後輩女子来襲。監視されながら小説執筆!
俺と来未は家に帰ってきた。部室で話し込んでたことで、もうすっかり、いつもの夕飯の時間を過ぎている。こんなときに本当にメイドでもいればいいのにと思う。
「腹減った、メシ」
一応はメイド姿の来未に振ってみる。
「よし♪ じゃ、奮発して店屋物にしよー♪」
来未はさっそく固定電話の受話器を手に取った。
「待て。いきなり我が家の経済を圧迫するな!」
よりによって一番高そうな宅配寿司のチラシを手に取る来未から、子機をひったくる。
「いーじゃない。たまにはパーッと使っても! 人生いつ終わるかわからないんだし!」
「却下だ却下! そもそもメイドの格好してるのに、料理も作らずに速攻で店屋物を頼もうとするとは何事だ」
「そんなのは偏見! ぐーたらしているメイドだっているんだから!」
「このメイドもどきめ……」
「ふふん。あたしメイドもどきだもん!」
「自信たっぷりに言うところか!」
こんなふうに言い争っているうちに、また時間が過ぎてしまう。
「あぁ……腹減った」
「早くお寿司を……」
「それはだめだ……ええと、冷蔵庫は」
空腹のために動きが緩慢になってくる。
ふらつく手で冷蔵庫を開けたものの、食べられるようなものがなかった。
「しまった……買い物するの忘れてた」
「これで……お寿司だね」
「だからそれはだめだ……」
その時、ピンポーンと呼び鈴がなった。
「こんなときに誰だ……これで新聞の勧誘やN●Kの集金だったら普段温厚な仏の新次くんも発作的に修羅道に足を踏み入れてしまうかもしれん」
俺はふらふらと玄関に向かった。
「お……お寿司」
来未はふらつく手で受話器に手を伸ばしていたが、いまはそれにかまっている場合じゃない。さっさと出よう。
「……なんですか、その死にそうな顔は」
我が家にやってきたのは蔵前だった。すぐに鞄を置いてこちらに来たのだろうか。制服のままだ。そして、後ろ手になにか持っている。
「俺は、いま空腹で死にそうになってるだけだ……」
「そんなおおげさな」
「それにしても……なぜ……蔵前……お前が……うちに……」
「先輩の小説の指導をしに来たんです! さあビシバシいきますよ!」
「じゃ……」
ドアを閉める。
「……先輩。わたし、夜食用にコンビニでおにぎり買ってきてますよ?」
「そうか。入れ」
スローモーションで閉じつつあったドアを一気に開く。
氷のように冷たい視線が注がれた気がしたが、あえて無視することにする。
「お邪魔します」
よろよろする俺のあとについて、蔵前もリビングまでやってくる。
すると、そこには受話器を握り締めたまま倒れている来未がいた。
「――っ!?」
さすがの蔵前も驚いたらしい。ビクッと身体を震わせた。
「ご……ごはん……」
ピクピクと動きながら、来未が呻いた。
「な、なんなんですか……この惨状は」
「……いや、俺もよくわからん。変なノリで会話をしているうちにこういう結末になった。事実は小説より奇だな……なんかこいつ、異常にメシばっかり食ってるのに、変にハラペコキャラなんだよな……それなのに太ってないんだからミステリーだ」
「はぁ……。わけがわかりません」
結局、蔵前の持ってきたコンビニのおにぎりのおかげで、ようやく俺と来未はひと心地ついたのだった。
「はぁ……あたし、死ぬかと思った」
来未は、蔵前が淹れてくれた紅茶を飲みながら呟いた。
そんな来未を、蔵前はジト目で見る。
「そんなおおげさな……空腹ぐらいで倒れるなんておかしいですよ」
「あたし、ご飯食べないと急激に元気なくなっちゃうんだもん!」
「わざとやってるのかと思ったら、マジで気を失ってたからビビッたぞ……心臓に悪いからやめてくれ」
一瞬、救急車を呼ぼうかと思ったレベルだ。耳元で「メシだぞ、メシ!」って言ったら、徐々に生気を取り戻したが。
「もうっ、さっさとご飯食べさせてくれないからでしょ!」
「どこまで食い意地張ってんだ……。お前、この二十四時間ですごいカロリー消費しただろ? 昼メシもコンビニ弁当二つ食ったろ? 弁当箱がゴミ箱に入ってるところからすると……。いったいどうなってんだ、お前の身体」
「……っ。……う、うるさいなー。乙女に栄養は不可欠なのよっ!」
なんか一瞬、反応がおかしかった気もする。なんだこの違和感は。
こいつは膨大なカロリーを摂取し続けねばならない理由でもあるのか?
