帰り道と『結婚相手』


 結局、四人でどんな作品を書いているのかとか、過去にIWB文庫新人賞で受賞した作品についての話や、レーベルカラー、レーベルからヒットしている作品の傾向、次に売れそうな要素など暗くなるまで話し込んでしまった。


 チャイムが鳴り、最終帰宅時間になる。俺たちは慌てて鞄を手に部室の鍵を締め、来未がいるのをバレないようにするために裏門からひっそりと出た。


「やっぱりみんなで創作の話すると楽しいねっ♪」


 妻恋先輩は満面の笑みを浮かべていた。


 やはり先輩は心の底から創作が好きなのだ。妻恋先輩に関しては、おそらくプロになれなくとも一生執筆を続けていくタイプだと思う。


「印税! 印税ー!!」


 来未は「レーベルでいちばん売れてる作家は印税をどれだけもらっているのか?」という話題から離れないでいた。金の亡者め。ちなみに俺は、まだ一葉たんと英世たちを返してもらってない。


「どうですか、先輩。少しは、参考になりましたか?」

「……うむ。お前に説明されると、わかりやすいな。レーベルの求めているカラーとか、売れ線とか、流行りの要素とか、やはりそういうの入れないとだめなんだよな。でも、聞いてわかるのと、実際に書いてみるのとは別だからなぁ……どうも俺は書いているうちに話が膨らんでっちゃうタイプなんだよな」


「先輩はもう少しちゃんとプロットと設定を練り込んでから話を作るべきなんですよ。だから、ストーリーラインがブレているとか評価シートに書かれちゃうんです。一本筋の通ったストーリー。つまり、メインテーマというか、メッセージ性というか、そういう明快なものがないと」

「むう……」


 確かに、俺もそれを言われると痛かった。いちいち蔵前の指摘はごもっともで、ぐうの音も出ない。


「先輩はキャラを動かすのけっこううまいですし、会話とかコメディはそこそこセンスある気がしますから。もっとストーリーや流行を意識して完成度を高めればきっと、上にいけます。今までの先輩の作品だって、決してつまらなくはないと思いますよ。一次通ってててもおかしくない作品ありましたし。ですから、今日話したことをしっかりと生かして書きましょう」


「ぜ、善処します……」


 隣で妻恋先輩がクスッと笑った。


「ふふっ、なんだか新次くんと蔵前ちゃん、作家さんと編集者さんみたいだねっ♪」

「これから先輩のことをスパルタ式でみっちりしごいてあげますから。わたしが指導するからには、死ぬか、書くかです」

「あたしに手伝えることならなんでも言ってねー! 執筆しない新次を鞭で叩いたり、靴で踏みつけるぐらいならいつでも手伝うからっ!」

「か、勘弁してくれ……」


 女が三つで姦(かしま)しいとはよく言ったものだ。とても賑やかな帰り道になっている。


 まぁ……なんだかんだで妻恋先輩とこうして普通に話せるようになったし、どうなることかと思った蔵前との関係も、いまは取りあえずは落ち着きそうだ。


 ……来未のことについては、考えてもしかたない。しばらくこいつの件については放置しよう。


「それじゃ、わたしはここで」


 蔵前だけが帰る方向が違う。T字路に出たところで別れることになる。


「先輩、家に帰ったらちゃんと原稿を書くんですよ?」


 蔵前は念を押すように、俺の顔を覗き込む。


「い、いきなりか……」

「いつまでも先延ばしにすると無駄に苦しくなります。さっさと書き始めたほうがいいです。書きかけだったからこそ、放置したらますます書けなくなります。あ、もちろんちゃんと書いていた分を読み直して、これから書く部分とズレが生じないようにしないとダメですよ?」

「ぬー……。わかった」


 俺は怠け心と格闘して、なんとかうなずいた。確かに、宿題なんかもあとでやろうと思えば思うほど、やる気がなくなるからな……。


「では」

「はい、明日菜ちゃんっ、気をつけて帰ってくださいねっ」

「じゃあな」

「ばいばーい!」


 三人で蔵前を見送る。……さて、俺たちも帰らないと。


「んと、来未ちゃん、パジャマとかサイズ大丈夫だった?」

「うん! 全部、大丈夫だったよ」


 妻恋先輩と来未は、体型が似ている。ただ、妻恋先輩はおっぱいが大きい。さすが大天使妻恋先輩、心の広さと胸の大きさは比例するのだろうか。来未を見ていると、その仮説が正しい気がする。

 論文を書くとしたら「貧乳と凶暴性の相関関係に関する一考察」だろう。そんなおっぱいについての深淵な考察をしていると、『にゅふふっ♪』と来未が笑顔を浮かべる。これは、イタズラを思いついたときのむかつく笑顔だ。なにを考えている?


