02 秘密基地



 学校の授業が終わった後に、足を向けるのは住宅地からは外れた場所だ。

 途中で一応、茉莉の為に菓子もコンビニで買いこむのも忘れずに。


 見慣れた道を通って十数分。

 対して遠くもない場所にあるその建物が目に入った。


 古めかしい建物。

 見た目的には西洋風の造りの洋館にも見えなくもないそれが俺達の、秘密基地と称している場所。

 だがその実は、使われなくなった温泉施設でもあり、内部には広い浴場と休憩所がそれなりの数存在している。

 外面の設定を間違えたため想定より客がこなくて閉鎖になったというアホな理由が背景にあったりしなければ、俺達が今この場所を利用できていたりはしなかったのだ。

 

 基地での活動は特になかった。利用している者はそれぞれ好きな事をしてだらだら時時間を過ごすのみだった。


(茉莉風に言って)成長期が年中超絶爆進中である緑のつたに覆われているさびれたドアを開けて室内へ。


 内部には明りがついていた。

 おそらく俺が来るより前に、誰か来ていたのだろう。


 使われなくなる前は何人もの人間が行き来したであろうであろう広い玄関を通り、施設の室内へ。


 受付だっただろうカウンターの横を通り過ぎ、長い廊下を歩いて比較的一番近くにある部屋の扉に手を開ける。

 開けると、中には予想通り先客がいた。


 元は休憩所として利用されていたらしいその場所は、広い畳張りの和室だ。


 部屋を縦断するように置かれている長い机が、扉から一番離れた奥に置かれていて、先客はそこで各々が宿題やら読書やらにふけっているところだった。

 

 と、こちらに気づいた彼女らが顔を上げる。


桐谷「ん、来たね。遅かったじゃないか」

茉莉「あ、未来ー」


 高校の先輩である一つ年上の女性……九十九桐谷つくもきりや

 と、今朝ぶりの幼なじみ茉莉。


未来「茉莉の我がままで、時間を食ったものですから」


 そう言って、コンビニ袋を掲げて見せると、「なるほど」と納得の言葉が返って来る。


 コンビニ袋を揺らしてやれば餌を持った飼育員を発見した小動物の様に、幼なじみの少女が寄ってくる。

 大人しくその場で待っていられなかったのだろう。茉莉が走り寄って来て手を伸ばした。


茉莉「お菓子、お菓子。買って来てくれたー?」


 だがそこで素直に渡してやる俺ではない。


 余分な道を歩かされた労力と、余分な金銭を払わされた財力の分だけ、イジメてやらねば気が済まなかった。


 菓子が入った袋を高く掲げて見せる。


 当然、茉莉の伸ばした手は空振った。


茉莉「あ、未来。いじわるしないでよ。ちょうだいよー」


 飛んで跳ねる茉莉を適当に相手しながら、もう一人の人物へと声を掛ける。


 表情を見る限り何か困った事は起きていない様に見えるが念の為だ。


未来「桐谷先輩、茉莉は何か迷惑をかけましたか」

キリヤ「いや、いつも通りだったよ。そういう君の方が苦労したんじゃないかい?」


 その通りだ。

 いつものコンビニで運悪く品切れだったため、もう数分余分に歩かなければならなかったのだ。

 茉莉のせいで要らぬ労力を使った。


 だがそれに懲りずに俺という人間は、きっと次も茉莉の頼みを聞いてしまうのだろう。


 貯めジャンプをして未来の手から袋を横どった幼なじみが、袋の中を見て嬉しそうにしているところなどを見てしまうと、特にそう思ってしまう。


桐谷「甘やかしすぎるのは良くないが、ふむ……どうだろうね」

未来「甘やかしてるつもりはありませんよ。確かにたまに面倒くさいと思う時もありますけど」


 心外だとばかりに言い返す。

 茉莉はおれにとっては妹のような幼なじみだが、世にいうシスコンなる存在にはなりたくなかったし、言われたくない。


 そうでなくても、茉莉は一見我がまま放題に見えても一応分別がついている。


 ぽやぽやしている様にしか見えない茉莉だが、度を超えた我が儘は言わないし、ちゃんと人にかけていい迷惑についてはわきまえている。

 度を超えて甘やかすなんてないし。特別な日以外は滅多にない。


茉莉「あ、あった。激辛チップスー」


 そんな話題の主である幼なじみは、未来の視線の先で彼女の目当ての品物であった、菓子袋を開封していた。見た目や言動や雰囲気に惑わされてはいけない。こいつは中々の辛党なのだ。


