後輩女子がドS編集者に!?
学食から部室は近い。学食を出て校舎を結ぶ渡り廊下を進んで、途中で曲がれば、すぐに部室棟だ。
無言で歩いていく蔵前に、俺もついてゆく。……四、五歩後ろを。
「……別に、とって食べようってわけじゃないんですから、そんな露骨に怯えないでくださいよ」
「そ、そうか」
振り向いた蔵前に対して、俺はビクゥッ!と飛びは跳ねながら答えた。そして、ようやく、部室に辿り着く。いつもはすぐの部室が、やけに遠く感じられた。
蔵前が鍵を取り出してドアを開ける。
「さ、先輩。入ってください」
「え。その…………なにもしないって約束する?」
「なんですかその彼氏の部屋に初めて入った彼女みたいな言い様は?」
蔵前はジト目で俺のことを見た。
そして、大げさにため息をつく。
「……大丈夫ですよ。なにもしませんから。乱暴にしませんから、痛くしませんから。さ、早く入ってください。お昼休みもそんなに長くありませんし」
「う、うむ……」
気が進まない俺だったが、仕方なく部室に入ることにした。
ドアが閉まる音が、嫌に耳に響いた。
もちろん、部室には俺と蔵前のふたりだけだ。緊張感が密室を支配していて、胸が苦しくなってくる。さっさとこんな閉鎖空間から逃げ出してしまいたい。
「それじゃあ……先輩、口、開けてください」
「えっ!? な、なぜに」
「いいから、開けてください。ついでに目を閉じて」
俺はごくっと唾を飲みこんだ。なにか得体の知れない覚悟を決めて、目を閉じ。ゆっくりと口を開いた。
――シュゥウウウウッ!
瞬間、口内に冷たいスプレー状のものがかけられる。
あまりのことに、後ろにひっくり返ってしまった!
「うえっ! げほっごほっ! な、なんだこれっ、げほっ、な、なにしやがる……!?」
「ブレスケアです。これから真剣な話をするんですから、まずは先輩の口内から放たれるカレー臭を取り除かなければ」
そのまま、蔵前は俺のほうに歩み寄ってくる。
「なっ!? 俺をどうする気だ……や、やめてお願い! 乱暴なことしないで!」
「だから、その初々しい反応はやめてください。違いますから」
そのまま俺の横を素通りして、蔵前は部室に備えつけてあるデスクトップパソコンの電源を入れる。
そして、パソコンを操作していって、とあるホームページを開いた。
それを立ち上がった俺も覗きこむ。
「……IWB(あいだぶりゅーびー)文庫新人賞?」
「そうです。先輩、わたしと一緒に応募しませんか? 入賞目指してがんばりましょうよ」
「……ば、ばかやろうっ。IWB文庫といえば、超大手出版社が母体のラノベレーベルであり、テンプレにとらわれない多種多様な快作を出している超激戦区じゃないか。そこで入賞なんて無理に決まってんだろっ! 俺のいままでの戦績を知ってんのかっ?」
「なんですか、その説明口調は。まぁ、ともかく……先輩は確か、中二から応募を始め、いままでの戦績は五回応募してすべて一次落ちですよね?」
「心に激痛がっ!」
この一週間で俺の心の中は傷だらけだ!
「まぁ……なんというか先輩は思いつくまま書きすぎなんですよ。もっと流行の要素とか、レーベルカラーとか、受けやすいストーリーとか、そういうのをちゃんと研究して書くべきなんです。先輩はよく、なによりもキャラが大事だー会話が大事だーギャグセンスが大事だーとか妄言を口にしていますが、それだけじゃやっぱり無理です!」
「ば、ばかやろうっ。俺にそんな器用な真似ができるわけないだろっ! 万年一次落ちを舐めんなっ!」
「で、す、か、ら! わたしが協力しますよ。わたしが編集者代わりになって、先輩をメチャクチャしごいてあげます! 赤ボールペンで添削しまくって原稿を真っ赤にしてもう許してくださいって涙を流しながらも機械的に執筆し続けるように調教してあげます。……書きかけの原稿、あるって前に言ってたじゃないですか?」
……蔵前の実力は確かだ。いままでに、すべての応募作が二次通過以上にいっている。最終落ちもある。高一にしてすでに作家デビュー一歩手前ぐらいのレベルといっていいだろう。遅かれ早かれいつかデビューするだろう。俺とは違って、間違いなく才能がある。頭もよい。
「妻恋先輩はこれから受験勉強で忙しくなるでしょうし、先輩の作品を添削できるるのはわたしだけじゃないですか。ほかに部員いないんですし。……それに、いまのままでは、先輩は絶対に作家になれないですよ?」
「くっ……言ってくれるな。しかし……まー、否定しないがな。でも、俺は楽しく書ければそれでいいし……?」
俺は強がりを言って、話題を逸らそうとする。だが――、
「……先輩。本当は作家になりたいくせに。そうやって、逃げ続けるんですか? そうやって、一生夢を諦めきれないワナビになるんですか?」
いつもは冗談の範囲を決して逸脱しない蔵前だが、今回は意図的に俺を焚きつけるかのように挑発してくる。
さすがに、ここまで言われると俺も心が熱くなった。でも、俺には才能がない。それは、自分が一番わかっている。……そして、諦めきれないことも。
そこで、チャイムが鳴り響く。昼休みも、もう終わりだ。
「……先輩、放課後、部室に来てくださいね?」
それだけ言うと、蔵前は振り返らずに部室を後にした。
「……な、なんなんだよ、急にっ」
いままで「先輩は先輩なりに好きに書いてればいいんじゃないですか?」なんて言って、決してこちらの領域に入ってくることはなかったのに。
妻恋先輩に告白してから……来未が家に来てから……蔵前まで変わってしまったのだろうか? いつまでも変わらずに、平凡だけど平和な日常が続くと思っていたのに……。
俺の胸はざわつくばかりだった。
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