と、そんなことを考えている間に、蔵前は俺と来未のことをジッと見てきた。
「それにしても……本当にふたりは一緒に住んでるんですね」
蔵前は手にしていたティーカップを机に置きながら、改めて俺と来未のことをじっと見比べてきた。……なんか、怖い。値踏みされてるかのような……。出荷されるのか、俺ら。
「妹のあたしが一緒に住んでるのは普通でしょ!」
「本当に、来未さんは先輩の妹なんですか?」
「うっ……うん!」
蔵前はかなり疑わしげな眼差しで来未を見た。
来未は気圧されながら、うなずく。
蔵前は、今度は俺のほうをジッと見てきた。
「……先輩。本当に来未さんは先輩の生き別れの妹なんですか?」
「と、当然だっ! ………………たぶん」
蔵前にじぃーっと見つめられると、俺は嘘がつけなくなってしまった。
「……当然で、たぶん、ですか……。誰にも言いませんからわたしに本当の事情を話してください。純粋な妻恋先輩は誤魔化せても、わたしを誤魔化すのは不可能ですから」
「うっ……」
「……うっ?」
絶句する俺に向かって、来未は疑問符を浮かべた顔をこちらに向けた。
「ううっ」
「うー……?」
「うん……」
それだけで会話を成立さする。あうんの呼吸だった。いや、ううんの呼吸か。
「わかった……。ただ、約束してくれ。こいつの頭はともかく俺の頭は至って正常だから勘違いしないでくれ」
「な、なによそれはぁ! あたしもおかしくないもん!」
「まぁ、なんでも言ってください。先輩がおかしいのはいつものことですから」
「ひどいっ!」
しかし、これを言ってしまっていいのだろうか。「来未は未来からやってきた俺の子孫です」、なんて言った日には問答無用で病院に連れていかれかねない。
「うんと、あたしは未来からやってきた子孫。目的は暇つぶし」
さらりと来未が言った。あまりにもさらりと。
蔵前は表情を崩すことなく、来未を見た。
「そうですか」
そして、いつもの調子で呟いた。
「な、なんだ? 俺とこいつを頭のおかしい人扱いしないのか?」
「ま、世の中不思議なことってありますからね」
「それで済ますか普通?」
「じゃ、先輩はわたしに平凡なリアクションをとってほしいですか?」
「い、いや……」
確かに、ここで騒がれても困る。
「うん! 蔵前が普通じゃなくて本当によかったっ! いやー、ほんと、蔵前は普通じゃないなー! 蔵前がノーマルじゃなくてよかったわー!」
「……なんか引っかかりますが、まぁいいです」
そして、ぼそりと付け加えた。
「……でも、来未さんが先輩の子孫なら、なおさら先輩には手を出せませんよね」
「……え?」
「…………へ?」
俺は蔵前の言っていることを理解するのに、五秒ほど要した。そして、来未は言われた意味を理解するのに、十秒ほど要した。
バンッ! と、机に両手を叩きつけながら立ち上がる。
「はあぁっ!? あっ、あったりまえじゃない! 誰がこんなやつなんかと!」
「でも年頃の男女がひとつ屋根の下で暮らせば、なにが起こるかわかりませんよ?」
「お前少女漫画とか恋愛小説の読みすぎっ! そもそも、自称とはいえ子孫にそんな気を起こすかってのっ!」
「でも、女日照りの先輩ですからねぇ……」
「失敬な! 俺は清く正しく美しく童貞だ!」
「休み時間に部室でエロ本読んでたの知ってますよ?」
「ぐ、ぐぬぬぬっ……」
いつの間に、こいつにバレてたのか……。いや、年頃の男の子は目の前にエロ本があったらつい読んでしまうものだろう。……まさか、部室に隠しカメラでも仕掛けてあったのか?