 前に茉莉の食っていたカレーライスを横取りしてみたら地獄を見たくらいだ。


茉莉「おいしー。未来、ありがとー」


 幸せそうにぱくついている茉莉を背後にくっつけて、室内の定位置へ移動。

 そのまま扉の近くに立っていても意味はないので。

 向かうのは、茉莉が元座っていた場所の隣だ。


 そこで、高校で出された宿題を広げて、終わらせるべく取り掛かるのがこの基地での俺のいつもの行動だった。

 本日もそれに倣い勉強道具を広げていく。


 なぜ家でも図書館でも学校でもなく、こんな場所に集まるのか。


 そう尋ねられても、俺は何となくとしか言いようがない。

 本当に何となくそういう流れになったから集まっているだけなのだ。


 茉莉に聞けば楽しいから、桐谷先輩に聞けば人の意見が聞けて広さもあって合理的だから、という話が聞けるが。


 未来はそのどちらでもなかった。

 本当に何となく、ここにいるだけだ。


茉莉「あ、そうだ。未来、あのねー。まどかさんは用事があるから来れないって。ゆきくんや有栖ありすちゃんもだよー」

未来「そうか」


 俺が座るのに合わせて隣に座り直した茉莉は、今この基地にいないメンバーの出席状況を知らせてきた。


 篠塚円しのづかまどか香西雪高こにしゆきたか川柳有栖かわやなぎありす、以上三名もこの基地を利用するメンバーだ。


 円は俺と同じ高校に通っている人間で、桐谷先輩ど同学年。一応先輩にあたる。

 雪高や有栖は小学生で、こっちは茉莉が町をぶらぶら歩いている時に知り合って基地に引っ張って来た人間だ。


 そんな三人がいっぺんに欠席する事はなかったので珍しい日だった。

 三人とも特に体が病弱だとか、遠くに住んでるという事情はないので、大抵なら基地に顔を出すからだ。


 いつもは合計六人が存在する基地は、煩くやかまししいのだが、今日は比較的静かだった。


 いつもと違って無駄な横やりを入れられることなく、宿題が進められる。

 ありがたい事だとそう思うが、やはり見慣れない景色と言う物は、人の意識に引っかかりをもたらせるのに十分だったようだ。


未来「…………」


 静かすぎて思ったより集中できない。


 そんな事を考えて、広げた自分のノートから視線を外してあちこちへと様y和せていたら、視界の隅に怪しげな物体が移り込んだ。


 それは隣に座っている茉莉の読んでいる本だった。

 色褪せた本だ。そしてところどころ傷みのある、何の言語で書かれたのか分からないタイトルの本。

 色合いは全体的に赤い色で、絵柄に魔法陣らしきものが書き込まれていた。


 まるで、怪しげな老婆が怪しげな道具を使って、怪しげな呪術を書きつられたかのような、そんなとても怪しげな書物。

 周囲の人に「さあ私を怪しんでみてください」とでも主張しているかのような物体だ。

 何だそれは。

 お前は馬鹿か。


茉莉「ふんふんふーん」


 しかし、当の本人はこちらの胸中も知らずに、鼻歌なんぞを歌いながら楽しそうにその本に目を通していた。


 いったいそんな物、いつ手に入れたのやら。

 俺の記憶を探る限り、あんな本は茉莉の持ち物にはなかったはずだが。


未来「……茉莉、宿題は終わったのか?」

茉莉「あっ」


 話かけつつ、その本を奪取。

 横から掴んで奪い取ると俺を見て、茉莉は頬をむくれさせ、そして抗議してくる。


茉莉「あたしの本ー、読んでる途中! 宿題なら後でやるもん」

未来「先に終わらせてからにしろ」

茉莉「えー」

未来「何回、後でやるで終わらせられなかったと思ってるんだ」

茉莉「うぅ……」


 未練の視線を未来の手元に投げつつも、茉莉は言葉を無くしている。

 終わらせられなかったという過去の歴史と確かな実績に言葉が出なかったようsで、渋々ながら宿題に取り掛かっていった。


 そう。

 クチは減らないし文句は言うが、言う事はちゃんと聞くのだ。


 別の本(今度はちゃんと教科書だ)を新たに取り出して広げていく茉莉は、こちらを見て一言。


茉莉「友達からもらったやつなんだから、乱暴に扱っちゃだめだからねー」


 どうやら怪しげな本はやはり借りた物だったらしい。

 当然だろう、茉莉は見つからに夢見がちな少女だが、それはもっと明るい方への興味によるもの。こんな怪しげて、首をかしげたくなるような物を収集するような趣味はないのだ。

 短くない付き合いで茉莉の趣味は把握しているから、おかしいと思った。


 どうせ、口先で良い様に丸め込まれて処分に困った本でも渡されてしまったのだろう。


 難しい表情で教科書やらノートと視線で格闘し始めた茉莉を横目に見ながら、俺は、幼なじみから奪い取った本をめくって中身に目を通していくj。


 英語とは少し違う様が、大体そんな雰囲気の文字で書かれた本だった。

 魔法陣やら、鉱石やらのイラストが描かれていて、細かいメモの様な物も隅にびっしりと書き加えられている。専門性の高そうなオカルト本に見えた。


 こんなものを押し付けた人間はいったいどんな輩なのか、それが少し心配になった。

 そいつ友達なんだろうか。


 しかし気になると言っても、宿題に乗り気になった茉莉の気を引いて邪魔するのも後々面倒なので、質問は後に回す事にした。テーブルに乗っかっている己の分へと意識を戻していく。


 聞きたい事があれば帰りに聞けばいい。どうせ変える時も同じ道をとおるのだから。


 そんな風にしていつもより、静かな基地での時間は過ぎ去っていった。


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