第1章
01 1/7(火曜) いつもの朝
――それは、
遥か彼方の時空の先、遠い未来のいつかに届く声の物語。
1月7日
雨上がりの朝、町を濡らす水滴が太陽光を受けて光り輝いている。
湿気を含んだ空気は、肌寒くある朝の気温をいつもよりも一段と冷やしていた。
季節を考えれば天がもたらす恵みは凍てつき、雪になってもおかしくはなかった。だが、どうやらそうはならなかったらしい。おかげで登校が楽だ、と
家を出て、数分。
しっとりと濡れたアスファルトを一定の速度で歩いて移動していた俺は、幼なじみと合流する場所に着いて辺りを見回していた。
長い下り坂の手前。それなりに広さのある公園の近く。
周辺のガードミラーの下で待つのがいつもの習慣だった。
雨粒したたるガードミラーは、誰かがやったのかバイクか車でもつっこませたのか、最近三か所ほど折れ曲がった状態になり、幼なじみに「関節くん」と名付けらている。……どうでもいいか。
さて、今日は来るまでに何分かかるのか。
そんな事を考えながら待ちぼうけをくらう準備をしていると、近くで人が動く気配がした。公園の方だ。正確には公園の周囲に植えられている垣根の方。
冬などは到底、植物は大抵色褪せて背景とかしてしまうのが常だが、その時ばかりは水滴と言う名の装飾をつけて極寒なる冬の主役だと、そう主張せんばかりに輝いていた。
その垣根がガサゴソと動く。
?「こらぁー」
そして少女の声で喋った。
?「おとなしくしろー」
二回目。
未来「……」
垣根へと歩み寄り、しゃがみ込む。
すると、先ほど立っていた位置からは見えない小さなお尻が垣根の隙間から覗いているのが見えた。
?「あばれちゃだめでしょー」
幼さをうかがわせる少女の声に合わせて、垣根がまた揺れた。
未来は両手を伸ばして垣根の中に手を突っ込み、見えているお尻の先にあるであろう腰を掴んでみる。
声はまだ自らを捕えた物の存在に気づかない。
?「よし、捕まえ……、ふぇっ」
なので手っ取り早く引っ張る事にした。
ズボリ。
土に埋まった大根やニンジンでも収穫するかのように無造作にそれを引っこ抜いてた俺は、腰のうんとその先に着いていた間抜けな顔が振り返るのを待った。
?「あ、未来おはよー」
そこにあるのは見慣れた幼なじみの顔だった。
おはよーじゃない。朝っぱっから何をしてるんだお前は。
塗れた垣根に半身どころか全身突っ込んだ少女は、体中に葉っぱをつけてとてもほどよく湿ってしっとりしていた。乾燥知らずだ。この冬の寒い時に。
猫「にゃー!」
少女の腕の中には、トラ柄の猫がいて、元気に鳴き声をあげている。幼なじみは先程、これに話しかけていたらしい。
額に手を当てながら、一応尋ねてやる。
未来「
茉莉「えへへ、遊んでたー」
冬の朝、雨水まみれになりながら垣根の中で猫との戯れにふける少女。目の前にいるそんな少女こそが、未来の幼なじみである、
病気予備軍となっている茉莉の健康を気遣う為に、ハンカチで出来る限りの水気をふいてやった。
まったく、世話がやける。
その後、俺達は目的地へと向かう為に足を進めていく。
栗色の髪に猫の様な大きくて丸い瞳、そして年齢より低く見られがちの幼い顔立ち。
目の前にいる少女……茉莉は俺にとって、三つ年下の妹のような存在だった。
茉莉「でねー、未来。昨日は大変だったんだー」
未来「ちゃんと前見ろ」
学校へ向かいながら、茉莉が俺の胸辺りの位置から話をしてくる。
それは幼なじみの背が低い、という理由もあるのだが別の理由もある。今の彼女はこちらにべったりとしがみついているからだ(ちなみに猫はもうすでにどっかに走り去っている)。何とも邪魔くさい姿勢。迷惑極まりない行為。罰金ものだろう。
未来「歩きにくい、離れろ」
