しんしゅつきぼつ!

 その後の授業は、うわのそらだった。

 明るい日差しが、そんなこととは関係無しに穏やかに校庭に降り注いでいる。


 それでも、時間は進んでゆく。


 放課後になると、俺は自販機で飲み物を買った。「うぇーいwwwwwお茶」のペットボトルだ。草が生えていてむかつくが、味はうまい。


 ともかく、まずは、心の準備をしたい。またブレスケアをされるわけにもいかない。お茶を飲んで、口内を清め、心を落ち着かせる。


「はぁ……」


 足取りが重い。それでも、行かないと逃げ出すことになる。これ以上現実から逃げちゃ駄目だ。


 ようやくのことで、俺は部室の前に来た。

 部室に電気がついているので、誰かいるらしい。おそらく蔵前だろう。


 俺は軽く呼吸をして気を落ち着けてから、ドアを開けた。

 そして、すぐに閉めたくなった。


「おかえりー♪」


 そこにいたのは、メイド姿の来未だった。隣には妻恋先輩もいる。

 蔵前は……いない。


「えーと……」


 状況を整理する。次に、適確な言動を探す。


「帰れ。一応妹」

「ひ、ひどっ!?」

「う、うんっ……ひどいよ、いまのはっ……」


 来未は別にどーでもいいが、妻恋先輩が涙目だ。あまりの事態につい冷淡な態度になってしまった。いかん、これじゃ、妻恋先輩の俺への好感度がめっちゃ下がってしまう。


「……なんで来未がこんなところにいるんだよ……?」


 げんなりしながらも、訊ねる。


「だって、暇だったんだもん!」

「……求人誌は?」

「見たけど、あたしにやれそーなのないし!」

「メイド服着てるんだから、メイド喫茶で働けばいいだろ!」

「女同士だと派閥とか作って裏ですごいいじめとかしてそーじゃん。あと裏で悪口言ったりしてさ」


「お前、俺のメイドさんに抱く萌えイメージまでぶち壊すなっ! 妹のイメージまで木端微塵にぶち壊されてるんだから! ……というか、確かにお前のような奴は接客業に向かなさそうだな。働かない上に、客に暴言吐きまくって暴力振るいそうだし」


 そこで、おずおずと妻恋先輩がフォローをしてきた。


「で、でもっ……来未ちゃん、まだこっちに慣れていないんだし、焦らなくてもいいんじゃないかな? それに、中学生でアルバイトはだめなんじゃないかな……」


 それはそうなんだが……まさか来未が未来からやってきた自称子孫だとは妻恋先輩に教えられないしなぁ……。こいつは身分を証明するものがないので、学校には通わせられない。


「あ、来未ちゃんっ……学校行くのどうしてもいやだったら、わたしが勉強教えてあげようかっ?」


 どうやら来未は妻恋先輩に自分が不登校だと吹き込んでいるようだった。まぁ、義務教育である中学校に行かないで家にいるとか問題ありだもんな……。


「……べ……べんきょう……こ、こわい……べ、べんきょう……」


 来未はガタガタと震え始めた。これは半分ぐらい演技じゃなさそうだ。


「あ、ご、ごめんねっ、来未ちゃんっ……無理しないでねっ……! 人生、勉強だけがすべてじゃないからっ」


 妻恋先輩はそんな来未にもフォローを入れている。ほんと、天使だよなぁ……。 元不登校気味だった俺としては、来未のことを強く言えない面もあるが。やっぱり、こいつは俺の子孫なのかもな。


「って……そういえば、なぜ先輩と来未が一緒に?」


 そうだ。会話に夢中で肝心のことを忘れていた。なんでこいつが学校の、しかも部室にいるんだ。


「はいはいはーい!」


 来未が挙手して発言を求める。そして、こちらが当てるまでもなく、勝手にベラベラ喋り始めた。


「家で求人誌読むの飽きたので、新次の学校に来てうろうろしてたら、部室棟の前でバッタリ!」

「そうか……」


 教師にでも見つかったら、保護されたのち、通報されていたことだろう。妻恋先輩に見つけてもらって本当に良かった。うちの学校はセキュリティがいい加減で守衛はいないし防犯カメラもない。いまどきどーなんだと思わないでもないが、公立高校なんてそんなもんだ。


「やっぱり、あたし、作家とかクリエイティブな仕事に就くしかないんじゃないかなーと求人誌見ながら思った次第なのでした。まる!」

「うん、作家なら中学生でもできるかも……。来未ちゃん、一緒にがんばろうねっ」


 先輩と来未はすっかり意気投合しているようだった。いやちょっとなんでこいつにこんなに甘いんですか、妻恋先輩っ。文芸部だから、作品を書く大変さはわかってるはずなのにっ……。


 というか、来未まで本当にワナビになるつもりなのか? 昨日、あんなにげんなりした顔してたのに。兄妹でワナビとか最悪すぎる。


「希望お姉ちゃん優しいんだよっ。あたしが小説書いてみたいっていったら、文章の書き方教えてくれたりハウツー本見せてくれたり、どんな賞があるのか教えてくれたり」

「そ、そうか……」


 もうこの時点で嫌な予感はしていたが、俺は聞いてみることにした。


「まさか……お前、賞に応募するとか言わないよな?」

「もちろん応募する! んっとね。これこれ。このIWB文庫新人賞ってやつ!」


 公式ホームページを開いて、俺に見せてくる来未。

 さっき蔵前から見せられた画面そのままだった。なんという偶然。というか、この時期はこのIWB文庫新人賞しか応募先がないから必然か。これを逃すと他社の新人賞まで待たねばならない。


「そ、そうか…………」

「わたしも応募するんだけど、新次くんも応募しようよっ」


 こと創作のことになると多弁になる妻恋先輩が、俺にも勧めてきた。ぎこちなかった関係も、来未のおかげでマシになったようだ。それは、素直に嬉しい。しかし、


「でも、先輩は受験勉強があるんじゃ……」

「途中になってた原稿があるから、それを完成させて送ろうかな、って」

「そうですか…………」

「新次くんもがんばろっ?」

「え、あ……そ、そうですね……それじゃ、応募しますかね……」


 妻恋先輩に励まされると俺は、頷かざるをえなかった。まぁ、IWB文庫新人賞へ応募するという決意表明は蔵前にする予定だったんだけど……。

 こうなると文芸部全員+来未が同じ賞に送るということになるのだろうか?

