子孫が妹!?~偽妹誕生~

「ああ、もうっ! 今日は本当に最低だ!」


 夜闇に向かって罵りながら、俺は住宅街を走り続ける。

 来未を追い出してから数分と経ってないはずなのに、いっこうに姿を見つけられない。あんな目立つメイド服を着ているってのに!


 辺りがさらに暗くなるとともに、焦燥感が強くなってくる。

 これで悪い奴に声をかけられて、誘拐されてたりしたら最悪だ。


 来未は言動も行動も支離滅裂のムチャクチャだが、容姿だけはメチャクチャかわいい。変な奴が寄ってくる可能性だってある。

 ほんと、俺……なにやってんだ。こんな暗い中に女の子をほっぽり出すなんて。


 しかしもう、後悔してる場合じゃない。とにかく来未がまだこの近くにいると信じて捜し出さないと!


「来未っ! どこだぁっ!?」


 大声を出して走る俺を通行人がギョッとした目で見ているが、そんなこと気にしている場合じゃない。


「来未ぃ! 返事しろっ! はぁ、はぁっ」


 だが、いくら叫んで走り回っても来未は見つからなかった。


「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁっ……!」


 くそっ、こんなことなら、自転車で捜すべきだった。すぐに見つけられると思って、甘く見ていた。


 しかし、ここまで捜していないとなると、近くにいないのか? それとも、もうどこかの家に侵入しているか、誰かについていってしまったのか……。


 俺は両膝に手をつき、肩を上下させて息を整える。酸欠気味の頭でこれからどうすべきかを考える。


「はぁはぁ……こっちにいないとなると……」


 あとは駅があるほうとは反対方面。坂になっていて、ちょっとした雑木林もある暗い場所だ。まさか、女の子がひとりで向かうとは思わないが……。


 でも、そっちに行っていたら心配だ。俺はガクガクになった足を叱咤するように両手でパァン!と叩き、そちらに向かう。


 再び走って、俺は自宅の前までやって来た。

 よし、ここで自転車に乗って――!


 そう思って、勢いよく自宅敷地内に入ろうとしたところで、ちょうど、玄関からこちらに戻ろうとしてくる人物と衝突しそうになった。


「おわっと!?」

「わわっ!?」


 その人物は驚いた声をあげて、目を大きく見開いた。

 声も姿も来未ではない。

 というか……目の前にいたのは文芸部部長・妻恋先輩だった。


「……つ、妻恋先輩っ!? はぁっ、はぁ……」


 俺は驚くとともに、ぜぇはぁと息を吐いて息を整える。

 まさかこんなところで会うとは!?


「だ、大丈夫? 新次くん」

「はぁっ、はぁ……だ、大丈夫ですっ……! と、いうか、あの……妻恋先輩っ……め、メイド姿の……中学生ぐらいの女の子、見ませんでした?」


 息を荒くしながらこんなことをいきなり尋ねると怪しまれそうだが、妻恋先輩はいつだって人を疑わない純真な性格だ。


「あ、うん。見ました……」

「どこでですか!?」


 答える先輩に、俺は身を乗り出した。これで手がかりが掴める!

 妻恋先輩はビクッと身体を震わせて驚きながらも、言葉を続ける。


「えっ、ええと、その、うしろですっ」

「……うしろ?」


 俺は慌てて背後をを振り返った。しかし、誰もいない。


「あ、新次くん、わたしのうしろ……」


 今度は妻恋先輩のうしろを見た。

 すると先輩の背中の右側から、ばつが悪そうに来未が半分顔を出した。


「おまっ、なにやってんだ、先輩の背中で……!?」


 妻恋先輩と来未という予想外の組み合わせに声が大きくなってしまった。


「え、ええと、新次くん、落ち着いて……。なにがあったか知らないけど、喧嘩はよくない……と思う」


 喧嘩? ……まぁ、ちょっと声が大きくなりすぎて、怒鳴ってるみたいになってしまった。少し落ち着こう。とにかく来未が見つかったのだ。変な奴についていったとかじゃなくて本当によかった。それにしても、