とりあえず茉莉に注意するのだが。
口を尖らせる反応が一つだけ。
聞き入れられないのはいつもの事だった。
祭り「やーだぁー」
やーだぁー、じゃない。
苦言を呈すのだが、俺はそう言葉を尽くさない内に諦めてしまう。
こちらに、顔を寄せて心地よさそうにくっついている茉莉があまりにも幸せそうなので、いつも怒る気が失せてしまうのだ。
それにどうせ、引きはがしたところで、またくっついてくるだけだから。
俺の行動に意味がなかった。
俺の通う学校は高校、茉莉は中学。
それぞれ通っている学校は違うのだが、その二校が互いに近い場所に立っている為、朝はこうして二人で途中まで登校する事になっていた。
肩を並べて二人で登校するのが日課となっている。
茉莉「ねー、未来ー。帰りにお菓子買ってきてよー。秘密基地の分がなくなりそうなんだもん」
秘密基地、とは未来たちが放課後に拠点にしている空き地の事だ。
使われていない建物の内部だが、未来達が邪魔しても不法侵入にはならないので心配は要らない。
なぜなら俺の高校の先輩が、知り合いの管理人にたまに掃除する事を条件にして借りているからだ。
あと、使われなくなったと言っても電気や水道は生きていて不便はないし、前の施設が温泉施設だったこともあり準備もすれば寝泊りもできる。
たかが高校生が使う場所としてはもったいないくらいの施設だった。
茉莉「お菓子買ってきてくれたら、変わりに良い物あげるねー。激辛チップスが良いなー」
いつのまにか基地に行く事前提に話が進んでいる。その事に気が付いて、口を挟もうとしたが、茉莉はそのタイミングで不安そうな表情をしてこちらを見上げた。
茉莉「あのね、今日はね、とっても怖い夢見ちゃったから……皆でお菓子食べたら元気になれると思ったんだー。ねー、未来も一緒に食べようよ」
息を吐く。
夢。夢か。
茉莉はたまに、よく分からない夢を見てその内容を、こちらに逐一報告してくれる。
それは、大抵は厨二的な人間が願望を形にしてようなもので、剣と魔法の世界に行って冒険をすると言う面白おかしい夢なのだが、たまに普通の夢とは明らかに毛色が違うような夢も見る。
世界の果て、宇宙の果て、彼方のどこか。
たった一人で、一人ぼっちになっていつまでも、そこに居続けると言う夢だ。
夢には、親切な魔女や怖い研究者さんとやらが出てきて、一人ぼっちの茉莉の遊び相手になって魔法を教えたり、大罪の器とやらの実験台とやらにされて、聞いた事もない恐ろし気な毒物の名前が飛び交い恐ろしい目にあうという物だ。
いくら想像力が豊かで能天気で楽観的でどこか抜けていて、それでいて夢見がちな幼なじみと言えども、彼女の想像力でそんな恐ろしい夢がみれるのだろうか。
嘘を言っているのではと考えた事はなくはないのだが、茉莉の性格は誰よりも俺が知っている。
そういう事を言う人間ではなかったから、本当のことなのだろう。
だから、そういう日は茉莉はいつもより若干不安そうにするのだった。
茉莉「……居残りあるー? だめー?」
こちらを見上げる茉莉の顔へと手を伸ばして、未来は小さな鼻をつまんでやる。……からのデコピン。
茉莉「ひゃう、……にゃっ! うぅ……いたいよ、未来ー」
未来「俺はお前ほど馬鹿じゃないからな、気が向いたら買ってってやる」
茉莉「えへへ、ありがとー」
笑みを浮かべて嬉しそうにする茉莉が、こちらの体に顔を押し付けてぐりぐりやってくる。動物か、お前は。
冬の寒さが残る風が吹きすさぶ。そんな人懐こい幼なじみをくっつけて歩く俺は、まあ温かいという恩恵だけは受け取っておこうと思って、しばらく何も言わないでおいた。
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