 来未は一瞬俺のほうを見てニヤっとしてから、妻恋先輩のほうに顔を向ける。


「……あのさっ、話変わるけど、希望お姉ちゃんはなんで新次のことフッたの?」

「ぐはッ!?」


 いきなりなんてこと聞きやがる!!? の状況でこの質問はテロだ! 外交的解決を目指して和平を結ぼうとしてるときにミサイルを撃ち込む軍人かお前は!?


「ふえっ!?」


 妻恋先輩は絶句して、ものすごい勢いで顔を紅潮させていった。妻恋トマト先輩になってしまった。取り戻した平和は束の間だった。


「え、え、え、え、え、え、え、え、ええとっ……」


 一瞬、壊れてしまったのかと思うぐらい、先輩は不自然に言葉を発していた。耳まで赤くなっている。頭から煙が出そうだ。


「ご、ご、ごごごっ、ごめんなさいっっっ……!」


 そして再び俺の脳内に告白失敗シーンを再生させて新たなトラウマを更新してから、先輩は走り去っていってしまった。


 もう、謝られるのはたくさんだ!

 運動音痴なので走り方が滑稽でなかなか前に進まなかったが、俺は追いかけなかった。追いかけたところで、もっと妻恋先輩が壊れてしまうだけだろうから……。


「な、なにすんだお前……!? 俺に恨みでもあるのかっ!?」

「ないよ、そんなの。ただ、早く進展させてあげよーかなーっ♪ って思って!」

「余計なお世話だっ! せっかく元の関係に戻れそうだったのに、なにしてくれてんじゃーーーっ!」

「わっ!? 唾飛ばさないでよっ!」


 やはり、来未は厄介な存在だった。こいつが妻恋先輩との関係のいい潤滑剤になってくれると思った俺が間違いだった。テロリストに和平交渉を頼んでいるレベル。


 ……だが、往来の真ん中で口論をしても、無駄に単語と酸素を消費して疲れるだけだ。壊れた平和は戻らない。


「……俺は、運命に従順だ」


 逆らったって、いいことなんてない。流されるままに生きてゆかないと、溺死する。急激に悟りの境地に達した俺は、もうなにも言わなかった。疲れたともいう。


「むー。少しは運命に抗いなさいよ。人生なんてどう転ぶかわからないんだから!」


 そこで、ふと気づいた。


「……マテ。お前、俺の子孫なんだよな」

「へっ?」


 いままで「来未=子孫説」をあまり信じていなかった俺が真面目な顔をして聞いてきたので、驚いたようだ。


「そ、そーよっ! 子孫なんだから! 孫子とかじゃないんだから! 三十六計逃げるに如かず!」

「……なら、俺は誰かと結婚したってことだよな?」

「う、うん……」


 俺の迫力に押されて、来未は頷いた。


「……相手は、誰だ?」

「え、えーと……ダレダッタカナー?」


 途中から片言になった。わかりやすい反応だ。

 ……だからこそ、嘘じゃなくて、本当に未来から来たのかもしれないと思えた。


「……その様子じゃ知ってるみたいだな……。まぁ、でもやっぱりいいや。それを知ってしまうのは卑怯な気がするしな」

「ええっ? そ、そう?」

「ああ……。聞いた俺が間違いだった。すまんな」


 俺が中学時代から想いを寄せて、先日思いっきりフラれた妻恋先輩。

 明らかにこちらに気があるそぶりの蔵前。


 自分の未来がこれからどうなるのか気になるけれど、答えを知ってから問題を解くのはカンニングみたいだもんな。


「……それに、結末を知っちゃったら、物語はつまらないもんな」


 小説を読むときは、周りからネタバレを言われるのを嫌う俺であった。登場人物と一緒に、迷い苦しみ葛藤して、困難を乗り越えていく――。結末がわからないからこそ、物語は楽しめるんじゃないだろうか。とかなんとかいって、ついさっきは聞いてしまったが。でも、やっぱり、それを知るのはよくないだろう。


「うん……そっか。そうよね。結果知ると、かえって、よくないかも」


 来未はなにか考えるような素振りをして、勝手に納得してた。


「ともかく、がんばりなさいよ!」


 そして、俺のほうを見て励ますように言う。


「あ、ああ……」


 ほんと、将来のことを変に意識してしまうな、来未といると。

 俺の人生――どうなるんだろうな。

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