 よく分からない場所で、そんな簡単に一人で行動する度胸が理解できない。





 洞窟の中は、意外と快適だった。どこかにつながっているのか、風通しも良くて、じめじめしている事もない。


桐谷「誰かが使っているのかな? 悪の秘密結社が根城にしているとか」

未来「桐谷先輩がそんな事言うなんて珍しいですね」

桐谷「私だって、そういう空想をする事はあるさ」


 先輩はもっと、現実的な事しか考えないと思ってましたよ。


茉莉「桐谷さんが言ってる事、あたしも分かるなー。なんだが、悪い研究者さんが、秘密の研究をする為に、世間の目から離れて住んでるみたいだよね」

雪高「茉莉姉ちゃん、アニメの見すぎ。それか漫画の読みすぎ」

茉莉「えー、雪君は思わないの?」


 小学生より、幼稚な考え方をしてるらしい、茉莉は。

 いや、そんな事言ったら、先輩まで悪く言う事になってしまうか。


有栖「うぅ……」

未来「どうした?」


 いつもなんやかんやで、雪高と茉莉が仲良く話しているのに割り込んで行く有栖が青白い顔をしているのに気が付いて話しかける。


有栖「べ、別に怖がってなんかない……わよ」


 怖がっていたらしい。

 考えてみれば周囲は暗いし、人気もない。小学生の少女が怖がるのは当然だろう。


 未来の周囲にいるのは、おかしな人間ばかりだったので、少しばかり常識を忘れてしまったようだ。


 離れた所で、何もないはずなのにキョロキョロ周囲を見回して「まりょくー」だとか「やみぞくせい?」だとか二次元台詞を言ってる、落ち着きのない様子の幼なじみに声をかける。


未来「茉莉、こっちこい」

茉莉「んー、呼んだ? あ、そっか有栖ちゃん、怖いよねー」

雪高「あ、ごめん。お前、そう言うの苦手だったよな」

有栖「ちょ、生暖かい目で見ないでよ、別にあたしは平気なんだからっ」


 茉莉と雪高に挟まれて歩く有栖がうるさくなったが、これで問題は解決だろう。


 後は、先に進んでった円の方だ。


 ほどなくして、その姿が見つかる。


桐谷「心配したよ、円。ん、どうしたんだい?」


 桐谷先輩が声をかけるが反応が返ってこないことに訝しむ。


円「これ、二次元? ……的な物がたくさん落ちてるんだけど」


 円の視線を追っていくと、底には、剣だの杖だのアニメや漫画の世界から飛び出してきたかのような、そんなファンタジーな道具が転がっていた。


桐谷「ふむ、とりあえず分かるのは私たち以外の誰かがここに来た事があると言う事だな」


 突っ込みどころがありそうな景色の中でも先輩は冷静だ。


円「冒険ごっこ? でもしてたのかしら、でもそれにしては剣が本物っぽいんだけど……って、いたっ」


 落ちていた剣を拾った円が叫んだ瞬間、刀身に触れていた指から血が流れだした。切ったようだ。剣は本物だった。


茉莉「わ、大変だよ未来。円さん怪我しちゃった」

桐谷「円、絆創膏を貼る。手をだすといい。こういう事もあろうかと、用意してきたからな」

円「あ、ありがと」


 先輩も持ってたのか。やっぱり茉莉の影響だろうか。さすがに消毒液は持参してなかったようで貸し出したが。


 処置を受けた後、円は不可解な状況にも関わらず喜んでいた。


円「なになに、怪異っぽくなってきたじゃない。良いわ、面白い。これでこそ、やってきたかいがあるわね」

未来「報告するつもりか」


 まさか、と尋ねるが本当にその気の様だった。


円「あったりまえじゃない。どうせ誰かの悪戯なんでしょうけど、こんな物残してくれたんだから、精一杯利用してやらなくちゃ。スクープはあたしの物よ」


 そう言うわけで、神隠し調査の整理品として、洞窟の情報を持ちかえったのだった。


 人がいた形跡があるのに、勝手な事をしていいのか。ヤバい事にならなければいいんだが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る