「でも、なんで来未が妻恋先輩と一緒に……?」

「え、ええとね……さっきわたしの家の近くのゴミ集積場の隅で、ダンボールに入って正座してたの」

「……はい?」


「……『捨てメイドです。超絶美少女十四歳。拾ってください。』って書かれた紙を持って座ってたから、声を掛けたんだけど……」

「……なにやってんだお前」


「なっ、なによっ! あたしがどーしよーと勝手じゃないっ! あたしのこと捨てたくせにっ! フーーーッッ!!」


 来未は怒った猫のように俺を威嚇してきた。


「……それで、事情を聞いたら新次くんと喧嘩したみたいだから、新次くんのおうちまで連れて来たんだけど……」

「……先輩をとてもわけのわからないことに巻き込んでしまって、すみません……」

「う、ううんっ! でも、よかった。新次くん家にいないみたいで、どうしようって思ってたところだったから……。来未ちゃんのこと、捜してたんだよね?」


「…………にゃっ?」


 来未がきょとんとして、俺を見た。


「ん……まぁ、ちょっと俺も一方的だったかなと思いましたので……」


 なんとなく来未のことを直視できずに顔を横に向ける。こんな汗だくで息が荒くなるまで捜していただなんて格好悪いったらありゃしない。


 ……まぁ、来未が家出だというのならちゃんと相談に乗ろう。本人は嫌がるかもしれないが、場合によっては警察に相談して保護してもらおう。それが高校生の俺にできる精一杯だと思うから。


 そんなことを考えている間にも、妻恋先輩は言葉を継いでいく。


「うん、なにがあったかわからないけれど、妹さんは大事にしなきゃ……せっかく、

再会できたんだから……」

「はい、そうですよね……え?」


 いま、妻恋先輩……おかしなこと言わなかったか?

 ……妹? 俺の聞き間違いか? 今、確かに妹って言ったよな?


「でも、本当によかったねっ、再会できて。新次くんに生き別れの妹さんがいたなんて、思わなかったよ。……来未ちゃん、なにか困ったことあったら気軽に相談してねっ」

「あ、ありがとう、希望お姉ちゃん!」


 来未は猫をかぶった年下妹ボイスを出して、妻恋先輩に抱きついた。


「なっ、えっ……ええっ?」


 俺は来未のほうを見たが、サッと目を逸らされた。……ちょ、ちょっと待て!? なんで来未が俺の生き別れの妹になってる!? お前俺の子孫とか言ってなかったか!?


「つ、妻恋先輩、その……」

「それじゃ、わたし、一旦家に帰って、もう一度来るね。いろいろと来未ちゃんに必要なものあるだろうし」

「え、ええぇっ!? いいですよ、そんなっ!」


 妻恋先輩と話せることは嬉しいが、こんな虚言癖のある自称子孫自称妹の偽メイドのために時間を取らせたくはない。というか、なにがどうしてこうなった!?


「ありがとう、希望お姉ちゃん! あたし、この先お兄ちゃんとうまくやってゆけるか、不安で不安で……ぐすっ」


 来未は泣くフリまでしながら、先輩にひしっと抱きつく。


「うん。ずっとひとりで寂しかったんだよね……。新次くん、ちゃんとお兄さんらしくしないとだめだよ?」


 どうやら「来未イコール生き別れの妹」説を、先輩は完全に信じているようだった。さすが、人を疑うことを知らない純真無垢な先輩だ。まぁ、そんなところが好きなんだけど……。


 しかし、こんな猿芝居ならぬ猫芝居に騙されるとは。というか、いきなり生き別れの妹って言われて信じるか? あ、妻恋先輩なら信じるわ……。


「お兄ちゃん♪ ……改めて、よろしくね!」


 ここで一気に畳み込むべきだと見たのか、来未は俺に向かって握手を求めるように

手を差し出してくる。


 ……この手を握れば、すべてがおかしくなってしまう。混迷ここに極まる。きっと、もう戻れなくなる。だが、


「あぁ……よろしくな」


 それでも、俺は来未と握手してしまった。もうなんか疲れてて思考力が落ちていたのかもしれない。


 その手はずっと外にいたからか、やっぱり冷たかった。

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