「わたしの取材能力を舐めないでください」
「それ、ストーカー能力の間違いじゃないのか?」
と、……そんなふうに蔵前と背筋の凍るヤンデレトークを繰り広げているうちに、いい時間になってしまった。夜の九時である。
「あ、もうこんな時間じゃないですか! 先輩、小説書いてください!」
当初の目的を思い出したのか、蔵前にせっつかれる。
「なんかメシを食ったらやる気が……」
「そんなこと言って先延ばしにしているから、なかなか完成しないんですよっ! なんでもいいから、とにかく書いてください! ほら、早く!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
俺は蔵前に強引に自室に連行されて、机の前に強制的に座らされた。
そして、蔵前は俺の愛刀である修学旅行のお土産で買った木刀を手に取る。
「ほら先輩、私が見てますから書いてください!」
「だが、いきなり書けと言われてもだなぁ……」
書けと言われて書ければこんなに苦労はしない。書けと言われて書ければみんな作家になってしまうではないか。
俺はとりあえず執筆用のノートPCを取り出して、机の上に置く。
高一の頃にそれまでの小遣いや貯めていたお年玉を使って買った、バッテリーが長持ちする執筆向けPCだ。なんと八時間持つ。
とりあえず、執筆用のテキストエディタを立ち上げる。
噂では出版界はワードよりもテキスト入稿が多いと聞いたので、まずは形からということでテキストエディタを使うようになったのだ。軽くてサクサク動いてストレスフリーである。ただ、印刷には向かないので、最終的には完成した原稿をワードにコピペして印刷したりするのだが。
ともかく、俺はノートPCの画面を見つめて、書きかけの原稿を書こうとする。
「ほら、先輩……わかってますよね? 書くんです、いますぐ……!」
背中越しに、蔵前から強烈なプレッシャーが放たれる。
「ほら、新次、早く書きなさいよー!」
そして俺の部屋に遅れてやってきた来未からも、せっつかれる。
……よ、よし……ここまでお膳立てされてるんだ。書かないと……。
一応ちゃんとプロットを作ってから書き始めていたのだが「ここは違う展開のほうがいいんじゃないか?」と思ってから筆が止まっていた。しかし、それを変えるとすでに書いた部分も変更しないといけない。小説というのは、ひとつを動かすとすべてが動くことになる。
うーむ、いっそこのまま書くか……。でもなぁ……。
そんなことを思ってうんうん悩んでいるうちに、時間が経過していく。
ノートPCの画面右下の時計は九時半を過ぎた。
「……だめだ。書けない」
書こうとすればするほど気ばかりが焦って、手が動かなくなってしまう。
「……はぁ。先輩、そんなんじゃいつになっても完成しませんよ?」
「う~む……」
そもそも人に見られながらだと書きにくい。
「ほら、書いてくださいよ、」
「うぐぅ……」
「うぐぅじゃないです!」
「ばぶぅ……」
「……喧嘩売ってんですか?」
やる気が出ない。やる気を出せと言われて出せたら誰もが作家になってしまう。 執筆って気が乗るときはどばーっと書けるけど、だめなときは一行書くのすらしんどい。逆にそう言う日は寝てしまって、翌日書いたほうがいいんだが。
「もう真面目にやってくださいよ……」
作家と駄目人間は紙一重だ。しかも作家志望、ワナビとくればかなりのレベルの駄目人間であることも珍しくない。学生という肩書きがあればこそ今はこれでもいいが(あまりよくない)、学校を卒業したあともこの調子で夢ばかり見ていたら人生がやばい状態になりかねない。
「ほら、先輩。いつもみたいに適当に書けばいいんですよっ! たまに部室のPCで駄文書いてるじゃないですか。あんな感じでアホみたいなもの書けばいいんです」
「いや、俺は小説の神様が降臨しないと書けないタイプだから」
「それでは恐山でカンヅメにしましょうか?」
「青森までの旅費がない」
「あっ、旅行行くなら、あたしもあたしもー!」
「お前は寄生することしか知らんのか」
結局、この夜、俺の執筆はあまり進まなかった。
さすがに二十二時過ぎに蔵前をひとりで帰すわけにはいかないので、送っていこうとしたが、「わたし、タクシー呼びますから大丈夫ですよ。先輩は一行でもいいから書いてください!」と念を押されてしまった。実は、蔵前は結構お金持ちっぽいのだ。ニート一名を抱えて経済的危機に瀕している末広家を援助してほしい。
そして、蔵前が呼んだタクシーが家にくるまでの間、俺は蔵前に監視されながら原稿をどうにか五十行ほど書いた。さすがにぜんぜん進まないのは申し訳なかったので、俺もがんばった。書けるときは一気に書けるのも執筆の面白いところだ。
基本的に、ラノベの賞に応募するとなると、文字数の密度にもよるが四千行近くかかねばならない。現在、まだ二千行にも達してない。
ただ、行数はあまり気にしすぎると、本当に書けなくなる。とにかく作品世界に没入することが大事なのだ。
たとえば、音楽を聴きながら執筆すると捗る場合がある。ただし、歌声がない、BGM的なものがいい。俺もたまにゲームのサントラやクラシックを聴きながら執筆をしたりする。あるいは、どうしてもPCで書く気にならない場合は、寝ながら携帯で執筆するのもありだ。寝ながらだと意外と展開を思いつく。
そもそも睡眠時の夢だってノープロットで見るのだから、できないことではない。ただ、携帯執筆の場合は雑になりがちなので、あとで必ず修正が必要である。
ともかく、時刻は二十二時半になった。
「それじゃ、先輩、今日はこれでお開きにします。先輩、わたしが帰ってからも書かないとだめですよ…………わかってますよね?」
「お、おう……」
蔵前は俺に念を押してから、帰っていった。
俺は、その後、心を奮い立たせてさらに五十行、今夜だけで百行執筆した。
あまりいいペースとは言いがたいが、昼間学校がある身としてはしかたないだろう。ちなみに、俺が小説を書く姿を見守ることに飽きた来未は一番風呂に入り、自室で寝てしまったようだった。いい身分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます