朝の教室、学食の後輩
チャイムが鳴って、今日も退屈の代名詞のような授業が始まる。
早くも前の席の三人ほどが撃沈されて、眠りに落ちていた。
そんなことはおかまいなしに地理の教師は地元の地名に関するマニアックなトークを展開していた。この人は地名マニアであり、授業時間を圧迫してまで趣味の話をするダメ教師なのである。まぁ、一部の地理好きには最高の教師なのだろうが。
……平和だ。しかし、平和すぎて暇である。
この間まで暇な授業に読んでいたラノベは読み終わってしまったし、書きかけの小説を授業中に書いていて没収されて目の前で読み上げられたりしたら死ぬ。
結局、適当に話を聞きつつ、教科書を眺めるしかなかった。学校生活のオアシスといえば、学食だ。無論、購買もあるのだが、俺は学食派だ。それまでの辛抱だ。
そして……ようやく、解放の鐘が鳴る。さっそく、食堂へ向かうことにする。
※ ※ ※
「ううむ、なににするかな」
いつもカレーというのも芸がない。だけど、麺類では腹が減る。俺の学食での注文率の九割はカレーだった。でも、昨夜カレー食ったんだよなぁ……。
「でも、やっぱり、カレーか」
カレーを食べる運命に抗えなかったカレー星のカレー星人たる俺は券売機のボタンを押した。学食カレー、二百五十円。
そして、空いている席でひとりカレーを食う。昼食時は孤独に浸りながらカレーを食べる主義の俺にとってはそれが普通だ。これぞ、ハードボイルドカレー。
ところが、
「……隣、座りますね」
蔵前がトレーを置いて、隣に座ってきた。メニューは山菜うどんだ。
一応、文芸部での繋がりはあるが、お互い学校生活では不干渉で、学食で一緒に食べるなんてことはいままでに一度たりともない。
「……な、なんだ? いったい、どういう風の吹き回しだ……?」
動揺が走る。男女一緒で食べている者なぞ、ほとんどない。うちの学校は男女交際をおおっぴらにする感じではないし、男女一緒にリア充グループを形成するなんてのもない。
「……ばかな先輩に合わせて戦略を練り直したんですから……、逃げるなんてことはなしですよ?」
「ばっ……」
かやろう、という言葉を飲み込んだ。下手に騒ぐと、余計に周りから注目される。こいつは、普通にしていれば学年でもトップクラスの美人なのである。教師の覚えもめでたい。
……ここはあくまで同じ部活の先輩と後輩が、部のことについて打ち合わせしている風をよそおうのが最善の策だろう。
「……な、なにが狙いだ。要求はなんだ?」
「別に、人質とって立てこもってるわけじゃないんですから……。いいじゃないですが、先輩と一緒にご飯食べても」
警戒心を隠そうともしない俺に軽口を叩きながらも、蔵前は蔵前でいつもより緊張しているようだった。当然、蔵前のクラスメートだって学食にいるだろうから、あとで噂になるリスクだってある。もっとも、世渡り上手で教師受けのいい蔵前だから、それぐらいなんとかしてしまうだろうが……。
「それにしても、先輩、いつもカレーですね」
「悪かったな。……って、なんで俺がいつもカレー食べてんの知ってんだ」
「そりゃ、先輩のこと観察してましたから」
…………。こ、こいつ、俺のストーカー……? ちょっと、びびる。いや、なぜか蔵前から妙に好かれているような気がしていたのは確かだが……やはり、昨日のことは幻聴でも幻覚でもなかったのか。
そのまま、両者無言になってしまった。時間が過ぎる。その間にも、
「……うどん伸びてるぞ?」
「先輩こそ、カレー冷めちゃいますよ?」
いつだって、ご飯は待ってくれない。
「ああ、じゃ、食べるか……」
結局、そのあとは会話をせずに、お互いにうどんとカレーを平らげた。
「ごちそうさま。じゃあな」
「先輩、ちょっと部室寄っていきましょうよ」
トレーを持って席を立つ俺に、蔵前も続こうとする。
「な、なぜにっ」
「……ほんの野暮用、ですよ」
ふふ……と笑う蔵前。いや、なんでここで笑うんだ。怖いからやめてくれ。
だが、結局は後輩女子の迫力に負けて、俺はうなずく以外の選択肢を取ることができなかった。
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