 いや、そもそも小説をこれから初めて書こうとしている来未は完成することすら無理だと思うが……。


 ――と、そこで。部室の扉がガチャリと開けられる。


「……?」


 入ってきた蔵前は、来未を見て目を見開いた。そりゃ、いきなりこんなメイドがいたら驚くよな。しかも、一応超絶美少女だし。


「あ、ええとねっ……新次くんの生き別れの妹さんの、来未ちゃんっ!」


 気を利かせて、妻恋先輩が紹介してくれた。


「先輩の…………生き別れの……妹?」


 そう言って、明日菜は来未のことをじっと見つめた。


「な、なによ……?」

「……ぜんっぜん、先輩と似ても似つきませんが。どこかから誘拐してきたんですか? 弱みを握って脅しているんですか? それともまさか、いかがわしい交際ですか? ……わたし、先輩のこと、見損ないました……もう二度とわたしに近寄らないでください。十秒以内に自決してください」

「ば、ばかやろうっ! んなことするか! 俺は健全でシャイな純情ボーイだから!……まぁ……こっちにもいろいろと複雑怪奇な事情があってだな……一応妹だ」


 さすがに俺も、来未が子孫だの未来から来ただのという頭の調子を疑われそうな話をする気にはなれなかった。俺自身、いまだにそんな非現実的な話は信じきれていないということもある。


「あれ? そのホームページは……」


 そこで、蔵前は妻恋先輩が開いているホームページに気がついた。


「うんっ、いま、みんなで賞に応募しようって話をしてたんだけど……明日菜ちゃんも送ろう?」

「そ、そうですか……いや、実は、わたしも、送ろうかと思ってたところでした」

「そうなんだっ。それじゃ、みんなで応募だねっ♪」


 うれしそうな妻恋先輩。だが、蔵前は複雑そうな表情だった。

  俺とふたりで応募するということに意義を見出していたのだとしたら、それが崩れるからな……。


 それにしてもすごいタイミングだ。同じ部員が同じ日に同じ賞への応募を決めて、俺に誘ってくるとは。これが運命というやつだろうか。


「ねーねー、ところで希望お姉ちゃんは、どんな作品書いて応募するの?」

「えっ! わ、わたしは……その……秘密ですっ」


 なぜか妻恋先輩は顔を赤くして来未の質問から逃げた。

 妻恋先輩の作品ってけっこう恋愛色が強いんだよな……ジャンルとしては恋愛系。ラブコメというよりは青春系ボーイミーツガールあるいはガールミーツボーイ。


 過去に意見を聞かせてほしいと言われて、応募予定作を読んだことがある。あとは、部誌に載っている作品も読んでいる。どれもが甘酸っぱい恋愛モノで、読んでるほうも読まれているほうも恥ずかしいという同時羞恥プレイ状態だった。


「希望お姉ちゃん、すごい恋愛モノ書きそうだよねー。甘酸っぱいというかこそばゆいというか、そんな感じのっ」


 ……当たってる。


「え、えっと……あ、はい……そういうの、書きます……」


 年下の来未相手に押されている妻恋先輩。というか、こいつ相手に丁寧語とか使わないでいいですからね、妻恋先輩。ただのタカリの寄生虫メイドもどきですから。


 というか、末広家・妻恋家ときて部室にまで馴染んできてしまっているとは……。おそるべし、寄生能力。そんなふうに思って来未のほうを見ていると、蔵前がこちらに顔を寄せてきた。


「本当に……先輩の生き別れの妹なんですか? というか、生き別れってなんですか、それ……」


 蔵前から、もっともな疑問が出てきた。そりゃ、妹だけでもおかしいのに『生き別れ』だからな。俺でもそんな話をされたら突っ込むだろう。でも、誤魔化すしかない。


「……まぁ、ちょっと話すことのできない複雑な事情があるんだ。家庭の事情だ。察してくれ」

「……ふーん。そうですか。…………おかしいですね…………わたしの詳細な調査では、先輩に妹はいないはずなのに………………あらゆる手段を駆使して調べたのに……」


 ぶつぶつと独り言を口にする。というか、最後変なこと言わなかったか。


「……なんか言ったか?」

「いいえ。ちょっと自分自身の取材能力の低さにショックを受けているだけです」


 やっぱりこいつ俺のストーカーだったりするのか……? まぁ、幻聴幻覚だよな。うん、そうだ。そうだよな。


「……で、先輩も応募するんですよね。IWB文庫新人賞」

「あ、ああ……一応、な」


 IWB文庫新人賞に応募することの無謀さは俺自身が一番知っている。ラノベレーベルでも難関で知られる賞だから……。でも、これを逃すとしばらく賞がない。残り三十日。途中まで書いてある原稿があるから、なんとかいけるはず。……たぶん。


「それじゃがんばりましょう、先輩。仲間が多いほうが脱落しにくいかもしれませんしね。いい流れかもしれません」

「うんっ、みんなでがんばろうっ♪」

「おーっ!」


 こうして俺たちはIWB文庫新人賞に応募することになったのだった――。

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